特集

月面農業とは–レゴリスに植えた作物は正常に育つのか、宇宙農業との違いは

2023.11.14 14:41

鈴木海斗(天地人)

facebook X(旧Twitter) line

 宇宙ビッグデータを活用した無料GISプラットフォーム「天地人コンパス」を手掛ける天地人。本企画では、同社でインターンとして働く学生が、「学生視点」で宇宙ビジネスの注目点を解説します。

 本記事では、農学部で野菜栽培を研究する鈴木海斗が「月面農業」に焦点を当てて説明します。また、私が所属する天地人が進めている「月面アスパラガス」についても、地球での農業を織り交ぜつつ紹介します。

月面農業とは?宇宙農業との違いは

 そもそも宇宙農業とは、宇宙で食物を栽培する試みを指します。宇宙空間での食糧自給や、酸素供給、廃棄物の再利用、宇宙で生活する人のメンタルケアなどが目的です。詳しくは「宇宙農業、レタスよりトマトが格段に難しい理由–NASAの『Veggie』プロジェクトを解説」をご覧ください。

 世界各国で宇宙農業の取り組みが進んでおり、NASAが主導する宇宙ステーションでの野菜栽培を目標とする「Veggie」(ヴェジー)プロジェクトなどがあります。

 宇宙農業では、人工的な培地(植物が根を張る場所)やLEDなど用いた人工環境下で、植物を栽培することが前提となっています。Veggieプロジェクトでは現在も同様の人工環境下でトマトを栽培しています。

  一方の月面農業では、「月の土壌」に着目した研究が盛んです。航空宇宙開発機構(JAXA)が「月面農場」の実現に向けたプロジェクトを進めています。

JAXAの「月面農場」構想(出典:JAXA)

月の砂で作物は育つのか–実験結果は

 2022年には、NASAがアポロ計画で月から持ち帰った「レゴリス」を使用した植物栽培実験についての発表がありました。レゴリスとは、天体の表面に存在する堆積物を指していて、月のレゴリスはかなりきめ細かい砂のようなものです。

 同研究では、レゴリスを使って、「シロイヌナズナ」という植物を栽培しました。シロイヌナズナは、過去に沢山の研究者によって研究されており、全遺伝子が解読されています。生育障害など、植物への影響が見られたときに、影響を受けた部分がわかりやすいこと、種まきから50日で寿命を迎えるという手軽さにより、いまも世界中で研究材料として使用されています。

 実験では、シロイヌナズナをレゴリスに植えると、発芽には影響がなかったものの、その後の生育は強いストレスを受け、順調に生育しませんでした。

 日本でもレゴリスで植物を栽培する研究は行われています。名古屋大学発のスタートアップTOWINGは、作物の栽培が難しい土壌に「高機能ソイル技術」を使用することで、土壌改良を行うサービスを行っています。TOWINGは、そのままでは栽培が難しいレゴリスに対しても同技術を適用することで、作物を栽培できる土壌に改良することを目指しています。

 つまり、月の土を使って作物を栽培することは現段階では難しく、「月面でのアスパラガス栽培」の実現もかなり厳しい道のりがあります。

月面アスパラガスの実現に向けて、まず地球での栽培に取り組んだ話

 将来、月でのアスパラガス栽培を目指す「月面アスパラガス」。その実現への第一歩として、天地人の学生インターンのみで、地球上の栽培適地で美味しいアスパラガスを栽培する試みを始めました。結果は大成功だったのですが、地球上でのアスパラガスの栽培も困難の連続でした。

 皆さんも農業の後継者問題を耳にしたことがあるでしょう。従事者の高齢化が進み、若い担い手が少なくなっています。そして現在、農業従事者一人あたりが耕す農地の面積が増え続けています。管理しなくてはいけない農地が急増することで手が回らなくなり、手入れされなくなった農地が「耕作放棄地」となっています。

 私たちも、農地の取得にはかなりの苦労を強いられました。最終的に、神奈川県川崎市の農地でアスパラガスを栽培することを決めました。その土地を選んだ理由は、私たちが通いやすく、栽培管理が簡単であったことのほかに、大消費地の近くで栽培し、鮮度劣化の激しいアスパラガスを採れたてで提供できるからです。

 この理由から、都市圏での農業である「都市農業」を行うことを見据え、農地探しを始めたのですが、大学で農学を専攻しているだけではわからない、農業の難しさを痛感しました。農地を借りるため、川崎市役所の農政課に赴き、農地取得を試みました。しかし、空き農地があったものの地主が貸してくれず、頓挫しました。

 最終的には、多くの農地を管理する生産者のもとに何度も通い、信頼を勝ち取ることで農地の一角を借りながら、最初の月面アスパラガスの栽培をスタートすることができました。

農地を借りた後にトラブルも

 私たちのように、新しく農業を始めたくてもなかなか農地を借りられない新規就農者の他にも、農地を借りた後にトラブルになるケースがあります。

 神奈川県の小田原で果樹を中心とした農業を営むある生産者の事例をお話します。地主から借りた耕作放棄地寸前の急斜面を開墾し、オリーブの苗木を植えていたのですが、6年後、本格的な収穫が始まる寸前になり、地主から「土地を更地の状態ですぐに返還してください」と一方的に言われたそうです。

 果樹は畑に樹を植えてから収穫が始まるまで長い年月を要しますが、やっと本格的な収穫が始まるオリーブの木の伐採を余儀なくされました。この生産者は40代と農業界では若い方で体力的にも余力がありましたが、せっかく耕作放棄地を開墾したのに残念な結果となりました。

 宇宙を目指し、まずは地球でアスパラガスの栽培データを蓄積したい私たちとしても、この「土地」に関する問題は他人事ではありません。天地人のミッションである「宇宙ビッグデータで人類の文明活動を最適化」を達成するために、私たちは、農業界の問題と向き合いながら、月面でのアスパラガスの安定栽培を目指します。

Related Articles