解説

立ち上がる「軌道上サービス」市場と注目されるスタートアップ

2023.11.28 14:30

森智司(デロイト トーマツ ベンチャーサポート)

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 2023年9月、米宇宙軍は、軌道上サービスを開発しているアストロスケールホールディングスの米法人Astroscale USと軌道上での人工衛星燃料補給サービスに関する約2500万ドルの契約を締結したと発表した。日本の宇宙スタートアップが、宇宙分野で世界をリードする米国で契約を獲得した事例は少なく、日本の宇宙スタートアップの成功事例として注目を集めている。

 日本のスタートアップも今後世界で存在感を高めていくことが期待される軌道上サービスについて、市場を概観するとともに注目のスタートアップを紹介する。

軌道上サービスとは

 人工衛星に燃料を補給するなどを含む、宇宙ビジネスの成長領域として期待されているのが「軌道上サービス」である。軌道上サービスとは、高度数百キロ以上の地球軌道上の宇宙空間で価値を提供、創出するサービスのことを指す。具体的には商業宇宙ステーションの他、宇宙ゴミ(スペースデブリ)除去などが挙げられる。

軌道上サービス提供スタートアップ活況の背景

 2020年代に入り軌道上サービスが活況となっている要因として、国際情勢や政策による要因の他に、宇宙ビジネスの急成長による、宇宙空間環境の変化や宇宙機器運用時の課題に注目が集まっていることなどが挙げられる。

(1)米政府・軍主導の軌道上サービス開発の推進

 軌道上サービス活況の一因として、米政府や軍の政策と支援施策が挙げられる。商業宇宙ステーション分野では、米政府は国際宇宙ステーション(ISS)運用終了後の宇宙環境利用設備を民間企業が開発、運用する方針を掲げている。この方針の下、米航空宇宙局(NASA)は2021年に「商用地球低軌道開発(Commercial Low earth orbit Destinations:CLD)」プログラムを発表し、スタートアップを含む民間企業に対して巨額を投資している。

 軌道上での人工衛星燃料補給や宇宙機器の組み立て、製造技術(In-Space Servicing, Assembly, and Manufacturing:ISAM)に対しても、2022年12月に米ホワイトハウスが初の国家戦略(ISAM National Strategy、PDF)を定めており、NASAや米宇宙軍、米国防高等研究計画局(DARPA)が複数の開発・実証プログラムを実施している。

(2)軌道上人工物の急増

 近年、人工衛星の小型化やロケットの打ち上げコストの低下により、軌道上の人工物の数が急増している。これにより生じている課題が、デブリ問題である。

 デブリは、ロケットの部品や運用が終了した人工衛星のような大きなものから数ミリ以下の断片まで含めて約1億個以上があり、低軌道では秒速約7~8km(時速2万5200~2万8800km)という高速で漂っている。これらの断片が人工衛星や宇宙船に衝突した場合、機器に致命的損傷を与えるため大きな課題となっており、各国で対応策を開発するスタートアップが出現している。

(3)大型で高性能人工衛星の高額な開発コスト

 近年、安価な小型人工衛星が注目を集める一方、静止軌道などに投入される大型で高性能な通信衛星は1機あたり数百億円以上の開発コストが現在もかかっている。そのため、衛星運用会社では大型高性能人工衛星が故障し運用不能になった場合、巨額の損失が生じるリスクを抱えている。加えて、特に通信衛星分野では低軌道小型衛星コンステレーションとの競争が激化している中で、人工衛星の運用期間を少しでも長くしたいというニーズが高まっている。

 各国防衛当局が運営する軍事衛星でも、高額な開発コスト、軌道変更の頻度の多さに起因する燃料消費量の多さ、故障リスクの高さを背景に、軌道上での修理・燃料補給などのサービスヘのニーズが高まっていると考えられる。

軌道上サービスの分類

 軌道上マーケットを構成する主要なサービスとして、宇宙環境提供サービス、宇宙機器製造・補修サービス、人工衛星燃料補給サービス、宇宙デブリ除去サービス、軌道間輸送サービスが挙げられる。

宇宙環境提供サービス

 宇宙ステーションなどの宇宙環境空間下での実証・実験、物質の製造、宇宙旅行の滞在先や動画を撮影、配信するための場を提供するサービスである。微小重力の特性を生かした創薬向けの高品質タンパク質結晶の製造の他、高品質な光ケーブルや半導体結晶の製造、人工臓器の3Dプリンティングが期待されるなど幅広い産業から注目を集めている。

宇宙機器製造・補修サービス

 ソーラーパネルやアンテナなどの宇宙機器の大型構造物を軌道上で製造するサービスである。打ち上げのコスト削減や打ち上げ時の構造物故障リスクを低減することが期待されている。

 宇宙機器補修サービスは、軌道上で故障した宇宙機器を修理し機能を復旧させるほか、機器をアップグレードさせる。宇宙機器を運用する機関や企業は、軌道上で宇宙機器が故障した場合に修理する手段が無く、機器を放棄せざるを得ず大きな損失を生むリスクを抱えていた。

 しかし、軌道上での機器の修理が可能となることで、故障時の損失リスクを低減させることができるため、注目を集めている。この他、古い宇宙機器をアップグレードし、使用期間を延長させることも期待されている。

