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人工衛星の開発や運用が根底から覆る–「軌道上サービス」に注目すべき理由

2022.05.23 08:00

林公代

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 アストロスケールは2021年3月に宇宙デブリ除去技術実証衛星「ELSA-d」を打ち上げ、模擬デブリ捕獲や誘導接近の実証に成功。スペースデブリ除去のみならず衛星の寿命延長など、軌道上サービスの実現を掲げるスタートアップである。

 接近、ランデブー飛行しながら映像を撮影したり、捕獲したりする技術はスペースデブリ除去だけでなく、燃料補給や機器交換といった今後の軌道上サービスに必須の技術だ。技術的な難しさはどこにあるのだろう?

 「接近で一番キーになるのはセンサー。相手がどういう動きをするのか推定できないと接近できない。自動車の自動運転に代表されるように、地上のセンシング技術は発展している。課題は大量の画像データを処理するため計算機の能力が高くないといけないこと。接近ができれば、あとは相対位置を保って飛行し、捕獲する。回転している物体(衛星)を捕獲し、静止させる技術も課題になります」

2030年代、静止軌道上に軌道上サービスプラットフォームを

 JAXA新事業促進部では「軌道上サービスを駆使した将来像」について動画を作成、公開した(冒頭)。ミッションに特化した衛星群、インフラを提供する衛星群が静止軌道上でプラットフォームを構成する。ミッション衛星群の機器はロボット衛星で最新機器にアップデート可能、インフラ衛星にはエネルギー伝送を担う衛星、人工衛星の大量のデータを保存、処理する衛星、地上局との通信を担う衛星などがある。

 「人工衛星の世界ががらりと変わります。これまでは例えば地球観測衛星を打ち上げようとすると、観測機器だけでなく、地上との通信用のアンテナや膨大な観測データを保存、処理するための計算機など『バス』と呼ばれる機器も開発して打ち上げる必要がありました。でも通信インフラやデータ処理などの機能は軌道上プラットフォームに分散して持たせればいい。衛星の近くに通信基地局があれば、衛星はアンテナをもたずWi-Fiの機器だけ搭載すればいい。観測データをデータセンターに送ると、センターで意味あるデータだけを選び、地上に送信する。そうなれば地球観測衛星は、センサーなどの観測機器を中心に小型にできる」

日本ロボット学会フェローにも認定(2020年)されたJ-SPARCプロデューサー上野浩史氏
日本ロボット学会フェローにも認定(2020年)されたJ-SPARCプロデューサー上野浩史氏

 こうした静止軌道プラットフォームの考え方は1970年代から存在するが、分散機能まで言及している例は世界にないそうだ。実現に何が必要なのか?

 「機器類が宇宙で交換できるように、人工衛星をどこまで標準化できるか。交換可能なモジュール衛星にできるかどうかで軌道上サービス実現の難易度が変わるので、大きな課題です。そのためには、軌道上サービスの価値を作る側も使う側も理解しないといけない」

 実現に向けた取り組みは始まっている。国立研究開発法人の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は2021年度下期にSBIR(Small Business Innovative Research)推進プログラムで、軌道上サービスのための宇宙機器用共通インターフェース開発について公募をかけた。2社が選ばれ、JAXA新事業促進部の支援を得て、モジュール衛星実現のためのインターフェースの共通化検討が進められた。

 NASAでも、軌道上で組み立てや製造、燃料補給などさまざまなサービスを実証しようという衛星(OSAM-1、2)が2025年以降に打ち上げ、実施される予定だ。将来に向けた実験は国際宇宙ステーション(ISS)でも始まっている。

 例えば、「宇宙ガソリンスタンド」を掲げるスタートアップOrbit Fabは2019年、ISS内で燃料に見立てた液体の輸送を2つの装置間で成功したと発表。Orbit Fabは2021年7月に1号機となるタンクを地球周回低軌道に打ち上げている。

 これまで宇宙のインフラと言えば、ロケットと人工衛星の2種類しかなかった。しかもそれらは単一の目的で打ち上げられていた。

 「これまでとは違うインフラが宇宙に出現しようとしている。観測したい人はセンサーや観測機器だけ開発すればいい。圧倒的にやりやすくなるでしょう」

 静止軌道プラットフォームが実現すれば、人工衛星の世界に変革が起きるかもしれない。その変化は既に始まっている。

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