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10年で1兆円「宇宙戦略基金」を徹底解説–事業費が全額補助になる場合も(秋山文野)

2024.04.15 14:00

秋山文野

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 10年間で1兆円規模とされる「宇宙戦略基金」の第1期の募集が2024年度に始まる。宇宙分野での技術開発を後押しし、宇宙の利用や市場の拡大、探査の活発化を目指した基金だが、その実施方針と、総務省・文部科学省・経済産業省の審議会で公表された募集テーマから、その方向性を整理する。

宇宙戦略基金とは

 宇宙戦略基金とは「輸送」「衛星等」「探査等」の3分野で、民間企業や大学などが最大10年間、技術開発に取り組めるように設置されたJAXA基金だ。2024年度からスタートする第1期では合計で3000億円、うち総務省が240億円、文部科学省が1500億円、経済産業省1260億円を提供する。

 

出典:内閣府宇宙戦略推進事務局「宇宙技術戦略(衛星・分野共通技術)の方向性 (衛星開発・実証小委員会における議論のまとめ)」より

どのような分野を対象としているのか

 宇宙戦略基金が対象とする3分野について、政府はどのような方針を示しているのだろうか。3月28日に内閣府の宇宙政策委員会で策定された技術ロードマップ「宇宙技術戦略」では次のように説明されている。

1.輸送

  • 「国内で開発された衛星や海外衛星、多様な打上げ需要に対応できる状況(例えば、2030 年代前半までに基幹ロケット及び民間ロケットの国内打上げ能力を年間30 件程度確保)を見据え、低コスト構造の宇宙輸送システムを実現する。そのための産業基盤を国内に構築し自立性及び自律性を確保するとともに、新たな宇宙輸送システムの実現に必要な技術を獲得し我が国の国際競争力を底上げする」

2.衛星等

  •  「2030 年代早期までに国内の民間事業者(スタートアップ含む)による小型~大型の衛星事業(通信、観測等)や軌道上サービス等による国際競争力にもつながる自律的な衛星のシステムを実現する(例えば、2030 年代早期までに国内の民間企業等によるシステムを5件以上構築)。※基数、スペック等の目標は技術開発テーマ毎に設定する」
  •  「そのための産業基盤を国内に構築し自立性及び自律性を確保するともに、革新的な衛星基盤技術の獲得により我が国の国際競争力を底上げする。 また、2030 年代早期までに、上記衛星を含む衛星システムの利用による市場を拡大する」

3.探査等

  •  「月や火星圏以遠への探査や人類の活動範囲の拡大に向けた我が国の国際プレゼンスを確保する(例えば、2030 年代早期までに、我が国の民間企業等が月や火星圏以遠のミッション・プロジェクトに新たに10 件以上参画)」(内閣府)
  • 「2030 年以降のポストISS における我が国の民間事業者の事業を創出・拡大する(例えば、2030 年代早期までに地球低軌道を活用したビジネスを10 件以上創出)」(内閣府)
  •  「また、これらの活動機会を活用し、太陽系科学・宇宙物理等の分野における優れた科学的成果の創出や、国際的な大型計画への貢献にもつなげる」(内閣府)

 全体の流れとしては 「宇宙技術戦略」で日本が獲得すべき技術の方向性を示し、民間企業と大学が実行役となって担う開発テーマについてを「宇宙戦略基金」で支援するというものだ。

 ただし、宇宙戦略基金のテーマ設定のためだけに宇宙技術戦略があるわけではない。日本全体で獲得すべき大きな目標であり、戦略に示された技術をJAXAが自ら開発することもある。また、戦略は世界の宇宙技術の状況を踏まえて適宜見直される場合もある。

支援方法は「委託」と「補助」の2種類

 支援の規模は技術成熟度に応じて十数億円から数百億円規模まであり、技術の「出口」に応じて支援の形態は2つに分かれる。1つは「委託」で、開発にあたって得られる利益が明らかになっておらず、ビジネスモデルを描く前段階にあって、事業化までに時間がかかる場合などに開発費全体を支援する方式だ。

 もう1つは「補助」といい、民間企業による商業化が可能で大きな利益が見込まれている場合に開発費の一部を支援する方式だ。補助率は事業テーマごとにA~Dの4段階で判定され、「補助率100%(自己負担なし)」という場合もある。

  • A:技術成熟度が比較的高く、民間企業による事業化が見込める→補助(自己負担あり)
  • B:技術成熟度が十分ではない、事業化までにハードル→補助(自己負担ありを含む)または委託
  • C:技術成熟度が比較的低い段階からの革新的技術開発→補助(自己負担なし)または委託
  • D:単体で事業化するものではない宇宙技術全体の共通基盤の整備→補助(自己負担なし)または委託

 委託と補助の分水嶺になるのが「技術成熟度レベル(Technology Readiness Level :TRL)」という尺度だ。TRLとは、ある技術の実現度をTRL1(アイディアの着想段階)からTRL9(実運用段階)まで9段階に分けて測る方法だ。

