インタビュー

NTTとスカパーJSAT合弁「Space Compass」の現在地–光データリレーとHAPS、実現へ大きく前進

2023.08.18 09:00

藤井涼(編集部)小口貴宏(編集部)佐野正弘

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 日本電信電話(NTT)とスカパーJSATが合弁企業で、宇宙インフラ事業を手掛けるSpace Compassは2023年7月20日で設立から1年を迎えた。

 同社は「宇宙統合コンピューティング・ネットワーク事業」の実現を掲げているが、具体的にどのような取り組みを進めているのか。とりわけ注目度の高い衛星通信と、成層圏通信プラットフォーム「High Altitude Platform Station:HAPS)に関する取り組みを中心に、同社の現状について話を聞いた。

左から宇宙RAN事業部長を務める箕輪祐馬氏、宇宙DC事業部 事業部長を務める江尻智礼氏

2024年度に「光データリレー」衛星打ち上げへ

 Space Compassは、地上の通信に強みを持つNTTグループと、衛星通信に強みを持つスカパーJSATが、50:50という対等の比率で出資し誕生した合弁企業だ。

宇宙統合コンピューティング・ネットワーク構想

 宇宙で高度かつ独立したコンピューティング処理と大容量通信が可能なネットワークの基盤を構築する「宇宙統合コンピューティング・ネットワーク構想」を掲げている。

 その第1弾として、2024年度の実現を目指しているのが「光データリレーサービス」だ。同サービスは、低軌道を周回する観測衛星が収集する膨大なデータを、一旦静止軌道衛星(GEO)を経由して、地球に高速伝送しようという取り組みだ。

 地球低軌道(LEO)と静止軌道(GEO)間、そしてGEOと地上間の通信には光レーザーを用いることで大容量化し、従来は地上局と通信できるタイミングや容量に制約のあった、LEO観測衛星などから取得した画像などの大容量データを、リアルタイムに近い形で高速転送できるようにする。

Space Compassが2024年度の事業化を目指す光データリレーサービス。GEOと光による伝送技術を用いることで従来より高速、かつ高頻度で衛星から取得した画像などを地上に送る仕組みだ

 そのため同社では、米国の光通信端末(Optical Communication Terminal)および衛星メーカーであるSkyloomと提携。2024年度にアジア上空に光データリレー衛星を打ち上げる予定だ。

 宇宙DC事業部 事業部長を務める江尻智礼氏によると、Skyloomとの提携によって、光データリレーが構想から実現へと大きく前進しているという。

宇宙DC事業部 事業部長を務める江尻智礼氏

 Skyloomを選んだ理由として江尻氏は、同社が米国宇宙開発局(SDA)の定めた標準仕様に準拠する光通信端末(OCT)を提供しているメーカーの1つである点。そして、政府向けと商用向け両方へのサービス提供や、複数の異なるサービスやネットワークへ1つの端末機器から接続可能な相互運用性を持つ点を挙げた。

光データリレーサービスの実現に向け、Space Compassは米国のベンチャー企業であるSkyloomと提携。相互運用性を持つOCTの開発実績があることが、同社との提携に至った理由のようだ

 なお、宇宙を利用した通信サービスはSpace Exploration Technologies(SpaceX)の「Starlink」などがすでに全世界的に展開している。

 この点に関して江尻氏は「我々の業界は、良くも悪くもSpaceXがドライバーになっている」と話す。事実として衛星打上げの劇的なコストダウンによりSpace Compassやその顧客となる観測衛星事業者も衛星投入しやすくなるなどその恩恵を受けている。

 一方で、StarlinkはSpaceXが多額の資金を集中投資し、1社で全てをまかなうことで早期サービス化を実現している。また、Starlinkのネットワークは先行者利益を独占する観点から、完全に自社で完結した垂直統合型のクローズドなコンステレーションでもある。

 それに対し、Space Compassは単独で大きな投資をするのではなく、SDA準拠のOCTを開発するSkyloomと連携し、他の事業者と積極的にオープンに連携することに重点を置いているという。

 「光通信による衛星コンステレーションは間違いなく今後の宇宙における通信のキーとなる技術ではあるが、現時点でこの技術を確立しているプレイヤーは存在しない」と江尻氏は話し、オープン性を重視した戦略を取るようだ。

 ではその実現に向けて、Skyloom以外にどのような企業と連携しようとしているのだろうか。同社がもう1つ注力しているのが「経済安全保障技術育成プログラム」(Kプログラム)での取り組みである。

 これは経済産業省が主導して、昨今注目を集めている経済安全保障で重要な技術の研究開発を推進するものだ。その中でSpace Compassは「光通信等の衛星コンステレーション基盤技術の開発・実証」の項目において、複数の企業や団体からなるコンソーシアムを編成し、政府の支援を受けながら開発を進めているという。

Kプログラムに「光通信等の衛星コンステレーション基盤技術の開発・実証」が採択され、他の国内企業と連携してコンステレーション構築に向け取り組みを進めている

 こちらは低軌道衛星(LEO)を中心とした光通信コンステレーションから構成され、小型衛星を開発するベンチャー企業のアクセルスペースや中型衛星を開発する日本電気(NEC)、ネットワーク統合制御システムを開発するNICT(情報通信研究機構)と緊密に連携しながらワンチームで進めていくという。

 Space Compassは前述のGEOを経由した光データリレーサービスを先行して提供する予定だが、今後Kプログラムで開発したLEO衛星間光コンステレーションも追加することで、統合的なネットワーク環境を構築し、「宇宙統合コンピューティング・ネットワーク」を具現化するという。

