探査、建築、栽培で挑む--日本企業から見える月面開発の可能性と期待

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探査、建築、栽培で挑む–日本企業から見える月面開発の可能性と期待

2023.10.12 08:00

藤川理絵

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 宇宙イベント「SpaceLINK 2023」が9月13日に東京ドームホテルで開催された。メインテーマは「あなたと宇宙がつながる日」。トークセッション「わたし×月」では、世界各国で加速する月面開発について、「探査」「建築」「栽培」に挑む日本の企業が登壇して、パネルディスカッションを行った。

 パネルディスカッションには、ispaceで最高収益責任者(Chief Revenue Officer:CRO)を務める斉木敦史氏、ダイモン 取締役で最高執行責任者(COO)の三宅創太氏、鹿島建設 イノベーション推進室で宇宙分野の担当部長を務める大野琢也が登壇。DigitalBlast シニアマネージャーの森徹氏がモデレーターを務めた。

月面開発を「探査」「建築」「栽培」で語る

 前半は「探査」「建築」「栽培」という3つのテーマで、各社が事業を紹介した。1つめの「探査」は、2022年12月11日にフロリダからSpace Exploration Technologies(SpaceX)のロケット「Falcon 9」で月着陸船(ランダー)を打ち上げたispaceと、超小型の月面探査車(ローバー)を開発するダイモンの2社が月面探査に関する最新状況を話した。

 ispaceの民間月探査プログラム「HAKUTO-R」ミッション1では、打ち上げから月面着陸までの間に10段階のマイルストーンを設けて、マイルストーンごとの成功基準(サクセスクライテリア)を設定。残念ながら月には着陸できなかったが、サクセスクライテリア10のうち8をクリアした。

 ispaceの斉木氏は、最後の着陸体制に入るところまで成功したことを改めて報告した。実際に、月から約100kmの場所での月と地球が映った写真撮影にも成功したという。

ispace CRO 斉木敦史氏
ispace CRO 斉木敦史氏

 2024年には、ミッション1と同じモデルのランダーを使ったミッション2に挑む。現在開発中のミッション3のランダーは、高さ約3.5m、幅約4.2m、重量約5tと大型化、より多くの貨物(ペイロード)を搭載できる予定で、米航空宇宙局(NASA)の「商業月面輸送サービス(Commercial Lunar Payload Services:CLPS)」として契約している。

 ダイモンの三宅氏は、超小型ローバー「YAOKI」を紹介した。世界的にも画期的な発明であるAudiの四輪駆動システム「quattro」の開発を手がけたロボットクリエイター中島紳一郎氏が「宇宙でも最高の駆動体の発明に挑戦しよう」とダイモンを立ち上げ、YAOKIを開発したという。

「人間が夢を実現することは大事。月で自分の技術を確かめられるなら、ぜひやったほうがいいと思っていて、僕の仕事はそこにビジネスモデル、パートナーシップを作ること」(三宅氏)
「人間が夢を実現することは大事。月で自分の技術を確かめられるなら、ぜひやったほうがいいと思っていて、僕の仕事はそこにビジネスモデル、パートナーシップを作ること」(三宅氏)
テーブルに置かれたYAOKI
テーブルに置かれたYAOKI

 YAOKIは「七個転び八起き」という由来通り、転んでも倒れても走り続けられる設計で、手のひらサイズという超小型、超軽量。例えば、月の地下空間に落ちていって、そのまま探査を続けることも可能だという。実は、すでに米Astrobotic Technologyと契約して、月面へ輸送される日を心待ちにしている状況だ。

 2つめの「建設」では、鹿島建設の大野氏が自身の研究テーマである「人工重力施設」を解説した。来たる“月に住む時代”で「月面でも安全な暮らしができる環境を整えたい」と主眼を置いてきたという。

「月や火星で人間が暮らして、もしそこで子供が生まれたら地球に帰れない体になるかもしれない。これは大変なことだと思った」(大野氏)
「月や火星で人間が暮らして、もしそこで子供が生まれたら地球に帰れない体になるかもしれない。これは大変なことだと思った」(大野氏)

 人工重力施設とは、お椀のような形の建築物で、遠心力を使って1Gの環境を整え、人間がそこで過ごすことで地球に戻れる体を維持することができる施設だという。

人工重力施設のシミュレーション映像を投影する様子
人工重力施設のシミュレーション映像を投影する様子

 将来、宇宙旅行者が増えてくると、接客サービスや施設メンテナンスといった業務を目的に、仕事で宇宙に行く人も出てくることが予想される。このような生活環境が整っていることは、この時にとても重要で必要なことだとして、研究を進めているという。

