インタビュー

5年間で10件の民間事業創出を達成– JAXA高田氏に聞く官民共創プログラム「J-SPARC」の歩みと手応え

2024.02.12 09:00

藤井 涼(編集部)石田仁志

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 JAXA初の民間企業との共創型の研究開発プログラム「JAXA宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC:JAXA Space Innovation through Partnership and Co-creation)」が、2018年5月に開始されてから5年が経った。

 J-SPARCは、JAXAと民間企業がオープンイノベーションによって技術革新やイノベーションを起こし、宇宙分野を中心とした新たな事業を開発することを目的としたプログラム。これまでに50件近い共創プロジェクトを開始し、国内の宇宙ビジネス拡大を推し進めてきた。

JAXA 新事業促進部 事業開発グループ グループ長/J-SPARCプロデューサーの高田真一氏

 J-SPARCのこれまでの成果や今後の方向性について、JAXA 新事業促進部 事業開発グループ グループ長/J-SPARCプロデューサーの高田真一氏に聞いた。

民間の宇宙事業を育てつつJAXAの研究開発も加速

 J-SPARCは、事業意思がある民間企業や研究機関とJAXAがパートナーシップを結び、共同で新たな宇宙関連事業の創出を目指す研究開発プログラムだ。民間の事業化アイデアと、JAXAが持つ宇宙関連のリソースや、従来JAXA内で進めてきた宇宙領域の研究・技術開発を連携させ、事業コンセプトの検討から技術開発、実証を共同で進めることで、最終的に民間事業化を目指す。

 事業化領域は宇宙関連事業がメインだが、その過程で得られた革新的な技術を他の産業に応用したり、最終的なゴールとなる宇宙ビジネスに辿り着く前段として、他の新規事業に生かしたりする形も想定されている。JAXAとしても、通常の枠組みではできない研究をオープンイノベーションという形で実施し、その成果をJAXA内の研究やプロジェクトに反映させて研究を加速させることを想定しており、双方にとってのWin-Winとなるプログラムとなっている。

 JAXAがJ-SPARCをスタートさせた背景にあったのが、国内での宇宙産業振興だ。もともと宇宙開発領域は秘匿性が高いために内向きになりがち。さらに国が配分した予算で動くJAXAでは新規事業創りやチャレンジも難しく、宇宙領域でのイノベーションが起きにくいという課題があった。

 一方で海外に目を向けると、米国では従来NASAが国としてアポロ計画やスペースシャトル計画を進めてきたが、2010年代にSpaceXをはじめとする様々な民間企業が台頭。NASAも民間を支援しつつ基礎研究を進め、また民間事業の利用者となることで、独自の宇宙産業のエコシステムが形成され、米国内に宇宙プレイヤーが増えていった。

 J-SPARCの立ち上げから携わってきた高田氏は、米国駐在時に現地の宇宙産業が急成長していくさまを目の当たりにし、日本でも同様の形で宇宙産業振興ができないかと考えたという。

 「JAXAはNASAほどの予算はないため、限られた予算の中で目の前の必要な研究を行い、自らのプロジェクトを実現するだけで精一杯だった。そこで辿り着いたのが、『民間宇宙事業の創出という出口をしっかりと意識して、そこで使えるような技術をJAXAが民間と歩調を合わせて開発するという枠組み』だった」と当時の心境を明かす。

 帰国後、高田氏を含めた3名を中心に、1年ほど検討を重ね、JAXAの第4次中長期計画に併せてJ-SPARCを発足した。それから5年が経ち、まもなく6年目が終了する段階に入っている。

本気の企業を募り、方針を立て「自走させる」

 J-SPARC立ち上げの際には、基本コンセプトとして「何でもやる」「JAXAの外に事業と宇宙事業者を生み出す」「活動と連携してJAXAの研究開発も加速させる」という3項目を設定し、「そこさえブレなければ後は自由にできるように」(高田氏)柔軟性を持たせた。

 主な事業テーマには、従来JAXAが取り組んでこなかった「人類の活動領域を拡げる」「宇宙を楽しむ」「地上の社会課題を解決する」などの事業領域を設定。その上で、参加企業を受け入れる際には、「とりあえずやってみよう」という軽い気持ちではなく、組織として本腰を入れた取り組みを求めた。

 運営にあたっては、プロジェクトごとに共創活動を支える存在として、「J-SPARCプロデューサー」を設置。プロデューサーは調整役となり、まず企業の事業戦略・事業計画とJAXAの研究開発をうまく交わらせ、案件としてまとめあげる役割を担う。走り出してからは企業側とJAXA側のメンバーをとりまとめてリソースを統合し、プロジェクトを成功に導いてきた。

これまで、累計20名の「J-SPARCプロデューサー」が、200名超のJAXA研究開発者とともに、約50件のJ-SPARCプロジェクトを推進してきた(出典:J-SPARCウェブサイト)

 「交わりを作るとプロジェクトが自走化し、イタレーション(反復)が発生してどんどんキャッチボールが行われるようになる。それがはまると、JAXAがインハウスで進めるよりも早く低コストで研究開発が進むケースも生まれてくる」と、自らもプロデューサーを務めてきた高田氏は語る。