 さらに江尻氏は「少々野心的な考え」としながらも、海外で政府が同様の取り組みをしている国々と連携し、相互接続検証を実施していくことにも積極的にチャレンジしたいと話した。仮にそれが実現すれば、技術面と制度面で国境を越えた様々なチャレンジがあるはずだが、Space Compassはオープンにそしてグローバルに様々なプレイヤーと連携することを重視していると理解できる。

25年度の商用化めざすHAPS、ソフトバンクとの協力は

 そしてもう1つ、Space Compassが力を入れてサービス化に向けた準備を進めているのが「HAPS」である。HAPSは地上から20km程度の成層圏を飛行し、スマートフォンなどと直接接続して通信できるようにする仕組みで、「空飛ぶ携帯電話基地局」とイメージすれば分かりやすいだろう。

 HAPSは軌道高度500Kmを超えるLEOよりもさらに低い成層圏を飛行することから、衛星通信専用の大きなアンテナが必要なく、スマートフォンなどの汎用端末に直接電波を届けられるメリットがある。

 また、通信だけでなく観測についても特質すべきポイントがある。低高度からの撮像により、高解像度の地上写真を撮影できるだけでなく、LEOが周回衛星であるため観測頻度は機数に依存しており定常的な観測が難しいことに対して、HAPSは定在して継続的、かつ高精細なリモートセンシングに活用しやすいのもメリットだ。

 それに加えてHAPSは、衛星と違って機体を地上に降ろすことができる。搭載する機器を最新のものに交換して新しい通信規格に対応することも容易だ。そのため、Space CompassではHAPSを宇宙統合コンピューティング・ネットワークの一部として取り入れ、島しょ部や山間部などのエリアカバーや、ドローンなどの飛行する機器に向けた通信を確保する手段としても使っていきたい考えだ。

 宇宙RAN事業部長の箕輪祐馬氏によると、Space Compassでは2025年度にHAPSの商用サービス化を目指している。

宇宙RAN事業部長の箕輪祐馬氏

 HAPSに使用する機体はバルーン型、飛行船型、固定翼型等の種類があるが、同社では日本上空の気象環境への対応や過去の実証実績を加味して、ソーラー発電で動作する固定翼型HAPSを使ってサービス展開する方針だ。現在はエアバスの子会社でHAPSの機体を開発しているAALTO HAPSと、海外で実証を進めている最中だという。

Space Compassはエアバス傘下のAALTO HAPSとHAPS事業化に向けた取り組みを進めており、機体は同社製のものを使う形となるようだ

 また箕輪氏によると、HAPSは投資面でリスクが小さいこともメリットに働くという。LEO衛星は数百・数千規模の衛星機数を打ち上げてコンステレーションを構築しないと継続的な通信サービスが構築できず収益化が見込めず、GEOは1衛星あたりの投資規模が大きくなる。

 HAPSは衛星のような打ち上げコストは掛からず、1機毎でエリアは狭いが段階的にサービス化ができて拡張も可能となる。サービス初期段階では、大きなコストをかけることなく市場を構築しながら進められる点も、HAPSが優位性を持つ点となるようだ。

HAPSで日本全国をカバーするためには多くの機体数が必要だが、特定のエリア向けに1機から通信やリモートセンシングをサービス展開できることはメリットだ

 とはいうものの、HAPSといえば思い起こされるのが、かつてGoogleの親会社であるAlphabetが立ち上げた「Loon」だ。気球型のHAPSによるサービス提供を目指していたが、2021年に撤退に至った。それだけHAPSの実現ハードルは高く、商用サービスに至る事業者もまだ出てきていないのが実情である。

 箕輪氏によると、現時点でも実用化に向けた課題は多くあるというが、中でも技術面の課題の1つとなるのは、飛行能力であるという。機体については、AALTO HAPS社側で機体の大型化を進めるなどして飛行能力向上を進めているが、日本でサービス展開する上では偏西風の強さや季節における日照時間への対応のため、特にソーラーで発電した電力を蓄電するバッテリー容量などが問題になるという。

 具体的には北に行くほど年間を通じて安定飛行事へのハードルが高くなるといい、当初サービス提供が見込めるのは本州以南に限定される。北海道へのサービス提供については、当初は季節を選ぶが、メーカと連携した技術革新を期待しつつ、衛星通信も組み合わせてカバーしていく方針を示した。

 そしてもう1つは、大容量通信の実現だ。現状では、HAPSペイロードと携帯電話事業者設備とを接続するインターフェースの部分に技術的課題があるという。こちらは衛星・モバイル双方の知見を集めて解決に向けた取り組みを進めている最中としている。

 また、法整備に関しても課題はいくつかあると箕輪氏は話す。例えば2022年末の航空法改正でドローンなどの有人エリアにおける目視外飛行が可能になったが、改正航空法におけるHAPS事業の適用等について国土交通省等の関連省庁と議論をしているという。

 だが実は、国内でHAPSの実用化に向け積極的に取り組んでいるのはSpace Compassだけではない。ソフトバンクも2017年にHAPSモバイルを設立してHAPSの実用化に向けた研究開発を進めると共に、2021年には業界団体の「HAPSアライアンス」を立ち上げるなど精力的な活動を続けている。

 2023年7月24日にはそのHAPSモバイルをソフトバンクが吸収、ソフトバンク自身が直接HAPSの事業化を進めていくものと考えられるが、実用化に向け多くの課題を抱えているHAPSだけに、ソフトバンクとの協力は考えられないだろうか。

 箕輪氏はこの点について「法制度面(の取り組み)では連携している」と話すほか、「世界的に見ても商用化がこれからという兆しはあるが、本格的に社会実装に向けて加速させるために連携は必要と考える」と話し、HAPSアライアンスへの参加など、今後何らかの形で協力を模索することもありえるとした。 

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