時速6000kmで周回--SLIMはいかにして「桁違いの着陸精度」を実現するのか

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世界初の方式を採用–SLIMはいかにして「桁違いの着陸精度」を実現するのか

2024.01.19 14:25

田中好伸(編集部)

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 宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙科学研究所(ISAS)が開発、運用する「小型月着陸実証機(Smart Lander for Investigating Moon:SLIM)」の月着陸が迫ってきた。日本時間1月20日午前0時20分に着陸する予定だ。

 SLIMは、名前にあるように「月着陸実証」が主目的。SLIMの注目すべき点としてよく挙げられる、「降りやすいところ」ところではなく、「降りたいところ」に降りるという技術を実証する。

 なぜ「降りたいところ」に降りる必要があるのか。今後の月や火星への有人探査で必要となるのが水という資源だ。月の極域に水の存在が示唆されており、極域で水を探査する場合、日照率の高さなどから着陸して探査活動を持続させるために有利な場所は、非常に狭い領域に限定されると指摘されている。

 こうしたことからSLIMは、「降りたいところ」に降りるピンポイント着陸の技術を実証することが主要ミッションになる。

 ちなみに「はやぶさ」「はやぶさ2」は、小惑星に精密にタッチダウンしたが、小惑星は月に比べて重力が桁違いに小さい。そのため、ゆっくり接近して、必要があれば再上昇することが可能だ。

 一方、小惑星に比べて重力が大きい月への着陸を目指すSLIMは、ゆっくりと慎重に接近することはできないし、着陸のやり直しもできない。

 現在の月着陸機の着陸精度は数キロ~数十キロだが、SLIMの着陸精度は100m。桁違いの着陸精度を実現するために、SLIMは、画像照合航法と傾斜地に適した二段階着陸方式を採用して、実証する。世界初の方式となる。

月着陸機比較(出典:JAXA)
月着陸機比較(出典:JAXA)

 ispaceの「HAKUTO-R」ミッション1の着陸シーケンスを見れば分かるように、月着陸船は月の周回軌道を時速6000km前後で飛行し、十数分程度で速度を落として着陸する必要がある。周回軌道を飛行している時はほぼ無重力だが、着陸する際には月の重力に引っ張られることになる。

 月の重力は地球の6分の1程度とは言え、重力は重力。時速6000km前後を急速に落として時速数キロにして着陸する。地上のスケールで考えると、難度が高いことが想像できるはずだ。

 SLIMの着陸降下を開始したときの速度は秒速1.8km、つまり時速6400km。発表されている着陸シーケンスだと、着陸降下開始から月面着陸までの時間は20分。20分間で時速6400kmを数キロに落とすことになる。

 SLIMは着陸降下を開始すると、航法カメラでの画像航法で自身の位置を推定しながら、自律的な航法誘導制御で目標地点に接近する。目標地点の上空からは着陸レーダー(三菱電機が開発)で自身の高度、月面との相対速度を計測し、航法誘導に反映させる。着陸地点の上空では画像ベースで障害物を検出、回避して、危険な岩などを避けて着陸する。これらの判断もすべて自律的に実施する。

 着陸の制御は探査機が自律的に判断するため、地上の管制は探査機の状態を見守るしかない。ISASでは、着陸精度を評価してピンポイント着陸が上手くいったかどうかを判断できる時期を着陸後1カ月以内を見込んでいる。

動力降下開始後の着陸シーケンス(出典:JAXA)
動力降下開始後の着陸シーケンス(出典:JAXA)

 SLIMの画像照合航法は、搭載される航法カメラ「CAM-PX」「CAM-MZ」(明星電気が開発)が撮影した画像を処理し、「どこがクレーターか」を抽出(クレーター抽出)、SLIMは自身がいるであろう位置を含む広い領域の地図の中から抽出したクレーターパターンと一致する場所を特定する(クレーターマッチング)というものだ。

 このクレーター抽出とクレーターマッチングはSLIM内の統合化計算機(System Management Unit:SMU、三菱電機が開発)が処理することになる。ISASによると、現在宇宙で活用されるCPUは、地上で活用されるものと比べると処理能力は100分の1程度という。そのためにISASは、目的に応じてプログラムできる集積回路(LSI)である「FPGA(Field Programmable Gate Array)」での処理時間が数秒という画像処理アルゴリズムを長年研究、開発してきている。

 SLIMを制御するためすべての演算機能はSMUが担う。通常の衛星や探査機ではデータ処理系と航法誘導制御系は別々の装置で担うが、SLIMの場合、SMU内の単一のマイクロプロセッサで処理される。自身の位置を特定するための画像処理もSMU内にあるFPGAで実施される。

SLIM外観。着陸時の質量は約700kg前後。探査機全体を軽量化するための燃料と酸化剤を一体化したタンクを採用。探査機の主構造を兼ねている(出典:JAXA)
SLIM外観。着陸時の質量は約700kg前後。探査機全体を軽量化するための燃料と酸化剤を一体化したタンクを採用。探査機の主構造を兼ねている(出典:JAXA)

 SLIMは1月17日午後10時18分に1回目の近月点降下マヌーバ(Perilune Descending Maneuver:PDM)を実施。月に最も近いところ(近月点)では高度約150km、月から最も遠いところ(遠月点)では高度約600km、月の北極点と南極点を結ぶ楕円軌道に予定通りに投入された。

 今日1月19日午後10時30分頃に着陸シーケンスに入るかどうかが判断され、2回目のPDMを実施する予定。2回目のPDMでSLIMは近月点で高度15km、遠月点で高度600kmを周回する。遠月点で噴射後、月を半周し近月点に。

 午後11時頃に2回目のPDMの結果が判明。日が明けて1月20日午前0時に動力降下シーケンスを始めるかどうかが判断され、午前0時20分頃に月面に着陸する予定となっている。

 着陸の模様は午後11時以降にJAXAの公式YouTubeチャンネルでライブ配信される

関連リンク
ISAS SLIMプロジェクトチーム プロジェクトマネージャー 坂井真一郎氏解説(PDF)
SLIMプロジェクト概要説明資料(PDF)

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