盛り上がり見せる「軌道上サービス」--日本企業に潜む可能性の大きさと留意点

解説

盛り上がり見せる「軌道上サービス」–日本企業に潜む可能性の大きさと留意点

2024.05.14 08:00

森智司(デロイト トーマツ ベンチャーサポート コンサルタント)

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 前回の「立ち上がる『軌道上サービス』市場と注目されるスタートアップ」では、宇宙ビジネスの中で近年盛り上がりを見せている「軌道上サービス」を解説した。

 現状、この領域では米国の大企業やスタートアップ企業が存在感を強めている一方で、日本の大企業やスタートアップ企業による軌道上サービスへの進出事例なども増加している。

 そこで、日本の軌道上サービス関連事例とともに日本企業の参入余地を解説する。

日本勢の軌道上サービス関連事例

 日本の軌道上サービス関連事例は大きく分けて、(1)軌道上サービスを提供する事例(2)軌道上サービスを活用し創薬や保険などの非宇宙機器ビジネスを開発する事例――の2つに分類できる。

軌道上サービス事例

 日本のスタートアップ企業が存在感を示している軌道上サービスの領域として、宇宙ゴミ(スペースデブリ)関連サービスが挙げられる。

 アストロスケールホールディングスは2021年8月に世界初のデブリ除去商業ミッションでデブリの試験捕獲に成功しており、2024年2月には世界初の大型デブリ除去実証プログラムに向けて衛星「ADRAS-J」を打ち上げ、デブリ関連の技術開発や実証で世界をリードしている。デブリ除去技術を活用し人工衛星燃料補給サービス、宇宙機器補修サービスへの進出も目指している。

 この他、デブリ領域では「人工流れ星」を開発するALEのデブリ関連技術を継承する形で、2022年にBULLが設立されている。BULLはデブリの発生を防止する膨張式(インフレータブル)構造装置を開発している。デブリ以外では、宇宙環境提供サービスを手掛けるElevationSpaceが、東北大学での小型衛星開発の知見を生かし、宇宙環境利用・回収プラットフォーム開発しており、初号機を2026年以降に打ち上げ予定である。

 この軌道上サービスというカテゴリーに入る事業の特徴として、軌道上での価値提供に何らかの機器や設備を展開する必要があるため、宇宙機器開発がビジネス基盤となる、ということが挙げられる。

 そのため、長期にわたる大学や宇宙機関などの研究、それらの機関との共同研究をベースとすることが多く、開発に多くの資金と時間、人材が必要となる。

軌道上サービスを活用したビジネス事例

 軌道上サービス事業者と提携することによって、宇宙機器を自社で開発せずにサービスを提供する事例も、日本で出現し始めている。

 Space BDは、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」を活用し、創薬を研究する学術機関や民間企業に、高品質タンパク質結晶化実験サービスを提供してきた。この他、2023年4月にBULLと東京海上日動火災保険は、BULLのデブリ化防止サービスなどをリスクマネジメントや保険商品に活用することを目指し、基本合意書を締結した

 軌道上サービスを活用したビジネスは、宇宙機器サービスを有する企業や機関と協業することで、非宇宙機器企業が自社の強みや資産を生かす形で立ち上げられることが特徴としてあげられる。

日本勢に潜む参入優位性

 日本でも事例が出現しつつある軌道上サービスであるが、学術機関を中心とした研究や開発の蓄積、工作、素材、ロボティクス、医療などの分野での高い技術力が、日本企業にとって軌道上サービスに参入する上での優位性となると考えられる。

必要な技術の研究開発の蓄積

 日本は、宇宙機関を中心に国際宇宙ステーション計画(ISS)に参加し、実験棟(きぼう)や物資輸送船(こうのとり)を運用し、軌道上サービスに必要となる技術や知見を蓄積してきている。

 日本が知見を蓄積している技術の具体例として、宇宙船同士が軌道上で連結する「ランデブー」技術が挙げられる。ランデブー技術は取得までの難易度が高い一方で、宇宙ステーションをはじめとする宇宙環境提供サービスに加えて、宇宙機器の製造や補修サービス、人工衛星燃料補給サービス、デブリ除去サービスなど、多くの軌道上サービスで必須とされているため、この領域の技術や知見を有していることは重要である。

 この他、大気圏再突入技術や多数の人工衛星の製造、運用実績、ロボットアーム技術など軌道上サービスを開発するための宇宙機器技術の土壌が整っている数少ない国の一つが日本であるということも、特筆すべき点である。

応用可能な技術レベルの高さ

 日本企業が、宇宙機器分野に加えて非宇宙機器分野でも数多くの分野で高い技術力を有していることは、軌道上サービスへの参入優位性となると考えられる。

 例えば、軌道上での宇宙機器製造サービスでは、3Dプリンターや工作機器、材料となる素材などについて高い技術力が必要となる。また、ロボティクス技術は宇宙機器の製造や補修、デブリ除去などの軌道上サービスに活用されているほか、宇宙環境を利用した人工臓器製造の分野では医療技術の活用が期待される。

