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「衛星データ」ビジネスは投資フェーズから成長フェーズへ–認知と事例の拡大が展開の鍵に

2022.07.05 13:00

藤川理絵

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 朝日インタラクティブが運営するITビジネスニュースメディア「CNET Japan」と宇宙ビジネス専門メディア「UchuBiz」は5月17日、共同でオンラインカンファレンス「Space Forum 無限に広がる宇宙ビジネスの将来」を開催した。

 その中で「衛星データを活用したビジネス」を論じたのは、Ridge-iの代表取締役社長である柳原尚史氏、天地人の代表取締役である櫻庭康人氏、Space DBの代表取締役社長である永崎将利氏だ。

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Space DB 代表取締役社長の永崎将利氏(上段左)、Ridge-i 代表取締役社長の柳原尚史氏(上段右)、天地人 代表取締役の櫻庭康人氏(下段左)

 当日はまず、モデレーターをつとめた永崎氏が、宇宙ビジネスという幅広い分野での衛星データの立ち位置を簡潔に整理した。次にRidge-iと天地人の2社が最新事例を紹介して、最後に3者でのパネルディスカッションが行われた。

 永崎氏は、2017年9月に日本初の「宇宙商社」を立ち上げて、設立9カ月でJAXA初の国際宇宙ステーション民間開放案件「超小型衛星放出事業」の事業者に選定されるなど、宇宙商業利用のリーディングカンパニーとして宇宙の基幹産業化に挑んでいる。

 永崎氏は、“物理的空間別”に5つの分類で、宇宙産業の全体像を整理した。人工衛星やロケット、付随機器など「地上でのものづくり」、ロケットや国際宇宙ステーションの輸送船など「宇宙空間への輸送」、地球観測やデータ解析などの「衛星データ利用」、国際宇宙ステーションの商業利用に代表される「宇宙空間の利用」、さらに月での水資源開発と利活用などの「探査・資源開発」だ。

 スライドには青字で、「宇宙産業に対して掛け算として既存の地上の産業がどう関わっているか」を示して、さまざまな業界が宇宙ビジネスへの関わりを求めて次々と参入していると説明した。

 このように5つの分類で市場規模を再定義すると、世界全体で約40兆円あるうち、衛星データ利用ビジネスはその34%を占めるという。永崎氏は、「衛星データビジネスの中にも、通信衛星、GPS測位など、いろいろな領域があるが、本日のセッションは、この衛星データの中でも“地球観測”がテーマになる」と説明して、Ridge-iの柳原氏と天地人の櫻庭氏にバトンを渡した。

Ridge-i の衛星データ利活用の最新事例

 Ridge-iは、創業6年目、38名の正社員のうち7割がディープラーニングのエンジニアで、JAXAやトヨタなどにAIの技術を提供して新しいソリューションを作ることを生業にしているという。「もともとの事業の軸はAI。4年前に衛星というマーケットを見つけて参入した」(柳原氏)

 主要な事業には、ごみ処理プラントでAIを活用して、完全自動化を図るシステムなどがあり、そこで培った技術を衛星データ解析に適用しているという。

 同社は、衛星を打ち上げて、そのデータの取得者からデータの提供を受けて、それを解析するという立ち位置だ。柳原氏は、「グローバルでの競合としては、Orbital Insight(オービタルインサイト)を挙げることが多い」と説明した上で、衛星画像解析やドローン画像解析でAI技術を活用した事例は多数あることを示した。土砂崩れの発見や環境災害の検知など幅広い。

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 最近行ったNHKとの共同調査では、ミャンマー軍によってチン州の家屋がどれくらい焼かれてしまったかを、衛星画像を複数見比べてAIで自動的に可視化する技術を提供した。また、JAXAからの委託では、土砂崩れが発生した地域をAIによって検出した。

 さくらインターネットと駐車場のシェアエコノミーを手がけるakippaとの共同事例では、福岡と札幌において駐車場として使えそうな土地を抽出するアルゴリズムを提供した。

 特殊な事例としては、解析結果ではなく、前処理へのAI活用もある。光学データの影で隠れてしまった部分をノイズとして除去して、その中にうっすら残っている正しいデータを復元するようなアルゴリズムを提供することで、人間による目視判断を簡易化する技術を提供した。

 これと同様の技術を使って、例えばカリフォルニアの森林火災の下で隠れて燃えている部分を、可視光外のデータを組み合わせることで可視化した。柳原氏は、「人の目では惑わされてしまうようなノイズや状況も、AIを使うことで楽に判読できるようになる」と技術の価値を説明した。

 また、衛星レーダー解析SARを使って、モーリシャスの重油流出を検出した事例もあるという。

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 現時点ではビジネス用途よりも環境問題に取り組んだ事例が多いが、こうした活動が国に認められ、宇宙開発利用大賞を2回連続で受賞している。

 最後に、同社が衛星データビジネスに取り組んでいる理由について、柳原氏はこのように話した。「衛星データのトレンドにはAIと強みと相性が良い。例えば、光学とSARという2つがあるが、人間が両方のデータを使うのは難しい。そこでそれぞれ長所、短所を組み合わせてAIが解析すると、何か新しい知見が出るのではと考えている」(柳原氏)

 具体的な観点はこうだ。まず、見やすさ、判読のしやすさでは光学が有利だが、SARでは水分や建物材質の違いなどを見つけられるという。

 また、衛星データマーケットで最も大事なのは「コンステレーション」だが、観測頻度が急増中であることにも着眼したという。EOブラウザーなど、政府中心に作られたデータプラットフォームによって取得できるデータが急増しており、「光学×SAR」のみならず、衛星データと国土地理院のデータ、人流統計のデータなど、多様なデータを組み合わせて解析する必要性が出てくる。ここで同社の強みであるAIが生きる、と衛星データ解析のマーケットに踏み込んだという。

 そのうえで柳原氏は、「現時点では、残念ながら官需で成り立っているマーケットだ」と、衛星データマーケットの特徴にも言及した。「衛星データ取得事業者であるMaxar(マクサー)の売上の4割以上が防衛安全保障用途であることを考えると、民需のニーズはすごく期待されていながらも、まだまだ出てきていないと言える」(柳原氏)

 また、衛星の種類はとても多く、さらに増え始めているなかで、衛星データ活用に興味がある事業者にとっては「どの衛星が自分の関心のあるデータを取得しているのか」という、シンプルな問いにも回答が見つかりづらい。

 コストの問題もある。目的によっては、衛星以外のセンサーを使う必要もあるし、衛星画像の価格自体が非常に高い。高分解能なら1平方キロメートルあたり30ドルする場合もある。最低購入面積にも注意が必要だ。

 柳原氏は、「こうした現状を踏まえると、衛星画像を購入・販売する、というビジネスモデル自体が、衛星の利活用を狭くとどめてるのではないか」と問題提起して、同社が開発した無料で使える全地球変化検出サービス「GRASP EARTH」を紹介した。建物の増減や、地盤沈下の推移、森林の伐採状況などを、衛星データを時系列で比較して変化を示し、可視化できるツールだ。先に紹介した「NHKスペシャル」でも同じ技術を使ったという。

 柳原氏は、「このような形で、地球上の変化を無償で見比べるツールを提供して、マーケットとの対話を重ねていくことで、ビジネスニーズをマーケットとともに見つけていく、そんなフェーズではないか」と話して事例紹介を終えた。

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