5年間で10件の新たな民間宇宙事業を創出

 それらの枠組みの下でJ-SPARCをスタートさせた結果、当初から多数の事業アイデアの提案があり、その後もコンスタントに提案が続いた。外部からの提案数はこれまでに300件を超えているという。その中から現在進行中のものも含めて48件の共創プロジェクトを実施し、2024年1月の段階で19件のプロジェクトが進行している。

 具体的な成果をみると、第一の目的である民間による事業化という部分では、Synspectiveの小型の合成開口レーダ(SAR)技術を用いた自治体向けサービス、川崎重工業の非火工品方式の小型衛星分離機構(PAF)など、衛星やロケット領域を中心に10件の事業が誕生した。この数字は、一般的な組織での事業アイデアの発出から新規事業化までの達成率と比べても高いといえる。

J-SPARCから生まれた共創の一例(出典:J-SPARCウェブサイト)

 また共創活動が終了した案件も、ほとんどがその民間企業自身で継続して事業化を目指している状況で、J-SPARCでの活動を経て撤退した案件はほとんどないという。「強いコミットメントがあり、事業意志の強い企業と一緒に取り組みを進められている。それがJ-SPARCの強み」と高田氏は語る。

新たな領域への挑戦や取り組み方を先駆的に実践

 そのほかの活動面での成果として高田氏は、J-SPARCの枠組みの中でJAXAとして新しい分野の開拓や取り組み方を先駆的に実践できていることを挙げる。

 まず新領域では、(1)小型ロケット輸送、(2)有翼式の宇宙輸送、(3)小型衛星を使ったコンステレーション、(4)軌道上サービス(デブリ除去、軌道上への推薬補給、人工衛星の2次利用)、(5)成層圏利用(成層圏通信プラットフォーム:HAPS)、(6)低軌道拠点利用(ISS「きぼう」でのエンタメ、ロボット事業など)、(7)衣食住・ヘルスケア、(8)新しいデータ利用(衛星データ利用およびそれを活用したマーケティング、測位、各種ノウハウを活用した保険事業など)の8つの事業領域を開拓。そのほかに、“宇宙×X”の異業種連携として、「AI」「ロボット」「アバター」「エンタメ」「教育」「食」「生活」「保険」という8領域との連携も進めて、宇宙ビジネスの幅を広げた形となっている。

J-SPARCで取り組んだ新領域(出典:J-SPARCウェブサイト)

 さらに、J-SPARCをきっかけに、新たなプラットフォームも生まれている。たとえば、宇宙×食のマーケットを開拓する「SPACE FOODSPHERE」や、宇宙生活の課題から宇宙と地上双方の暮らしをより良くするプラットフォーム「THINK SPACE LIFE」といった業種特化型のコンソーシアムを結成し、政策提言による地ならしや産学官連携による事業開発を進めている。このような取り組みはJ-SPARCの外にも進展しており、最近では、「衛星地球観測コンソーシアム(CONSEO)」の活動も開始されている。

「衛星地球観測コンソーシアム(CONSEO)」のウェブサイト

 さらにJ-SPARCでは、個別の共創プロジェクトだけでなく、複数の民間企業の事業化およびJAXAの研究開発に共通する課題へ対応し、ロケットエンジンや軌道上サービスの試験設備の開発・高度化を進め、設備を安く、使いやすくする取り組みも進めてきた。これらの活動を起点に、JAXA組織内での共創の動きも加速しているという。たとえば、JAXAの角田宇宙センターでは新たに、官民が利用可能なエンジン試験場として「官民共創推進系開発センター」の開発が進められている。

 「次世代衛星のプロジェクトでも、民間企業からアイデアを募ってJAXAのニーズと組み合わせてミッションの遂行を図るなど、JAXAの他の部門でもオープンイノベーションによる取り組みが始まりつつある」と高田氏は成果を語る。

JAXA研究開発者のマインドとプロジェクト運営方式に変化

 JAXAの研究開発者に対しても、プラスの影響があるという。予算配分の都合から、直近の取り組みにつながらない研究開発が後回しになることもある。しかし、J-SPARCに参加すれば「手前でこんな使い方がある」と示せて、研究を加速させることができる。企業がJAXAの技術を使って事業をしてくれることで、JAXAの技術がより早く社会実装され、研究開発者のモチベーションも高まる。

 「国の基幹ロケットや衛星に載せるためにはまだ早い技術でも、スタートアップとしては『ぜひ使いたい』というケースもある。これにより、技術を実証したり使われたりする機会が外にも増えた。まずそこでトライして、フィードバックをもらってブラッシュアップするという研究方式は、従来のJAXAのプロジェクトではあり得なかった。研究開発者にも、『そういう使われ方があるんだ』とマインドチェンジが生まれてきた」(高田氏)

