インタビュー
2100年「火星の食卓」はこうなる?–ゲノム編集魚のマリネや蚕のジェノヴェーゼで食事会
すごく勉強になったと言われました。特にグリーンエースの粉末は、シェフとしてもかなり使い勝手がいいと好評でした。シェフの方は、伝統を重んじる方と、イノベーティブな新しいモノにチャレンジしたい方の大きく2つに分かれると思っていますが、今回協力していただいた熊取谷さんは後者で、僕の想像以上にしっかりコンセプトを理解していただき、メニューを考えていただけました。事前にベンチャー各社とシェフとでオンラインでオリエンテーションを行ったのですが、それによって理解を深めたうえで料理してもらったのも良かったのだろうと思っています。
ーーイベントを開催してみて気付いたこと、課題に感じたことなどは?
課題ではないのですが、少し悩んだのは、完全に火星で実現できるメニューにするべきか、それとも味を優先させてメインの食材に火星で採れるものを使うか、そのどちらの方向性にするかでした。参加費は1人2万5000円で、食通の方も参加されます。あまりコンセプトを尖らせすぎると、方向性は正しくても食事体験としては不満の残るものになってしまいます。
ですので、今回はそうならないようにメインの食材は指定し、シェフにはコンセプトの範囲内で自由にやっていただきました。結果的にイベントとしては成功だったと思います。いずれは企業に協賛していただくなどして参加費無料の一般向けイベントを開催し、完全に火星で使える素材のみを使った料理を提供する内容でもやってみたいですね。
新たな食体験の設計に日本の強み–「水」技術ベンチャーにも期待
ーー今後、宇宙食の楽しみ方はどうなっていくのか、あるいは宇宙食はどう変わっていくべきなのか、感じているところがあれば教えてください。
ISSのような微小重力下や、月面・火星などの地球より重力が少ない環境、それぞれで異なる食の体験があるのだろうなと思います。ISSや月面だと距離的には地球から食材をピストン輸送できないこともないですが、火星の距離になると確実にそこで独立循環させなければならず、食の体験・設計は変わってくるのではと。
宇宙は特殊な環境ですから、そういう場所で人の体調や味覚の変化なども含めて考えたとき、満足度が高くなる「味付け」や「食べ方」にも地上とは違いがあると思います。また、宇宙は一歩外に出れば死が待っている危険と隣り合わせの世界ですから、そういうストレスフルな環境でどういう食のラインアップにすべきなのか、ということも考慮に入れなければならないかもしれません。
南極で極限環境の閉鎖空間を経験した人によると、そうした状況で仲間と暮らしていると、食事量が他の人よりわずかでも少ないと気になり、それがストレスになって人間関係にも影響するそうです。食卓の席の配置についても、人が安心するものと、そうでないものがあるのだとか。その意味でも、宇宙ならではのおもてなしや、宇宙ならではの食の体験設計には新しい形が生まれるだろうなと思いますし、そこは日本人の得意とする分野ではないかとも思います。
ーー今後、こんなフードテックベンチャーが現れてほしいという願望はありますか。
1つは「水」に関するベンチャーですね。料理のなかで一番重要なものが水だと思っているので、たとえば宇宙でそれを循環させるような技術をもつところ。大気中の水分を集めて水を生み出す技術もありますが、その進化版として、料理に使えるレベルの水を生成できる技術があるといいですね。
もう1つは調味料です。宇宙ではどうしても味の表現が制限されてしまいますので。物理的にその味を作る、分子レベルで合成して再現する、電気刺激で人の味覚に作用させるなど、いろいろ手段はあるかもしれません。そんな風に水と味のバリエーションを生み出せるベンチャーの方と組めるとアイデアが広がりそうですし、火星食のリアリティがさらに高まるのではないでしょうか。
ーー次回の「火星の食卓」イベントにも期待が高まりますね。
2023年8月に「2100年火星の懐石」というテーマで、京都での開催を予定しています。今回の4社に加えて京都のフードテックベンチャーにもご協力いただき、35歳以下のシェフのコンペティションである「RED U-35」でグランプリを獲得した酒井研野氏とコラボする形にしようかと。初回の参加者からは技術開発の現場も見てみたいという声がありましたので、ゲノム編集体験の後に食事会、みたいなツアーを実施することも考えています。
僕がフードテックのメガトレンドと考えている「Sustainability(持続可能性)」「Personalizing(個人最適化)」「Automatizing(自動化)」「Metaverse(デジタル化)」の4つのうち、持続可能性は初回でテーマにしたので、今後はヘルスデータを使った食体験のパーソナライズをテーマにするのもいいですね。ロボットによる自動化された食体験、サイバー空間での食体験がどうなるかも気になります。2025年の大阪万博の企業ブースで同じような食イベントを開催することも考えられそうです。