TRLの考え方 Credit: NASA

 宇宙分野では、ある技術が、ロケットや人工衛星、衛星搭載のセンサーといった具体的なハードウェアとなって軌道上実証を達成すれば「TRL9」に到達したと考える。

 宇宙戦略基金の4段階の支援方式のうち、CとDは実験室環境下でコンポーネントの試験が始まった段階の「TRL4」までを対象とする。一方のAとBでは、実際に近い環境で試験を実施する「TRL5」よりも成熟した段階に適用される。実運用が近いほど事業化に近いと考えられ、自己負担が求められる可能性が出てくるわけだ。

開発マネジメントのしくみ

 事業者の公募や進捗の確認、目標の達成状況といった開発マネジメントの実務はJAXAが中心となって担う。大型の支援が予定されているテーマ案も多いなかで、「ステージゲート審査」と呼ばれる中間評価を設けて開発の達成状況を確認する予定だ。

 今後の日本の宇宙活動にとって重要なテーマ案ばかりだが、ケースによっては技術成熟度が低い段階からの開発が困難だったり、世界の状況が変化して商業化で利益を得ることが難しくなるといったことも考えられる。「ロケット調達の遅れ」などの事情を加味できるのか、本当に技術が追いついていないのか見極める必要もあるだろう。

 また、NASAやESAなど海外の同様の民間宇宙技術育成や、日本のSBIR資金での育成プログラムといった他のケースもウォッチしつつ評価するなど「評価の目」も試される事業だ。そのために年に1回程度は予定されている内閣府の宇宙政策委員会への報告など、情報公開をしっかり求めていく必要がある。

第1期の公募テーマ

 4月9日までに総務省、文部科学省、経済産業省から公募するテーマ案が示され、各省の審議会で議論された。総務省からは4案、文部科学省からは13案、経済産業省は非公開のため件数等は不明だ。テーマ案は内閣府の宇宙政策委員会が方針を決定し、JAXAが運営体制を準備した後に公募が始まることになる。公開されている17のテーマ案を紹介する。

出典:第85回宇宙開発利用部会「宇宙戦略基金 技術開発テーマ案(文部科学省分)一覧」より

文部科学省

・宇宙輸送機の革新的な軽量・高性能化及びコスト低減技術(輸送):120億円

 熱可塑性の炭素繊維複合材料(CFRP)などの複合材料を使ったロケットのタンク、配管などの実現と、金属3Dプリンタによるエンジン部品の製造による機体の軽量化、高度化、低コスト化を目指す。3件を採択し1件あたりの支援額はテーマによって30億、40億円、50億円。支援形式は委託。2024~2028年度の5年間で開発し、2027年度ごろにプロトタイプ製造のステージゲート審査がある。

・将来輸送に向けた地上系基盤技術(輸送):155億円

 洋上着陸するロケット機体の捕獲および安全化と着陸に利用する無人ロケット回収船の基礎技術やロケット再使用、高頻度打上げが可能になる射場技術の獲得を目指す。2件を採択し1件あたりの支援額は50億円および105億円。支援形式は委託。2024~2028年度の5年間で開発し、2026年度末ごろに一部試作のステージゲート審査がある。

・高分解能・高頻度な光学衛星観測システム(衛星):280億円

 喪失した「だいち3号(ALOS-3)」に代わる分解能40cm級、観測幅50kmの小型光学地球観測衛星コンステレーションの実現を目指す。1件を採択し、支援額は280億円で衛星打上げ費用を含む。支援形式は補助。2024~2029年度半ばごろの最長5年間で開発し、2027年度に分解能40cm級光学衛星の軌道上実証を行うステージゲート審査あり。

・高出力レーザの宇宙適用による革新的衛星ライダー技術(衛星):25億円

 前述の光学衛星観測システムと対になる衛星搭載高度計LiDARの基礎技術の開発を目指す。衛星搭載可能な小型・高出力レーザーの実現を目指す。1件を採択し、支援額は25億円。支援形式は委託。2024~2030年度までの最長6年間で開発し、2027年度にレーザーシステム実現見通しに関するステージゲート審査あり。

・高精度衛星編隊飛行技術(衛星):45億円

 多数の衛星がお互いの位置を精密に制御しながら飛行する編隊飛行(フォーメーションフライング)の技術獲得を目指す。3件を採択し、1件あたりの支援額は15億円程度。支援形式は委託。2024~2030年度の最長7年間で開発し、2025~2027年度にフライト品開発・実証のステージゲート審査あり。

・国際競争力と自立・自在性を有する物資補給システムに係る技術(探査等:地球低軌道利用):155億円

 国際宇宙ステーション(ISS)退役後の商業宇宙ステーションへの物資輸送を可能にする自律的なランデブー・ドッキング技術の実現を目指す。2件を採択し、1件あたりの支援額は125および30億円。支援形式は補助。2024~2029年度の最長5年間で開発し、2026年度ごろにシステム仕様の設定、商業ステーション事業者からの契約確保によるステージゲート審査あり。