 JAXAと民間の共創によってお互いに相乗効果が生まれた例としては、インターステラテクノロジズとのロケットエンジン開発が挙げられるという。当初インターステラテクノロジズはロケット推薬として石油系の燃料を使っていたが、J-SPARCでの低コストエンジンの要素技術研究を通じて、JAXAが将来的に利用を目指すLNG(メタンを主成分とした液化天然ガス)に変更した。これにより、ともにロケットの低コスト化技術獲得を目指す体制が整った。一方のJAXAは、インターステラテクノロジズから意思決定の速さや低コスト化の意識を学んだという。

 また技術面において、民間の事業アイデアをもとにJAXAが研究開発をして企業からフィードバックをもらい、それがJAXAの新たな研究テーマになる、というサイクルが生まれた例もあるという。具体的には、川崎重工業と開発した衛星分離部(PAF)だ。J-SPARCで川崎重工が製品化し、スペースワンのロケットへの搭載が決まった。その後、本PAFに採用される分離機構の、より小型・廉価版の製品を開発すべく、エネルギーを抑えて分離できるようにする研究テーマをJAXAが受け取り、その成果を反映させて新たな製品化を目指す予定だという。

ポスト「J-SPARC」の行方は?

 このように民間とJAXAの双方に一定のインパクトをもたらしたJ-SPARCだが、同プログラムはJAXAの7カ年中長期計画の一環として実施されており、あと1年弱で見直しがかかることになる。高田氏をはじめとする事業開発グループでは、現在、2025年4月からの第5次中長期計画の策定を目前に控えており、5年間の活動を踏まえて、今後のJ-SPARCはどのような在り方が良いのかを検討しているところだ。

 高田氏は「当初の目標を鑑みると、まずJAXAの外に事業を生み出すことには一定の成果をあげ、宇宙産業に関わるプレイヤーは確実に増えた。一方で、本来であればJAXAが進める国家プロジェクトのような規模の事業、また、JAXAだけではできないようなグローバルレベルの事業を創りたかったが、まだ道半ばである」と総括する。

 その上で足元の市場を見渡すと、宇宙ビジネスではこれまで資金面が最大のネックとされていたが、現在はスタートアップらによる研究開発を促進する「SBIR(Small Business Innovation Research)制度」や、先端技術を開発するための「経済安全保障重要技術育成プログラム(K Program)」などがある。

 また、政府によれば、JAXAの戦略的かつ弾力的な資金供給機能が強化され、JAXAに10年間の「宇宙戦略基金」を設置し、2024年以降に、全国の民間企業・大学・国立研究開発法人などに対して公募を開始する予定。本基金では、当面の事業開始に必要な経費を措置しつつ、総額1兆円規模の支援を行うことを目指すという。

 このように日本の宇宙産業の潮目も変わりつつある中で、5年前に始まったJ-SPARCの役割も変わってくると高田氏は話す。同氏が比較対象としているのが、先を行く米国およびNASAの現状である。

 「資金面での支援や、民間の自主的な取り組みも大事だが、一方で、外部に資金や技術を供給し、『あとは自分たちで頑張ってほしい』と見守る形だけでは、研究開発機能がどんどん外に出てしまう可能性がある。将来的には、そういう形もあると思うが、宇宙産業の創出は、依然として難しい領域であり、やはり一方通行で持っている資金や技術を提供するのではなく、黎明期の今、JAXA自身も成長できるプログラムにこだわる必要があるのでは」(高田氏)

「オープンイノベーション型」の研究開発は今後も必要

 現在、J-SPARCには資金面での支援機能は備わっていない。それがJ-SPARCの良さである反面足かせでもあり、議論の種にもなっているが、いずれにせよオープンイノベーション型で民間事業と公的研究開発を生み出す機能は今後も必要だと高田氏は訴える。

 「たとえば、J-SPARCのような機能が、新しい事業コンセプトのアイデア出しをして、それを、新しい別のプログラムで大きく育てて実証する、もしくはJAXAのプロジェクトに組み込まれるなど、いろいろなパターンがあって然るべきだと思う。そうなると交通整理やコーディネートをする総合プロデューサーのような機能がより一層重要になる。個人的にポストJ-SPARCの1つとして、そのような絵姿もあり得ると考えている」(高田氏)

 グローバルのシンクタンクの見立てでは、宇宙産業は今後右肩上がりで100兆円産業に成長するとされている。しかし、今まさに活動中の宇宙プレイヤーの中には苦戦している企業も少なくない。そのため、多くの企業は宇宙ビジネスへの参入について必要性を感じながらも、遠巻きに冷静な視線を投げかけているのが現状だ。

 ただし、2023年には宇宙スタートアップの上場が続き、国内宇宙市場への投資額も増えつつある。さらに2024年に入ってからはJAXAの月面探査機「SLIM」が月面着陸を果たしたことで、非宇宙業界の人々からも注目を集めている。

 「この数年が宇宙産業発展に向けた勝負の時期になる」と話す高田氏。その流れの中で、J-SPARCはどのような姿を成し、いかなる役割を果たしていくのか。第1期となる7年間の成果もさることながら、2025年からの第5次中長期計画でJ-SPARCがどのような形に進化するのか、その中身に期待したい。

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