ElevationSpace、ハイブリッドスラスタで長時間燃焼--実機に近い試験モデルで成功

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ElevationSpace、ハイブリッドスラスタで長時間燃焼–実機に近い試験モデルで成功

2024.03.26 14:07

UchuBizスタッフ

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 東北大学発ベンチャーElevationSpace(仙台市青葉区)は3月26日、固体の燃料と気体や液体の酸化剤による推進装置(スラスタ)の共同研究で実機に近い試験モデルでの燃焼試験に成功したことを発表した。東北大学 学際科学フロンティア研究所(東北大学祭研)と共同で研究している。燃焼試験は2023年10月~2024年2月に宇宙航空研究開発機構(JAXA)が協力した。

 小型衛星を地球に帰還させることが目的。固体の燃料と気体や液体の酸化剤によるハイブリッドスラスタは、毒性の高い物質を使用しないことから取り扱いでの危険がなく、他の化学スラスタと比較して安全性が高いのが特徴という。固体スラスタでは実現できない推力制御や再着火が可能なことから、月より遠い深宇宙探査といった長期ミッションにも利用できるとしている。ハイブリッドスラスタでの宇宙実証が成功すれば、世界で初になる。

 ハイブリッドスラスタの研究開発では、真空環境下での着火試験、大気環境下での要素燃焼試験を実施、各種データを取得してきた。今回の燃焼試験では、燃焼室の内部をより実機に近い試験モデルとしている。試験モデルにあわせて精度の高い推力計測システムを構築し、信頼性や再現性のある推力データの取得にも成功しているという。

 前回の試験では、燃料に酸化剤を流すための穴(ポート)が1つのモデル(シングルポート)を使用。今回はより大型となる、実機と同様の複数の穴(マルチポート)で大気環境下での長時間燃焼試験を実施した。軌道離脱に必要となる長時間燃焼に成功し、世界的に例が少ないというマルチポートでの推力計測に成功したと説明している。JAXA宇宙科学研究所(ISAS)のあきる野実験施設で実施した。

 これまで得られた各種試験の結果を受けてエンジニアリングモデル(EM)設計の詳細化を進め、より実機に近い状態での燃焼試験を複数回実施することで最終的なフライトモデル(FM)の設計と製造を進めていくとしている。

(出典:ElevationSpace)
(出典:ElevationSpace)

 地球観測(リモートセンシング)や衛星通信などを目的にした小型衛星の需要が高まっているという。内閣府のまとめでは、2013年時点で大型も含めて年間約200機程度だった衛星の打ち上げは、2022年には衛星コンステレーション構築を目的にした小型衛星だけでも1800機を超えている。

 小型衛星が大量に打ち上げられるようになった結果として、打ち上げ機会を確保すると同時に費用を低く抑えるため、メインとなる衛星を搭載して空いている空間に小型衛星も搭載する「ピギーバック」方式で打ち上げられることが増え、軌道に投入された後で小型衛星自身が希望する軌道高度に自力で辿り着く必要があるなど、小型衛星がスラスタを持つ必要があると指摘されるようになっている。

 運用が終了した衛星などが軌道に放置されることで宇宙ゴミ(スペースデブリ)になる問題も深刻化。運用中の衛星がデブリと衝突しないよう回避する能力を持つことも必要になっている。

 米連邦通信委員会(FCC)は運用終了後、衛星が燃え尽きる軌道に移るまでの期間を「25年以内」と定めた規則を「5年以内」に変更している。こうした背景から、衛星自身が運用終了後に自ら軌道を離脱する性能を持つことも求められるようになっている。

 従来、質量が500kgを下回るような小型衛星や超小型衛星は、運用期間が短い、設計寿命が短いなどの理由からスラスタが搭載されていないことも多く、搭載されていても姿勢制御や軌道の微修正といった推力が低いスラスタしか持たないケースが多いという。

 これまでの小型衛星用スラスタは数ニュートン級の推力しか持たないものが一般的であり、軌道の移動や離脱に必要となる数百ニュートン級の推力は実現できない(ニュートンは力の単位。1Nは1kgの物体を1m/s2の加速度を加速する力。日本で初めての月着陸に成功した「SLIM」に搭載されたメインスラスタは500N)。

 加えて、燃料として活用されることが多いヒドラジンは毒性が強く、管理や取り扱いのコストが高いとされている。小型衛星開発のメインプレーヤーとして台頭しているスタートアップ企業が利用するには、安全性と経済性の両面でハードルが高く、実用化が難しいというのが実情だ。

 ElevationSpaceと東北大学祭研は、こうした背景から安全性と経済性を維持しながら高い推力を実現するための小型衛星用スラスタの実用化に向けて共同で研究している。

 東北大学祭研助教である齋藤勇士氏によると、ハイブリッドスラスタは、他の化学スラスタと比較して魅力的な性能であることが研究レベルで明らかになっているが、実用レベルにはいまだ到達していないという。これは、ハイブリッドスラスタの技術成熟度レベル(Technology Readiness Level:TRL)が低いことが原因と説明する。

 TRLが向上しない限りは他の宇宙ミッションでの採用が見込めず、革新的な宇宙ミッションを実現させるためには、ハイブリッドスラスタのTRLの向上が求められていると齋藤氏は指摘する。「ElevationSpaceとともに世界初のハイブリッドスラスタの宇宙実証を目指す共同研究が始まり、今回の試験で実機レベルでの性能を確認できた」(齋藤氏)

 ハイブリッドスラスタの研究は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「官民による若手研究者発掘支援事業」(若サポ)の助成を受けている

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ElevationSpaceプレスリリース

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