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宇宙農業、レタスよりトマトが格段に難しい理由–NASAの「Veggie」プロジェクトを解説

2023.06.08 10:40

天地人

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 宇宙ビッグデータを活用した無料GISプラットフォーム「天地人コンパス」を手掛ける天地人。本連載では、同社でインターンとして働く学生が、「学生視点」で宇宙ビジネスの注目点を解説します。初回となる本記事では、農学部で野菜栽培を研究する鈴木海斗が「宇宙農業」に焦点を当てていきます。

 そもそも宇宙農業とは、宇宙で食物を栽培する試みを指します。物資供給が限られる宇宙環境において、食糧を自給する目的があるほか、光合成による酸素供給、廃棄物の再利用、さらには植物栽培を通じて、宇宙生活者のメンタルヘルスを維持する効果も期待されています。

 また、宇宙での長期滞在には持続可能な食糧源が必要ですが、現在は乾燥したり加熱処理を施したパッケージ食品が中心となっています。新鮮な野菜を宇宙へ運ぶことは多額のコストがかかるため、現地栽培するしかないという側面も存在します。

 世界各国で宇宙農業は進展しており、日本の航空宇宙開発機構(JAXA)では「月面農場」の実現に向けたプロジェクトが進行しています。ドイツやロシア、カナダなども同様の取り組みを実施していますが、本記事では、これらのプロジェクトの中から、NASAが主導する「Veggie」(ヴェジー)プロジェクトについて紹介します。

「Veggie」プロジェクトとは何か?

 「Veggie」プロジェクトとは、国際宇宙ステーション(ISS)でNASA主導で進む植物栽培プロジェクトを指します。このプロジェクトは2014年に第1弾の「Veg-01」から始まり、「Veg-02」、「Veg-03」、「Veg-04」と順次進化してきており、主にケールやレタスなどの葉物野菜の栽培に注力してきました。

 現在、NASAは次のフェーズである「Veg-05」に取り組んでいます。このフェーズでは、これまでに実施してきたレタスなどの葉物野菜よりも栽培難易度が高いトマトの栽培に挑戦しています。トマトの成長や品質評価だけでなく、トマト栽培が宇宙で生活する人々にどのような影響を及ぼすかも評価します。

VEG-05の一環としてISSで栽培されているトマト(画像:NASA)

 なぜトマトの栽培が葉物野菜よりも難しいのでしょうか。それは、果実をつけるトマトは、葉物野菜と比較して必要とする肥料の種類や量が多く、また一般的に栽培期間も長いからです。さらに、葉物野菜は植物が葉や茎を出した時点で収穫しますが、トマトは葉や茎を出した上で花を咲かせ、受粉して果実が形成され、果実が熟した時点で収穫します。(受粉が不要な品種も存在します)

 レタスは種まきから約60日で収穫可能ですが、トマトは花が咲いてから果実が赤くなるまで60日が必要です。さらに、果実が熟すためには肥大した葉や茎が必要であり、そのためトマトの株全体が大きくなり、スペースに制約のある宇宙空間における栽培は格段に難しくなります。この問題を解決するために、Veg-05では小型の植物体でも果実をつけるミニトマト品種「レッドロビン」が用いられます。

トマトを栽培すると、どんな変化が起きるのか?

 「Veg-05」におけるトマト栽培の挑戦は、前述のようにプロセスが多く、肥料の管理や総体的な管理が複雑化します。それ故に地上での栽培が難しいとされていますが、その「栽培の難しさ」は必ずしも欠点だけではないと考えます。「葉物野菜の栽培」から「トマト栽培」への転換が、栽培者にどのような影響を及ぼすのでしょうか?

 一つ目に考えられるのは、「宇宙で過ごす人々のメンタルヘルスの維持」に寄与するという点です。先にも述べたように、トマトの栽培は手間がかかります。しかし、その「手間」が宇宙で過ごす人々にとって何らかのプラスに変わる可能性も存在します。

 また、気分という観点からも、色彩に関する興味深い話があります。例えば、葉菜(ようさい)類やキュウリなどの緑色の野菜を生産している農家が、赤色のイチゴやトマトの生産を始めると、作業中の気分が高揚し、生産性が上昇するという話を生産者から聞きます。また、売り場に「赤色」の野菜を並べると、リピート客からの評価が高まるということもあるようです

 地球で農業と向き合っている私たちからしても、「Veg-05」の結果が楽しみでなりません。

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