JAXA バンコク駐在員事務所 所長 中村全宏氏

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JAXA駐在員事務所が見た海外宇宙ビジネス–宇宙の民営化とイノベーションが進むアジア太平洋地域

2022.11.29 08:00

田中好伸(編集部)

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民間をパートナーとして活用するインド

 年間予算が2000億円というインド宇宙研究機関(Indian Space Research Organisation:ISRO)だが、「日本よりも物価や人件費が安いため、JAXAと同じ規模の予算だが、比較的広い範囲」で宇宙活動を進めているという。ロケットや衛星は自前で開発できていて、低軌道や静止軌道に自分たちで打ち上げている。

 1947年後にイギリスから独立したインドは、独自の宇宙技術が必要と認識し、1962年に専門組織としてインド国立宇宙研究委員会(Indian National Committee Space Research:INCOSPAR)を設立、1969年に同組織はISROに改組され、1972年にインド宇宙省が設立された。

 1970年代から放送衛星と打ち上げロケット(Satellite Launch Vehicle:SLV)を開発、1980年に衛星の打ち上げに成功した。1980年代から開発を始めた固体燃料の小型ロケット(Augmented Satellite Launch Vehicle:ASLV)は1992年に打ち上げに成功している。

 リモートセンシング衛星を極軌道に打ち上げる目的で開発されたロケット(Polar Satellite Launch Vehicle:PSLV)も1980年代から開発が始まり、1994年に打ち上げに成功。静止軌道に打ち上げるためのロケット(Geostationary Satellite Launch Vehicle:GSLV)は1990年に開発が始まり、2001年に打ち上げに成功し、現在はインドの基幹ロケットと位置付けられている。

 リモートセンシングや合成開口レーダー(SAR)、通信、全球測位(GNSS)などさまざまな衛星を打ち上げてきたISROは、月探査も「自前で取り組んでいて」、月探査機「Chandrayaan-1」が2008年に打ち上げられた。次なる月探査も控えており、その中にはJAXAとの国際協力による月極域探査ミッションも含まれる。ISROは現在、有人宇宙飛行計画も計画しており、2024年頃の打ち上げを目指している。

 独自で衛星やロケットの開発と打ち上げを進めているインドだが、2020年5月に新しい宇宙開発の方針として「民営化と自由化」を明らかにした。それ以前は「ISROだけが独占的に宇宙活動できた」が、新しい方針では、民間企業は「ISROの下請けではなく、ISROと肩を並べるパートナーとして国全体の宇宙産業を盛り上げる」ことを打ち出した。

 「衛星を保有するのも衛星データを活用するのもISROだけだったのが、民間企業が衛星を保有することも衛星データを活用することも認めるようになった。衛星や衛星のデータでビジネスを展開できるようになった」

 新しい方針が発表されてから、ロケットを開発するスタートアップ企業が設立されるようになっている。ロケットを打ち上げるためのISROの射場を民間企業が使えるようになっているとともに、民間企業が射場を作れるようにもなる見込みという。

インドネシアも社会や経済の発展に活用

 東南アジアのインドネシアも2021年に大きく変化している。同国の宇宙機関であるインドネシア国立航空宇宙研究所(Lembaga Penerbangan dan Antariksa Nasional:LAPAN)は1964年に設立されたが、2021年にインドネシア国立研究革新庁(Badan Riset dan Inovasi Nasional:BRIN)に吸収された。

 BRINは、名称が表しているように「社会経済発展のためにイノベーションをもたらす」ことを目的にしている。LAPANは科学研究開発のための機関だったが、BRINに吸収されたことはつまり、「宇宙を科学のためだけではなく、科学はもちろんのこと社会経済発展のために活用する」ことが念頭に置かれるようになっていることを意味している。

通信の規制を緩和したフィリピン

 フィリピンの宇宙開発が大きく変わったのが2019年だ。

 前大統領のRodrigo Duterte氏は在任中の2019年に宇宙法を制定。この時に設立されたのがフィリピン宇宙庁(Philippine Space Agency:PhilSA)だ。

 SpaceXによる衛星インターネットサービス「Starlink」は先頃日本でもサービスが提供されるようになっており、先に挙げたコネクティビティの問題を抱える各国が関心を寄せている。その中でも、「フィリピン政府はいち早くStarlinkとの連携を打ち出した」という。これは、前大統領のDuterte氏が「コネクティビティの問題を認識し、解決したい」という狙いから「通信の規制を緩和した」ことが背景にある。

東南アジアで「一番熱心な」ベトナム

 ベトナムの宇宙開発は現在、科学技術研究所傘下のベトナム国家宇宙センター(Vietnam National Space Center:VNSC)が担っている。予算規模が小さく、抱える課題もさまざまあるが、そのような中でもベトナムは「東南アジアの中で熱心に宇宙開発を進めている国のひとつ」という。

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