 3つめの「栽培」では、DigitalBlastの森氏が「月の探査の次は住む時代だ」と話し、食料問題に言及した。

 「ISS(国際宇宙ステーション)には、常時年間7人の宇宙飛行士が滞在しており、食料は100%地上から打ち上げて届けているが、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が公表している輸送費用では、重量1kgあたり約330万円という莫大なコストがかかっている」(森氏)。しかも、ISSは地上400kmであるのに対して、月は地球から38万km。桁違いの距離であるため、現地での生産は必要不可欠だと説明した。

「DigitalBlastは、月での植物栽培を目指して研究開発を進めている」(森氏)
「DigitalBlastは、月での植物栽培を目指して研究開発を進めている」(森氏)

月への挑戦は地球に何を還元するのか

 後半は、DigitalBlastの森氏の進行で議論が交わされた。テーマは大きく3つ。1つめは「なぜ月を目指すのか」について、4者4様にコメントした。

 ispaceの斉木氏は「地球での持続性のある世界を目指すという目標を達成するには、月あるいは宇宙とは切っても切れない縁。地球と月が1つのエコシステムになった経済圏を作るためにも、月での水資源を活用して、ぜひそれを地球に還元していきたい」と話した。

 森氏が「ダイモンさんも探査で月を目指しているが、ispaceさんとはまた違った視点をお持ちなのでは」と投げかけると、ダイモンの三宅氏は「月に未到着のいまこそ、たくさん失敗して、たくさん知恵を得て、みんなでハッピーになっていきたい。世界で最高に面白いことを日本企業がたくさんやっているよね、という風になるといいなと思う」と答えた。

 鹿島建設の大野氏は「私自身は怖がりなので、月には行かない」と漏らし、森氏からも「え、行かないんですか?」と返されるなど会場を和ませつつ、「宇宙に行きたいという人がいるから、それを地上で支えるというサポート側として研究を進めている。将来的には月だけではなく、火星でも1G環境を実現していきたい」と話した。

 2つめのテーマは「月への挑戦によって、地球に還元されることは何か」。

 最初にコメントを求められた三宅氏は「地球では環境が優しすぎて、人間がすぐに助けに行けるけれど、月では無人遠隔の方がコストパフォーマンスが高いので月での建設、製造、物流、空気の再生、植物の生産など、あらゆる分野で技術革新が進み、地球にそれが還元されていく」との見方を明らかにした。

 三宅氏は“本音”についても共有。「月から見れば、地球での出来事なんか誤差の範囲だと思う。いろいろ傷つくことがあったとしても、くよくよしないでやりたいことをやろうよ、というマインドになれるということも、地球への還元になるのではないか」と語ると、森氏も「世の中、真面目な話しかなかなかできないところだが、本音の部分が聞けたのはすごくよかった」と答えた。

 これに続いて大野氏も、ビジネス視点での考えと個人的な“想い”を明かした。大野氏は「人工重力施設は、月ではリハビリ施設という位置付けだが、地球では骨や筋肉などを鍛えるための施設として還元できると考えている」と説明した上で「さっき、僕は月には行かないと言ったけれど、月面でバンジージャンプをしてみたい。地上では怖いけど、月でならやってみたいといった、人間のアミューズメントの根本的な発見があるのではないか」と持論を展開した。

 斉木氏は「直接的」と「間接的」の2つの観点で、地球への還元について整理した。

 「直接的には、月の水資源を衛星の燃料補給に使う、月面でのR&D(研究開発)が技術革新につながるといったメリットがある。間接的には、企業が月に挑戦することで社員のモチベーションが上がる、技術者の採用でプラスに働く、会社の意識改革や活性化につながるなど、さまざまな還元がある」(斉木氏)

 3つめのテーマとして、森氏は3者それぞれに「民間企業としての意見」を求めた。

 「宇宙は参入障壁が高いと感じられるかもしれないが、逆に先に入れば、先行者利益が非常に大きい」(斉木氏)、「宇宙を手がけるといっても、自分が宇宙に行く必要はなくて、たとえばスペースポート(宇宙港)など、地上でビジネスがたくさんある」(大野氏)、「宇宙でも企業間などのコラボレーションが生まれていい時期なのではないだろうか」(三宅氏)といった、実際に月面開発に挑む民間企業ならではの手触り感のある意見が共有され、あらゆる業界の企業にとって、宇宙ビジネスがより具体的かつ身近に感じられるトークセッションとなった。

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