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10年で1兆円投資の宇宙ビジネスに「産官学」で挑む– IVS2024で初の宇宙セッション

2024.08.12 07:30

野々下裕子

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 日本最大級のスタートアップカンファレンス「IVS2024 KYOTO」が、7月4日から3日間にわたり、京都パルスプラザで開催された。2023年に招待制からチケット制へと変わった同イベントには、今回過去最大の1万2000人が来場。200近いセッションが設けられ、約600名のスピーカーが登壇した。

 ここでは、2日目の7月5日に開催された「人類課題の解決に、宇宙産業はどう貢献できるのか?」セッションの模様を紹介する。登壇者は、スペースデータ代表取締役社長の佐藤航陽氏、JAXA宇宙戦略基金事業部長の内木悟氏、京都大学総合生存学館大学院生の大森香蓮氏。モデレーターは、一般社団法人スペースポートジャパン共同創業者兼理事の片山俊大氏が務めた。

「人類課題の解決に、宇宙産業はどう貢献できるのか?」セッションの会場(撮影:砂流恵介)

このままでは宇宙も「GAFAに取られてしまう」

 スペースデータの佐藤氏はIT業界出身だが、2010年代にITのイノベーションは限界を迎えたと感じ、次なるフロンティアは宇宙にあると考えるようになったという。地球、デジタル、宇宙の三軸を見据えた経営が求められるようになると考え、宇宙開発の民主化を支援するプラットフォームの立ち上げに取り組んでいる。

 宇宙産業に誰もが参入しやすくなるよう、ソフトウェア基盤や事業シミュレーション環境を開発している。具体的には、地球低軌道の宇宙環境をデジタルツインで再現しており、5月末から”宇宙事業を育てまくる”目的で、KDDIとの企業連携プログラム「MUGENLABO UNIVERSE」に、宇宙環境を再現したデジタル空間を提供している。

宇宙開発の民主化を支援するプラットフォームを構想(撮影:野々下裕子)

 「宇宙ビジネスを取り巻く状況はスマホの時と同じで、このままではGAFAに取られてしまう。企業の参入を支援するプラットフォームやネットワーク、知見を提供するエコシステムを作ることで、宇宙に関するテーマは全て試して、成功したら投資やM&Aをできるようにする」と佐藤氏は説明する。

10年間で「民間に1兆円」投資するJAXA

 JAXAでは基本的に宇宙研究開発は自分たちで行い、社会実証化を目指しているが、内木氏が所属する新事業促進部では、民間や大学が宇宙ビジネスに挑戦したり、宇宙技術を使って地上でビジネスをしたりするサポートをしている。

 その1つ、宇宙産業競争力の強化に関する取り組みには6つのプロジェクトがあり、実際に投資も行っている。2018年から始まった官民共創プログラム「J-SPARC」では、これまでに300もの事業アイデアが提案されている。そこから48事業が検討され、すでに11件が事業化を果たしているという。

JAXAが取り組んできた6つのプロジェクト(撮影:野々下裕子)

 これまで宇宙に携わったことのないエンタメや教育、衣食住、医療の分野などからも応募があったそうで、200ある参画企業のうち75%は非宇宙事業からの参加だったという。たとえば、着替えができない宇宙飛行士のために臭いにくい服をアパレルと組んで作るなど、さまざまなタッグを組みながら、JAXAだけでは思いつかないアイデアを実現してきたという。

 もう1つ注目したいのが、10年で総額1兆円規模の民間支援をする「宇宙戦略基金」。宇宙輸送、衛星、宇宙科学・探査、分野共通技術といった、世界に通用する宇宙分野に参入する民間企業の支援が目的で、2024年度は22のテーマに3000億円の資金が付いている。7月19日から公募が開始された。内木氏は「民間支援はどこをどうやるのが全体として上手くいくのかをみんなで一緒に考えており、それに対してJAXAもさまざまな支援方法を考えている」と話す。

「宇宙戦略基金」の詳細(撮影:野々下裕子)

「木造の人工衛星」を開発した京都大学

 大森氏が所属する京都大学の総合生存学館は大学院の1つで、さまざまな分野の学問を統合して社会実装することを目指している。その中にあるSIC有人宇宙学研究センターでは、5つのプロジェクトが協力しながら進められており、住友林業と研究開発中の木造人工衛星はIVS2024の会場でも紹介されていた。

木造人工衛星「LignoSat」のフライトモデル(出典:京都大学)

 大学研究であるだけに、大森氏が関わるプロジェクトは、「太陽系内外の惑星で居住する際や火星の往復などでの、微小重力の影響から人体の健康状態を解決する方法を提案する」という、まるでSFのような内容だが、方法としては具体的で、「回転による重力の派生や、それらの改善方法を検討し、人類に貢献することを考えている」という。

「SIC有人宇宙学研究センター」では宇宙木造や宇宙教育など、さまざまな研究が進められている(撮影:野々下裕子)

宇宙における「産学官」それぞれのチャンスは?

 佐藤氏は「宇宙は特別なものではなく、将来的には地上から遠隔操作でロボットなどを経由しながら月面の探査を手伝ったり、ISSにアドバイスを聞いたりできるようになる。感覚的には、スマホを見たり、Zoomでミーティングしたりするのと同じで、マルチバース的な未来観に向けてインフラを作っていこうとしている」と話す。

 内木氏も「国が産業支援のためにこれほどまとまったお金を使うことは珍しく、それを宇宙に思い切って投資して、世界と勝負することが政策として打ち出されていることは大きい」と話す。「われわれはこれを実現しなくてはいけないという責務があるので非常に緊張しているが、成功すれば次の大きな一歩になる」と意気込みを語った。

 大森氏も「今の研究はまだ遠い未来の話だと思われており、なかなか資金を得るのが難しいが、宇宙ビジネスは加速していて、5〜10年後には評価される内容に変わるのではないか」と展望を語った。

左から、モデレーターでスペースポートジャパンの片山氏、スペースデータの佐藤氏、京都大学 総合生存学館の大森氏、JAXAの内木氏

 片山氏は、「宇宙ビジネスは企業にとってもイメージアップにつながり、リクルーティングとブランディングにもかなり貢献するところがある。オープンイノベーションで、技術をいろいろな会社から募集して、F1やオリンピックのように権利を販売しながら、スタートアップとして大きくなっていくような観点もあるのではないか」とコメント。

 続けて「IVSが開催されている京都は宇宙の街でもあり、世界最先端の宇宙産業がここから生まれてほしいと考えている。宇宙産業はここにいるほとんどの人たちが関われるような仕事になりうるものだと個人的には考えている」(片山氏)と語り、セッションを締め括った。 

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