 これら軌道上サービスに活用可能な技術が国内に揃っていることは、日本企業の軌道上サービス参入で大きな利点になっている。

「オープンイノベーション」の注意点

 宇宙ビジネスをこれまで手掛けていない日本企業が、軌道上サービスに新規参入する際の有力な方法の一つが「オープンイノベーション」である。

 軌道上サービスと軌道上サービスを活用したビジネスに参入するにあたっては、宇宙機器に関する知見や技術が当然に必要となる。そのため、軌道上サービスを開発する企業やスタートアップ企業、学術機関と協業し、オープンイノベーションを進めることが有力な手法としてあげられる。

 ここでいうオープンイノベーションとは、民間企業などが自社の資産を一部提供し、他の企業や学術機関とともに軌道上サービスをともに開発する手法のことを指す。こうした協業で重要となるのが、協業先の課題を深く理解し、解像度の高い協業仮説を協業検討初期段階から示すことである。

 宇宙ビジネスでのオープンイノベーションでは、協業候補先との接触後、協業の検討が具体のアクションまで進まないケースが見受けられる。検討が進まない要因の一つとして、協業先が協業へのインセンティブを十分に感じられていないことが挙げられる。

 特にスタートアップ企業や学術機関は、協業の検討に割くことのできるリソースが豊富でない場合が多い。そうした中で、彼らにとってのメリットが明確でない協業案を、具体のアクションまで進めていくことが難しいという現状がある。

 そのため、協業検討の初期段階で領域や協業先の課題を深く理解し、スタートアップ企業や学術機関にとっての協業メリットを明確にしつつ、解像度の高い協業仮説を提示することが重要となる。

 また、協業先の課題解決が自社の資産のみでは不十分な場合、第三者も巻き込んだ形での協業を検討することも必要である。軌道上サービスをはじめとした宇宙ビジネスでの課題を解決するには、専門性の高い知見や技術力が必要となる場合が多いことから必ずしも二者間で協業が完結できるとは限らない。

 そうした場合は、協業仮説の中でミッシングピースとなっている部分について、専門性や実績を有する第三者を協業に加えることを積極的に検討すべきであろう。

 三者間での協業事例として、宇宙ビジネスへの参入を目指す企業とロケットなどによる打ち上げサービスを提供する輸送系企業、射場や着陸場を含む宇宙港を有する企業や自治体の協業事例が挙げられる。

 軌道上サービスなどの宇宙ビジネスを展開していく際には、宇宙機器を打ち上げる輸送系企業との協業が重要である一方で、輸送系企業は打ち上げサービスを提供するために、ロケットを組み立てて、打ち上げる宇宙港の確保は必須であり、確保が困難な場合は大きな課題となる。

 そのため、宇宙ビジネスへの参入を目指す企業が輸送系企業との協業を進める中で宇宙港を運営する企業や自治体を協業に加えることは、輸送系企業側に大きなメリットになり得る。実際に、この三者間での協業事例は国内外で多く見られる。

非宇宙領域企業の軌道上サービス参入時の視点(出典:デロイト トーマツ ベンチャーサポート)
非宇宙領域企業の軌道上サービス参入時の視点(出典:デロイト トーマツ ベンチャーサポート)

まとめ

 軌道上サービスは宇宙ビジネスの中でも今後、特に市場拡大が期待される領域として注目されている。日本でも宇宙事業や宇宙スタートアップ企業が多く立ち上がっている中、非宇宙領域の企業が宇宙企業と協業する形で軌道上サービスを生み出す事例が出現していくと予想される。

 このように、軌道上サービス市場は大きな変化や成長が予想されるため、日本のプレイヤーによる新規参入動向も含め、引き続き注視が必要である。

デロイト トーマツ ベンチャーサポート コンサルタント

森智司

国立大学 大学院で航空宇宙分野の研究(流体解析や機械学習を用いた極超音速飛行体の形状設計を専門)し、修士号を取得。デロイトトーマツベンチャーサポートに入社後は、航空宇宙・モビリティ分野の他、ディープテック領域を担当 宇宙分野では、国内ベンチャー企業支援、大企業新規事業立ち上げ支援に従事する他、各種セミナーや講演に登壇。その他、海外航空機事業の事業性検証やモビリティ分野の海外ベンチャー企業調査、自動車保険新サービス立案、ネガティブエミッション技術トレンド調査、起業家育成支援事業などに従事している

デロイト トーマツ ベンチャーサポート コンサルタント

森智司

国立大学 大学院で航空宇宙分野の研究(流体解析や機械学習を用いた極超音速飛行体の形状設計を専門)し、修士号を取得。デロイトトーマツベンチャーサポートに入社後は、航空宇宙・モビリティ分野の他、ディープテック領域を担当 宇宙分野では、国内ベンチャー企業支援、大企業新規事業立ち上げ支援に従事する他、各種セミナーや講演に登壇。その他、海外航空機事業の事業性検証やモビリティ分野の海外ベンチャー企業調査、自動車保険新サービス立案、ネガティブエミッション技術トレンド調査、起業家育成支援事業などに従事している

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