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失敗を解析、次回に生かす–「月面ビジネス」に挑み続けるispaceの不屈不撓

2023.06.14 08:00

田中好伸(編集部)

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 ispaceが進める月探査プログラム「HAKUTO-R」ミッション1の着陸船(ランダー)は4月26日に着陸に失敗。米航空宇宙局(NASA)や宇宙航空研究開発機構(JAXA)のような国家機関ではなく、民間企業が世界で初めて月に着陸するとあって、日本はもちろん世界からも注目を集めただけに残念な結果となってしまった。

 そこで気になるのが、ランダーはどのようにして失敗したのか。ランダーに何が起きたのか。地球から月の距離は38万4400km。手掛かりとなるのはランダーから送信されるフライトデータだけだ。ispaceはフライトデータを管制室(Mission Control Center:MCS)で解析した。ランダーに何が起きたのかを探るとともに、今後のミッション2、ミッション3に向けた改良点を特定させた。

 同社の創業者で代表取締役 最高経営責任者(CEO) 袴田武史氏、同社取締役で最高財務責任者(CFO)の野崎順平氏、同社 最高技術責任者(CTO)の氏家亮氏の3人が日本記者クラブが5月26に主催した記者会見に登壇した。

「測定高度」と「推定高度」が乖離

 ランダーが月に着陸するためには、次のような段階を踏む。

 (1)月周回軌道から楕円軌道への投入(De-Orbit Insertion:DOI)、(2)高度を徐々に落として、高度20~25kmまで主推進系は使わずに、姿勢制御用の推進系(Reaction Control System:RCS)で姿勢を制御する“クルーズランディング”、(3)主推進系での減速を制御する“ブレイキングバーン”、(4)減速を制御しながらランダーの姿勢を月面に対して垂直にする“ブレイキングバーン&ピッチアップ”、(5)月面に対して垂直な姿勢で主推進系のアシストスラスタだけで降下する“最終降下”、(6)一定の速度で月面に近づき、着陸脚で衝撃を吸収して、ランダーを安定させる“最終着陸”――という6つの段階だ。それぞれの時速、高度、時間は以下のように設定されていた。

(1)DOI=時速5800km、高度100km、着陸67分前~66分前
(2)クルーズランディング=時速6000km、高度100km→25km、着陸66分前~13分前
(3)ブレイキングバーン=時速6000km→380km、高度25km→3km、着陸13分前~2分前
(4)ブレイキングバーン&ピッチアップ=時速380km→120km、高度3km→1km、着陸2分前~1分前
(5)最終降下=時速120km→17km、高度1km→20m、着陸1分前~20秒前
(6)最終着陸=時速17km→2.6km、高度20m→0m、着陸20秒前~0秒

 着陸シーケンスの6つの段階を見れば分かるように、ランダーは時速5800~6000kmという、地球上では考えられないような速度で飛行するが、着陸前に速度を落とすとともに高度も落としていくことになる。特に(2)のクルーズランディングと(3)のブレイキングバーンは着陸66分前~2分前という64分間に時速は6000kmから380kmに減速されるとともに高度を100kmから3kmにすることが求められている。

 ランダーの着陸が失敗に終わったと結論付けた4月26日に開かれた記者会見でispaceは、着陸シーケンス(5)の最終降下以降の段階で失敗の原因となる事象が起きていたとみていた。

 しかし、フライトデータを解析したことで、実際には(3)のブレイキングバーンで原因となる事象が起きていたことが判明した。「測定高度」と「推定高度」が乖離していたことから、月への着陸は失敗してしまったのである。

時速360kmで月面に墜落

 ランダーには、月面との距離を測るための近距離レーザー測距計(Laser Range Finder:LRF)と電波で速度を測るためのレーダーベロシメーター(LVM)が搭載されている。LRFがランダーの高度を測る。これが「測定高度」(LVMは高度2km以下で使われる)。

 ランダーを制御するためのオンボードコンピューターが搭載されているが、このオンボードコンピューターには、月に着陸するための誘導・航法・制御(Guidance Navigation Control:GNC)システムが搭載されている。

 HAKUTO-Rのランダーで活用されているGNCは、Apollo計画に実際に活用された誘導コンピューターで有名な米Charles Stark Draper Laboratoryが開発したものだ。GNCは、さまざまなデータを処理して判断するが、センサーが示すデータが間違っている場合もあることから、そうした場合はセンサーのデータを無視することもある。

 GNCは、センサーなどからのデータをもとにランダーがどれくらいの高度にあるかと判断する。これが「推定高度」となる。

 ランダーが着陸シーケンスに入り、(1)のDOIを終えて、GNCは自らが推定した高度に基づいて(2)のクルーズランディングを経て(3)のブレイキングバーンになり、高度15km付近からLRFが高度の計測を開始した。

 ここでLRFによる「測定高度」とGNCによる「推定高度」に差があることが判明、GNCは「推定高度」の修正を始めた。時間とともに「測定高度」にあわせて「推定高度」が複数回修正され、その差は小さくなっていった。

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