JAXA バンコク駐在員事務所 所長 中村全宏氏

特集

JAXA駐在員事務所が見た海外宇宙ビジネス–宇宙の民営化とイノベーションが進むアジア太平洋地域

2022.11.29 08:00

田中好伸(編集部)

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 宇宙航空研究開発機構(JAXA)のバンコク駐在員事務所は、西は中東から東はオセアニアまでのアジア太平洋地域各国の宇宙機関をはじめとするプレーヤーと連絡調整し、宇宙開発や宇宙ビジネスの現況を調査、分析している。2019年からバンコク駐在員事務所に勤務し、2022年4月から所長を務める中村全宏(なかむら・たけひろ)氏に話を聞いた。

社会経済の発展と社会課題の解決に宇宙を活用

 バンコク駐在員事務所が見ているアジア太平洋地域は、JAXAや米航空宇宙局(NASA)、欧州宇宙機関(ESA)のような宇宙機関は「あるにはあるが、国からの投資はあまりない」という。一方で、ここ数年間で同地域でも宇宙での活動を民営化する動きが見られるようになっており、単に宇宙ビジネスというよりも、従来の宇宙活動のやり方に新しいイノベーションを起こそうという動きが活発になっていると中村氏は俯瞰する。

 「アジアの場合、日本や米国のような国の宇宙機関の活動だけを見ていると核心を見逃すことになる」

 Elon Musk氏が率いるSpace Exploration Technologies(SpaceX)の影響からアジア全体で宇宙活動の民営化による宇宙ビジネスが活発になりつつある。その背景にあるのは「宇宙で社会経済を発展し、あわせて社会課題を解決させたい」という狙いがある。

 国連の経済社会理事会が設置する5つの地域委員会の一つである、アジア太平洋経済社会委員会(Economic and Social Commission for Asia and the Pacific:ESCAP)によると、アジア全体での自然災害による損失額は年間100兆円超と推計されている。この自然災害による損害を管理したり、軽減したりするのに宇宙を使うという動きが進んでいる。具体的には、地球観測衛星の活用だ。

 「宇宙で社会経済を発展し、あわせて社会課題を解決させたい」という狙いは、別の側面でも現れる。インターネットへの接続(コネクティビティ)だ。

 中村氏によると、南アジアのインド、東南アジアのフィリピンやインドネシアはインターネットへの接続環境が整備されていないという。「約1万3000もの島で構成されているインドネシアの領域は東西に非常に長く、コネクティビティは政府にとって大きな課題と認識されている」

国として宇宙にコミットするドバイ

 中東で注目すべき国はアラブ首長国連邦(United Arab Emirates:UAE)。同国は7つの首長国で構成される連邦制国家。UAEの中で宇宙活動に力を入れているのがドバイ首長国だ。

 「アラブ」と聞くと「石油」とイメージするかもしれないが、実際には違う。UAEを構成するアブダビ首長国の国内総生産(GDP)の4割近くは石油産業だが、ドバイ首長国の場合、GDPに占める石油産業の割合は1%台と言われている。

 そうした背景からドバイ首長国は石油に依存できずに、1980年代から産業の多角化を進めていて、金融や観光の業界に力を入れるとともに規制を緩和して外国資本による投資を進めている。産業の多角化の一環として、モノを作る製造業やモバイルアプリなどのITにも力を入れようとしていた。

 しかし、自動車やエレクトロニクスといった産業は、すでに海外資本に市場を取られているのが実情だ。そこでドバイ首長国は、宇宙に活路を見いだしている。「国として宇宙活動にコミットする」ことを明らかにしている。ここまでの宇宙への姿勢は「中東では初」の動きだった。

 ドバイ首長国が中心となって2014年にアラブ首長国連邦宇宙機関(United Arab Emirates Space Agency:UAESA)が設立された。先行して2009年にはUAE初の地球観測衛星「DubaiSat-1」が打ち上げられている。

 2013年にはやはり地球観測衛星の「DubaiSat-2」、2017年には重さ1.3kgの超小型衛星「Nayif-1」、2018年には地球観測衛星「KhalifaSat」が打ち上げられている。UAESAとJAXAは宇宙活動で協力関係を築いており、2016年に機関間協定を締結。2019年には、UAE出身の宇宙飛行士が国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」で教育プロジェクトを実施している。

 2018年に打ち上げられたKhalifaSat(「DubaiSat-3」)は、UAE政府が保有する3機目の地球観測衛星だが、同機は100%自国の技術者が製作し、組み立てた初の国産衛星。同機は日本のロケット「H2A」で打ち上げられた。

 2020年には火星探査機「al-Amal」がやはりH2Aで打ち上げられた。al-Amalはドバイ首長国の宇宙機関であるムハマンド・ビン・ラシード宇宙センター(Mohammed Bin Rashid Space Centre:MBRSC)が計画、開発。ちなみに、al-AmalはUAEの建国50周年を記念して2021年の火星到達を目指した。MBRSCは、2022年11月を予定している日本の月探査プログラム「HAKUTO-R」のミッション1で月探査機「Rashid 1」を打ち上げる予定だ。

防衛産業を生かすトルコとイスラエル

 同じく中東のトルコだが、宇宙開発の位置付けはUAEやドバイ首長国とは異なる。ウクライナ侵攻でのドローン輸出で明らかになったように、トルコはもともと防衛産業があり、その延長線上として宇宙産業がある。

 イスラエルの宇宙産業もトルコと同じように、もともと防衛産業が活発であり、防衛産業という「助走を生かして宇宙にビジネスとしての活路を見いだそうとしている」

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