・低軌道自律飛行型モジュールシステム技術(探査等:地球低軌道利用):100億円

 地球低軌道で微小重力での実験環境として利用でき、フリーフライヤーとしても運用可能な自律飛行型のモジュールの開発を目指す。1件を採択し、支援額は100億円程度。支援形式は補助。2024~2029年度の最長5年間で開発し、2026年度ごろにシステム検討の完了、商業ステーション事業者からの契約確保によるステージゲート審査あり。

・低軌道汎用実験システム技術(探査等:地球低軌道利用):20億円

 地球低軌道で主にライフサイエンス系の実験設備開発を目指す。1件を採択し、支援額は20億円程度。支援形式は委託。2024~2029年度の最長5年間で開発し、2025年度末ごろにシステム検討の完了、ユーザー事業者の獲得によるステージゲート審査あり。

・月測位システム技術(探査等:月面開発):50億円

 月面で活動する際に位置や時刻情報を利用できるよう、月周回測位衛星(LNSS)の実現に向けた技術の獲得を目指す。1件を採択し、支援額は50億円程度。支援形式は委託。2024~2028年度の最長4年間で開発し、2026年度ごろに実証機を見据えた設計のステージゲート審査あり。

・再生型燃料電池システム(探査等:月面開発):230億円

 月面でエネルギー源として利用できる水を電気分解して得られる水素を用いた燃料電池の実現を目指す。2件を採択し、1件あたりの支援額は115億円。支援形式は委託。2024~2027年度の最長4年間で開発し、2025年度末ごろに水電解/燃料貯蔵/燃料電池の機能を組み合わせた再生型燃料電池システムの地上実証品の設計完了と製作への移行についてステージゲート審査あり。

・半永久電源システムに係る要素技術(探査等:月面開発):15億円

 月面で半永久的な熱源・電源として利用できるアメリシウムを利用したラジオアイソトープ電源システム(RPS)の開発を目指す。1件を採択し、支援額は15億円程度。支援形式は委託。2024~2028年度の最長4年間で熱源として利用できる半永久電源の熱構造モデルと熱電変換の要素技術を開発する。ステージゲート審査なし。

・大気突入・空力減速に係る低コスト要素技術(火星探査):100億円

 火星の大気に突入する際にパラシュートに代わる展開型エアロシェルを開発し、月や地球低軌道からの物資輸送にも利用できるシステムを目指す。1件を採択し、支援額は100億円。支援形式は委託。2024~2030年度の最長6年間で開発する。2026年度末ごろに20kg程度の機器を地球低軌道から帰還させる能力を持った展開型エアロシェルの開発、および実証機の設計完了見通しでステージゲート審査あり。

・SX研究開発拠点(分野共通):110億円

 非宇宙分野の研究者などを中核とした輸送、衛星、探査など各分野の研究開発拠点の実現を目指す。5件を採択し、1件あたりの支援額は22億円。支援形式は委託。2024~2032年度の最長8年間で開発し、2029年度ごろに成果創出や組織マネジメント、民間との連携などでステージゲート審査あり。

総務省案

・衛星量子暗号通信技術の開発・実証(衛星等):145億円

 衛星搭載用の量子暗号通信機器と300kg級小型衛星による2028年度打上げの宇宙実証、および可搬型地上局、衛星〜地上局間の1kbpsを超える量子鍵生成の技術確立を目指す。1件を採択し、支援額は145億円。支援形式は委託。2024~2029年度の最長5年間で開発し、2027年度ごろに小型衛星に搭載できる関連装置と地上局、宇宙実証に向けた周波数獲得によるステージゲート審査あり。

・衛星コンステレーション構築に必要な通信技術(光ルータ)の実装支援(衛星等):19億円

 衛星間光通信を可能にする10Gbps超のデータ伝送処理、および100Gbps端末にも対応する光ネットワークルータの実現を目指す。1件を採択し、支援額は19億円。支援形式は補助。2024~2027年度の最長3年間で開発し、ステージゲート審査は記載なし。

・月面の水資源探査技術(センシング技術)の開発・実証(探査等:月面探査):64億円

 10kg以下のテラヘルツ波センサシステムを搭載した100kg以下の超小型衛星を2026年度に打上げ、月周回軌道に投入し、月面の水・氷含有量の推定分布の探査を目指す。1件を採択し、支援額は64億円。支援形式は委託。2024~2028年度の最長4年間で開発し、2025年度にセンサを含む衛星のPFM開発でステージゲート審査あり。

・月-地球間通信システム開発・実証(FS)(探査等:月面探査):5億円

 4K、8Kの高画質映像伝送が可能な月周回有人拠点(ゲートウェイ)や月周回衛星を中継した月-地球間通信のフィージビリティ・スタディ(新規事業や新製品・サービス、プロジェクトなどが、実現可能かどうかを検証すること)を行う。1件を採択し、支援額は5億円。支援形式は委託。2024年度から1年間で開発し、ステージゲート審査は記載なし。

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