JAXA バンコク駐在員事務所 所長 中村全宏氏

特集

JAXA駐在員事務所が見た海外宇宙ビジネス–宇宙の民営化とイノベーションが進むアジア太平洋地域

2022.11.29 08:00

田中好伸(編集部)

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 1993年に設立されたアジア太平洋地域宇宙機関会議(Asia-Pacific Regional Space Agency Forum:APRSAF)には、同地域の宇宙機関や行政機関、国際機関、民間企業、大学、研究所など多様なプレーヤーがオープンに参加し、同地域での社会経済発展と社会課題解決を目指し、持続的な宇宙活動を目指して会合している。

 同フォーラムの27回目となる2021年は、ベトナムが主催しオンラインで開催され、さらに28回目もベトナムのハノイで開催された。「APRSAFの開催を通して、ベトナムの宇宙活動に対する熱心な姿勢が伝わってくる」と説明する。

ビジネスマッチングにも乗り出すタイ

 1971年にNASAの地球観測衛星「Landsat」のデータ利用から宇宙活動を開始したタイは、リモートセンシングを中心に宇宙に乗り出してきている。1982年に東南アジア諸国の中でいち早く地上通信所を開設し、Landsatをはじめとする衛星データを活用している。

 1993年には、国家レベルで地理情報システム(GIS)の利用推進がうたわれるようになり、2000年にタイ地理情報・宇宙技術開発機構(Geo-Informatics and Space Technology Development Agency:GISTDA)が設立された。

 現在、自国での衛星打ち上げ能力は保有していないが、自国の衛星を所有、運用している。具体的には、2004年に地図作成や国土計画、土地利用、資源管理、災害監視などを目的にした「タイ地球観測衛星」(Thailand Earth Observation Satellite:THEOS、2011年にThaichoteに改称)計画を作成し、2008年に1号機が打ち上げられ、現在も運用されている。

 THEOS計画では現在、後継となる「THEOS-2(Thaichote-2)」の開発が進められているが、THEOS-2は衛星としては中型である500kg級、同時により小型の「THEOS-2a」の開発も進めている。小型衛星であるTHEOS-2aの開発は、GISTDAの人材育成を主目的としており、GISTDAが英企業Surrey Satellite Technology(SSTL)から技術指導を受ける形で進めてきた。

 2021年にタイは、社会経済発展、社会課題を解決するために宇宙を位置付けており、宇宙は重要産業として育成する方針を明らかにしている。THEOS-2aの開発を通した技術獲得はこうした産業振興の方針にも沿ったものだ。

 2022年6月には、GISTDAとJAXAが共同で宇宙ビジネスマッチングイベントを開催した。日本とタイ、それぞれの「政府や宇宙機関、民間企業が参加して、宇宙活動の現状を知り日タイ双方にとっての新たな顧客と市場の可能性を見つけるきっかけとして開催された」という。

宇宙法の審議を始めたマレーシア

 マレーシアの宇宙機関であるマレーシア宇宙局(MalaYsian national Space Agency:MYSA)は2002年設立だが、宇宙をどのように活用するのかをまとめた宇宙法を現在、審議しているところだという。

コンソーシアムを結成するシンガポール

 1965年にマレーシアから独立したシンガポールは人口が600万人以下であり、国土もまた小さい。UAEと同じように規制を緩和して外国資本を呼び込んでおり、特に金融の発展は目覚ましい。金融と同じように経済発展に活用しようとしているのが宇宙だ。

 シンガポールの宇宙機関である宇宙技術産業企画室(Office for Space Technology and Industry:OSTIn)は、貿易産業省(Ministry of Trade and Industry:MTI)の傘下組織であり、日本で言えば「経済産業省の下にあった旧・経済企画庁(現在は内閣府に統合)」の位置付けと言える。

 シンガポールの初代首相であるLee Kuan Yew氏は経済開発を優先し、「開発独裁」とも呼ばれる政治手法を取った。国策企業を各産業に立てて、政府が投資して育成していた。通信であればSingapore Telecommunications(Singtel)、航空だとSingapore Airlines(SIA)、電子機器であればSingapore Technologies Engineering(ST Engineering)などの企業を育成してきた。

 こうしたシンガポールの経済政策は「2016年ごろから風向きが変わってきた」という。スタートアップ企業を支援することで産業や経済を発展させる手法に転換している。この手法により、大学発のスタートアップ企業も登場するようになり、宇宙の分野でも衛星を開発するスタートアップ企業に加えて、衛星データを利用するスタートアップ企業が登場するようになっている。

 こうした流れを受けてOSTInは、宇宙コンソーシアムを結成し、宇宙スタートアップ企業を支援するようになっている。

 OSTInによる宇宙コンソーシアムの中であるスタートアップ企業は、高度150~200kmの超低軌道の地球観測衛星に搭載するイオンエンジンを独自で開発することを明らかにしている。

 中村氏によると、シンガポールの宇宙コンソーシアムでは、シンガポール政府とST Engineeringの位置関係が独特という。宇宙コンソーシアムでは、政府がどの企業を組み合わせればいいのかを考えるとしている。また、ST Engineeringは防衛などの部門も持つ総合エレクトロニクス企業であるが、彼らがスタートアップ企業と競争関係ではなく共創関係として指導、育成する役割を担っているという。

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