人工衛星燃料補給サービス

 人工衛星に推進剤を補給するサービスであり、「宇宙のガソリンスタンド」とも呼ばれる。現状、人工衛星は機器自体が引き続き使用可能であるが、推進剤が無くなることで運用終了となるケースが少なくない。推進剤を補給することで、人工衛星の運用寿命を延長させ、人工衛星の収益性を向上させることが期待されている。

デブリ除去サービス

 主に大型のデブリに対し、レーザー照射させる方法や小型宇宙機をデブリに接触させる方法でデブリを大気圏に突入させて焼却、または他の物体との衝突の恐れがない軌道へ移動させる「ADR(Active Debris Removal)」を提供するサービスである。

軌道間輸送サービス

 小型人工衛星などをロケットから投入軌道まで輸送する「宇宙版ラストワンマイル輸送」を提供するサービスである。小型人工衛星を打ち上げる際、打ち上げコストを低減するために大型人工衛星や他の小型人工衛星と相乗りで打ち上げる場合が多く、他の人工衛星の都合で小型人工衛星は投入軌道を自由に選択できないことが課題となっている。軌道間輸送サービスでは「宇宙版タグボート」とも呼ばれる小型宇宙機で、ロケット軌道から投入したい軌道まで輸送する。

軌道上サービスを提供するスタートアップ

軌道上サービスを提供するスタートアップ例(出典:デロイト トーマツ ベンチャーサポート)
軌道上サービスを提供するスタートアップ例(出典:デロイト トーマツ ベンチャーサポート)

 ここでは各軌道上サービスの開発を進めるスタートアップを一部紹介する。

宇宙環境提供サービス:Axiom Space

 2016年に米テキサス州で創業し、商業宇宙ステーションサービスの提供を目指している。2020年にNASAから1.4億米ドルで宇宙ステーションの居住モジュール開発の契約を獲得。技術力や開発力の高さが認められ、民間企業として世界で唯一ISSに宇宙ステーションモジュールをドッキングすることを許可されており、2026年のモジュール打ち上げに向けて準備を進めている

宇宙機器製造・補修サービス:Orbital Composites

 2014年に設立された米カリフォルニア州のスタートアップ。多様な素材を扱える積層造形技術と積層造形向けのロボティクス技術に強みを有しており、現在宇宙空間でのアンテナなどの構造物の3Dプリント技術を開発している。2023年7月には米宇宙軍と軌道上で3Dプリンターによるブロードバンド通信用アンテナ製造実証実験に関する契約を締結した。

人工衛星燃料補給サービス:Orbit Fab

 2014年に設立された米コロラド州のスタートアップ。米国の大手防衛メーカーの支援を受け、人工衛星向け軌道上燃料補給サービスを開発している。燃料補給サービスに加え、顧客の収益を最大化する補給ミッションを立案するサービスも提供し、エンドトゥエンドの燃料補給サービスを提供することを強みとしている。米宇宙軍と人工衛星への燃料補給を2025年から開始する契約を締結している。

デブリ除去サービス:TransAstra

 2015年に設立された米カリフォルニア州のスタートアップ。小惑星採掘向けに開発した膨脹式のキャプチャバッグ(物体を包む袋)技術をデブリ除去に転用し、1つのバッグで複数のデブリを回収できる他、高速回転しているデブリも容易に回収できるというシステムの開発を目指している。2023年8月にNASAと膨脹式のキャプチャバッグ製造に関する契約を締結している。

軌道間輸送サービス:Exotrail

 2015年に設立されたフランスのスタートアップ。電気推進器を搭載した小型衛星の軌道間輸送機「SpaceVan」を開発した。輸送機による輸送に加え衛星コンステレーション向けにミッション設計や運用支援のソフトウェアなども含めた、エンドトゥエンドでのサービス展開を目指している。2023年10月にSpace Exploration Technologies(SpaceX)の「Falcon 9」ロケットでSpaceVanを打ち上げ、軌道間輸送サービスの提供を予定している。

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 軌道上サービスは2030年に向けて、引き続き米国の民間企業がリードする形で拡大していくと予想される。

デロイト トーマツ ベンチャーサポート コンサルタント

森智司

国立大学 大学院で航空宇宙分野の研究(流体解析や機械学習を用いた極超音速飛行体の形状設計を専門)し、修士号を取得。デロイトトーマツベンチャーサポートに入社後は、航空宇宙・モビリティ分野の他、ディープテック領域を担当
宇宙分野では、国内ベンチャー企業支援、大企業新規事業立ち上げ支援に従事する他、各種セミナーや講演に登壇。その他、海外航空機事業の事業性検証やモビリティ分野の海外ベンチャー企業調査、自動車保険新サービス立案、ネガティブエミッション技術トレンド調査、起業家育成支援事業などに従事している

デロイト トーマツ ベンチャーサポート コンサルタント

森智司

国立大学 大学院で航空宇宙分野の研究(流体解析や機械学習を用いた極超音速飛行体の形状設計を専門)し、修士号を取得。デロイトトーマツベンチャーサポートに入社後は、航空宇宙・モビリティ分野の他、ディープテック領域を担当
宇宙分野では、国内ベンチャー企業支援、大企業新規事業立ち上げ支援に従事する他、各種セミナーや講演に登壇。その他、海外航空機事業の事業性検証やモビリティ分野の海外ベンチャー企業調査、自動車保険新サービス立案、ネガティブエミッション技術トレンド調査、起業家育成支援事業などに従事している

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