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日本が打ち上げ成功した月面着陸機「SLIM」、X線衛星「XRISM」は何が凄い?–独自技術を徹底解説(秋山文野)
2023.09.12 07:00
2023年9月7日、X線分光撮像衛星「XRISM」と小型月着陸実証機「SLIM」を搭載した「H-IIA」ロケット47号機が鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられた。ロケットは計画どおり飛行し、打上げから約14分09秒後にXRISMを、約47分33秒にSLIMを正常に分離したことが確認された。
同日、太陽電池パネルが発電できる状態で姿勢を安定させる「太陽捕捉制御」にも2機とも成功していることが確認された。
今後、XRISMは9月9日まで、SLIMは9月14日ごろまでかけて衛星の健康状態のチェック作業を行い、XRISMは3カ月間程度の初期運用に、SLIMは3~4カ月ほどかけて月へ航行する軌道に入る。
日本初の月面着陸をめざす「SLIM」とは
H-IIA47号機で2番目に切り離された小型月着陸実証機SLIMは、誤差100m以内という極めて高い着陸精度を目標に、月面への軟着陸を行う探査機だ。
2022年11月に米国のSLSロケットに相乗りし、約13kgの超小型探査機で月面着陸に向けた部分的な技術実証を目指した宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「OMOTENASHI」、2023年4月の民間企業ispaceによる月面着陸実証「M1」ミッションに続き、日本初の月面着陸実現を目指す。H-IIAからの分離後の現在は、月への航行開始に向けて準備中だ。
8月にインドの月探査機「チャンドラヤーン3号」が月面着陸を成功させたことは記憶に新しいが、日本のSLIMが着陸実証を行う2024年2月ごろまでの間に、米国の民間企業AstroboticのPeregrine Landerが打ち上げを行う可能性がある。
月着陸でのピンポイント着陸技術はなぜ必要なのか
中国が嫦娥3号から5号まで連続成功させてから3年、各国で月着陸実証が相次ぐ状況だが、「世界で何番目か」ということだけではないもう一つの競争がある。それが着陸精度だ。
月探査のサイエンスの観点からは「科学的成果を最大化できるエリアに降りたい」という要望が高まっている。また、「水を探す」という月面探査の大きな目的があるなか、1年を通して太陽光が当たらない「永久影」の中に水氷が存在する可能性が指摘されている。
しかし日陰のエリアを探査するためには、十分に近くて発電できる程度に太陽光が当たるエリアに拠点を設けてローバーが往復できるようにする必要がある。ローバーの速度や航続距離には限界があり、チャンドラヤーン3号の「プラッギャン」ローバーの速度は時速0.036km程度だ。距離や移動速度が限られるという制約がある中で、探査の拠点になりうる場所は少ない。つまり、見つけた場所に確実に着陸できる技術が必要だ。
一般的に月面着陸は、クレーターなど事前に把握している大きな地形をもとに着陸予定エリアを選定し、飛行計画を準備する。さらに、降下中はカメラやレーザー高度計など搭載センサーからの情報をもとに、探査機のオンボードコンピュータ(OBC)で飛行ルートを調整して最終的に着陸に至る。
ただしOBCの計算能力には限りがある。着陸に向けて降下中の限られた時間内での制御を実現するには、効率的な航法の技術が必要だ。中国の嫦娥3号の場合は、カメラで捉えた月面のコントラストの違いや影の方向が太陽光の方向と一致しているか、といった特徴からクレーターを判別する軽量のアルゴリズムを開発している。
SLIMも同様にカメラのデータからその場で地形を読み取って着陸する「画像照合航法」を実施する予定だ。同じタイプの技術ではあっても、これまでの着陸機の精度が数kmから10数kmである中で、いち早く一段階上の「精度100m」を実現することがSLIMの目標だ。
また、どうしても着陸したいエリアが平坦で安全な場所ではなく、危険な傾斜地という可能性もある。SLIMの着陸脚は、機体下部の主着陸脚と側面の4つという構成になっていて、最初に主着陸脚で接地して大きな衝撃を受け止め、次に機体が倒れ込むようにして姿勢を安定させて4つの着陸脚で支えるようになっている。
このように、意図的に倒れ込むことで20度までの傾斜に対応できる。大きな衝撃を受ける主着陸脚と、姿勢を安定させる着陸脚を分けることで軽量化にも繋がる。また、スラスター噴射側の脚が少ないため、降下中に必要なセンサー類の視野と、脚との干渉が少ないという特徴もある。これらがSLIM着陸脚の設計の特徴だ。小型軽量と傾斜地への強さを両立させ、独自の技術の獲得を目指す。
X線天文衛星「XRISM」の挑戦とは
XRISMは、日本にとって7年ぶりとなるX線天文衛星だ。ブラックホールや超新星残骸、銀河団など、X線を発する宇宙の高エネルギー現象を観測することで、ダークマターや元素の進化などを明らかにする目的がある。
