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世界で戦える日本の民間ロケット、2028年度までの誕生めざす–文科省「SBIR」の支援策を解説

2023.08.23 10:00

秋山文野

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 日本の民間ロケットを育て、国内の衛星の打ち上げ手段として選ばれるロケットを実現する文部科学省の育成プログラムがスタートした。これは、スタートアップ等による研究開発を促進するため、補助金などを交付する「SBIR」(Small Business Innovation Research)制度のうち、宇宙輸送分野を対象にした取り組みだ。7月28日から公募が始まっており、9月中に4社程度を選定する予定だ。

 選ばれた民間ロケット事業者は2027年度までに軌道上まで衛星(ダミーでも可)を打ち上げる実証を成功させることが条件で、2028年度からは「H3」や「イプシロンS」といった基幹ロケットと並んで日本国内の政府衛星、商業衛星を打ち上げる選択肢となることを目指す。

衛星の打ち上げ、大半を海外ロケットに依存

 日本の民間ロケット開発事業者は数社が活動しているものの、実証や高度100kmのサブオービタル飛行にとどまっており、人工衛星を軌道上に送った日本の民間ロケットはまだない。一方で地球観測衛星を中心に小型衛星のコンステレーション構築を始めた事業者は数社あり、政府・民間含め今後10年間で100機以上の衛星打ち上げ需要が見込まれている。

 だが、事業者も大学の衛星もロケットの調達は日本のロケットが第一候補とはならず、ロシアやインドのSSLV、Space Exploration Technologies(SpaceX)のライドシェアプログラムや、米とニュージーランドに拠点を置くRocket LabのElectron(エレクトロン)などが候補となってきた。

 これには、基幹ロケットの打ち上げ機会が少ないことに加え、1回の打ち上げ機会を複数の衛星事業者に配分するライドシェア型の事業が整っていないといった事情がある。

 衛星打ち上げロケットのように、大規模なハードウェア開発を伴う分野はディープテックと呼ばれ、大規模な技術実証を成功させるためには、民間だけでなく公的な資金援助も必要だ。米国でスペースシャトル引退後に国際宇宙ステーション(ISS)への民間輸送機を育てたNASAのCOTSプログラムなどを参考に、日本でも宇宙分野のディープテックを支援する。

2028年度までの日本の民間ロケット実用化を支援

 文部科学省が2023年度から2027年度まで5年間実施するSBIR フェーズ3基金の「民間ロケットの開発・実証」プロジェクト(以下SBIR民間ロケットプロジェクト)では、2028年度以降に国内の衛星が政府、民間を問わず基幹ロケットまたは民間ロケットを候補として打ち上げを検討できるだけでなく、海外の需要も取り込めるようにすることが目標だ。

 令和4年度の補正予算から手当された2060億円のうち文部科学省分の695億円を基金とし、宇宙輸送分野には5割を越える350億円が配分される。7月28日に始まった公募(9月5日締切)では当初4社程度を支援する予定で、9月中には結果が発表される。採択された企業を段階的に審査しつつ最終的には2社程度まで絞り込む方針だ。

 マイルストンペイメントと呼ばれる、一定の中間目標を達成するごとに支援金が支払われる方式となっており、補助の対象となるのはTRL(Technology Readiness Level:技術成熟度)で5〜7段階にある企業となる。

 SBIR民間ロケットプロジェクトでは、「TRL5」はエンジンや機体、アビオニクスといったサブシステムの開発試験を行い基本設計審査を通過する段階、「TRL6」は実機サイズのサブシステムの実証ができる段階、「TRL7」は衛星またはダミーマスを打ち上げられる段階と考えられている。

 開発事業はフェーズ1から3までの3段階に分けられ、2回のステージゲート審査を経て交付額が決定する計画。1件あたりの補助額は最大で140億円程度となる見込みだ。スタートアップ企業は補助率100%、中小企業またはみなし大企業の場合は補助率50%となる。補助対象は設備費、人件費、材料費などとなっている。

 JAXAは採択された企業の支援にあたり、宇宙輸送分野ではJAXAの元安全・信頼性推進部長の泉達司氏がプロジェクトリーダーに就任する。3カ月に1回程度実施されるフォローアップ委員会等を通じて、採択された事業者のモニタリングや支援にあたる。技術者派遣など人的支援が求められる可能性もあるが、JAXA側も基幹ロケット開発を継続しなければならない状況にあるため、具体的な支援の方法についてはまだ流動的な部分がある。

支援対象は実質的に小型ロケット中心か

 日本の宇宙輸送を担う民間ロケット育成プログラムについて、文部科学省 研究開発局宇宙開発利用課の竹上直也宇宙科学技術推進企画官は、「将来的には政府衛星の打ち上げ手段として調達することも考えている」と話す。

 その条件は「基幹ロケットとの棲み分け」だ。打ち上げ能力や液体、固体などのSBIR民間ロケットのスペックは各社が自由に設定できるが、基幹ロケットと同じ領域を食い合わないことが重要だ。そのため、実質的に「小型ロケット中心になるのではないか」という。

 射場の調達も自費で行わなければならないという制約もある。土地取得や造成費用、恒久的な施設の整備費は補助対象外となっているためだ。一方でJAXAの種子島宇宙センター、内之浦宇宙空間観測所はH3またはイプシロンSといった基幹ロケットが優先になる。

 既存の発射施設に適合するロケットを開発すると、基幹ロケットと近い設計となる可能性が高く棲み分けという条件からも外れる。移動型のランチャーを開発するといった特殊なケースを除き、現状では「北海道の大樹町、和歌山県の串本町、沖縄県の下地島といった民間射場の整備が進む場所が提案されてくるのではないか」(竹上企画官)という。

 現在、日本には液体・固体燃料の垂直打ち上げロケットから有翼往還機まで6〜7社ほどの民間ロケット開発企業が存在する。参考にしたNASAのCOTSプログラムは、ISSまでの補給機開発では8億ドル(1000億円以上)を用意しており、支援規模ではまだかなり開きがある。

 採択された企業は政府からの期待を呼び水にさらなる資金調達が求められるが、ロケット技術の評価基準が公となることで民間の資金も得やすくなることが期待される。5年間で世界の市場で戦えるロケットが誕生するか、注目されるプログラムだ。

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