なぜわざわざ宇宙で観測するかというと、X線は地球の大気に吸収されるため、地上では観測できないからだ。つまり、X線天文学は宇宙でこそ実現できる天文学の分野と言える。
日本は1970年代の「CORSA」「CORSA-b」(はくちょう)からX線天文学に取り組んでいるが、1990年代に米航空宇宙局(NASA)のゴダード宇宙飛行センターが「X線マイクロカロリメータ」という観測装置を開発したことで、新たな歴史が始まった。
マイクロカロリメータとは、X線の光子を吸収すると温度が上昇する装置だ。その温度変化から、X線を放った元素の種類を調べることができる。
温度変化といっても数ミリケルビンという僅かなもので、X線を受ける素子についても、あらかじめ0.05ケルビンという極低温に冷却しておかなければならない。つまり、通常のミラーでは集光できないX線を集める望遠鏡に加えて、液体ヘリウムで極低温の環境を保つ冷凍機も必要になる。こうした高度な技術が組み合わせてはじめて、マイクロカロリメータ方式によるX線天文観測が可能になる。
衛星を次々喪失してきた歴史、XRISMは「約束の地」に入れるか
日本でも、NASAと宇宙科学研究所(現:JAXA宇宙科学研究所)の協力により、2000年にX線マイクロカロリメータを搭載した「ASTRO-E」を開発していた。しかし、同衛星は打ち上げ失敗によって喪失し、実際に観測することはなかった。
続いて、後継機の「ASTRO-EⅡ」(すざく)が2006年に打ち上げられたが、冷凍機のヘリウムを喪失したことで、マイクロカロリメータによる観測は実現しなかった。2016年の「ASTRO-H」(ひとみ)は、打ち上げからわずか1カ月強で姿勢制御装置が異常動作し、太陽電池パネルと伸展式光学ベンチ(光学観測機器を取り付けたマスト状の装置)が破損。軌道上で衛星を喪失した。
本格的な観測が始まる前の「ひとみ」が試験的に行ったペルセウス座銀河団の観測だけでNature掲載の論文が生まれており、ポテンシャルの大きさがうかがえるだけに関係者の悔しさも大きかった。(なおNature掲載時にJAXAも日本語のプレスリリースを出している)
30年近くNASAとの協力関係が続いているものの、NASA側のXRISMのプロジェクトサイエンティストであるブライアン・ウィリアムズ博士はScience誌に「約束の地を垣間見たものの、その中に入ることができなかった」とコメントしている。
関係者の「期待」という言葉だけでは表しきれない背景を持つXRISMだが、NASAに加えて開発に参加したESAも含め、今度こそという強い思いがある。
XRISMの軟X線分光装置「Resolve」は、ひとみの「SXS」を受け継ぐものだが、衛星全体の設計では伸展式光学ベンチを搭載しないといった変更が行われている。
Resolve開発中に新型コロナウイルス感染症で渡航が困難になるなど、日米欧ともコミュニケーションに工夫を必要としたが、ついに打ち上げという節目を迎えた。
XRISMが無事に太陽電池パネルを展開し、まずは衛星として健全な状態であることは関係者を安堵させているはずだ。これから正念場となるのは、およそ3カ月間の初期運用段階だろう。「すざく」のヘリウム喪失と「ひとみ」の姿勢制御トラブルは打ち上げから1カ月程度で発生しているからだ。
NASAの天文プログラム・サイエンティストのヴァレリー・コノウトン博士は、打ち上げ後の記者会見で「XRISMの成果は、2020年代半ばに予定されているナンシー・グレイス・ローマン宇宙望遠鏡にもつながる」と述べた。
ナンシー・グレイス・ローマン宇宙望遠鏡は、ダークエネルギーやダークマターの解明を目指すプロジェクトだ。XRISMで宇宙のエネルギー密度や分布を明らかにすることが、同望遠鏡による新たな観測の足がかりにもなる。2023年末には、サイエンティスト達が今度こそ「約束の地」に入れることを期待したい。
H3失敗の波及を食い止めたH-IIA47号機
新型基幹ロケットH3試験機1号機で3月に発生した2段エンジンの不着火というトラブルを、同じ設計を持つH-IIAに波及させない対策が成功したという面でも、47号機の打ち上げミッションは重要なものとなった。H3失敗原因調査のチームは、2段エンジンが着火に至らなかった原因を3種類に分類し、H-IIAでも共通の要因があるものに対して対策を行った。
47号機はXRISM、SLIMを分離するため2段エンジンが2回着火し停止するというミッションになっており、2回とも無事に成功したことで対策の有効性が確かめられた格好だ。あと3回残っているH-IIAのミッション継続にも、H3の試験機2号機打ち上げの実施にとってもプラスの材料となったといえる。
H-IIA47号機の打ち上げは、X線天文衛星の復活、月面着陸の実現、H3試験機1号機打ち上げ失敗からの対策などかつてないプレッシャーを背負ったミッションとなった。打ち上げという最初のハードルをクリアした段階だが、今後は2機の衛星の無事なミッションを見守りたい状況だ。