特集

NICTが研究開発する「衛星光通信」と「非地上系ネットワーク」がもたらす未来

2023.08.24 07:30

阿久津良和田中好伸(編集部)

facebook X(旧Twitter) line

 コンピューターネットワークの新技術や製品の展示会である「Interop Tokyo」は2023年で30年を迎えた。6月14~16日に開催された「Interop Tokyo 2023」では、30回目を記念した特別企画として「Internet × Space Summit」が開催。そこでは、宇宙探査や宇宙の活用方法などについて多くが語られた。

 「Beyond 5G/6Gを実現する衛星光通信技術と非地上系ネットワーク(NTN)」と題された講演には、情報通信研究機構(NICT) ネットワーク研究所 ワイヤレスネットワーク研究センター 宇宙通信システム研究室 主任研究技術員 小竹秀明氏が登壇。NICTが携わる衛星光通信技術や「非地上系ネットワーク(Non-Terrestrial Network:NTN)」などの研究開発動向を解説した。

NICT ネットワーク研究所 ワイヤレスネットワーク研究センター 宇宙通信システム研究室 主任研究技術員 小竹秀明氏
NICT ネットワーク研究所 ワイヤレスネットワーク研究センター 宇宙通信システム研究室 主任研究技術員 小竹秀明氏

衛星光通信とNTNがなぜ必要か

 地上で暮らす我々の日常でも高速な通信インフラが必要なように、宇宙でも高速な通信インフラに対する需要の高まりを見せている。その理由として、小竹氏は観測データを録画する光学センサーや合成開口レーダー(SAR)の高解像度化が影響していると説明した。

 「例えば、(陸域観測技術)衛星『だいち』の分解能は2.5mに対して、打ち上げには失敗したものの、『だいち3号』(ALOS-3)は0.8mと高精細な分解能画像になる予定でした」(小竹氏)

 地上で受信するデータ量の増加に伴う転送レートも「現在は数Gbpsクラスの伝送速度が求められます」(小竹氏)。これらの課題を解決するのが衛星光通信技術である。

 端的に述べると、宇宙空間にレーザー光を伝搬させて通信インフラを確立する技術だが、「従来よりも高速大容量化」(小竹氏)で衛星同士、地上と衛星をつなぐ。

 日本は、2005年に打ち上げられた「光衛星間通信実験衛星(Optical Inter-orbit Communications Engineering Test Satellite:OICETS)」(愛称「きらり」)で衛星間を光通信で接続する実証実験を経験している。

 NICTは、小型光トランスポンダー(Small Optical TrAnsponder:SOTA)を開発。SOTAは、衛星「SOCRATES」(Space Optical Communications Research Advanced TEchnology Satellite)に搭載され、2014年に打ち上げ。2016年11月まで運用されていた。

 SOCRATESは、サイズが50cm角、重量が50kgという超小型衛星。SOTAは、NICTの光通信に対応する地上局との間で光子1個のレベルで情報をやり取りする量子通信の実証実験に成功している。

 衛星光通信は、3000GHz(3THz)以下の周波数の電磁波である電波では困難だった数Gbps以上の通信インフラを構築し、高解像度化した衛星画像の伝送にも十分耐えられるという。通信機器の小型化や軽量化も特徴の一つ。アンテナサイズを電波の数メートル級から10cm級にまで小型化し、電波法の規制がないことから国際周波数の調整手続きも不要だ。指向性も電波の約21kmから約18mまで範囲を狭め、高い秘匿性を期待できるとしている(いずれも1000km上空の衛星から発した場合)。

 だが、課題も残っている。大気の屈折率を意味する“大気ゆらぎ”の影響を受けると、「急激なパワー変動が生じて、通信品質が劣化」(小竹氏)してしまうからだ。

 これらの背景から注目を集めているのが、Beyond 5Gや6Gを活用したNTNだ。

 地上に限らず空や海、宇宙を含んだ通信インフラ構築を指すNTNだが、NICTは元より日本電信電話(NTT)に代表される民間企業も研究、開発を進めている。

 講演では、NICTが取り組んできた5つの研究結果が披露された。

光通信機器「HICALI」への期待

 一つめは、NICTが開発した光通信機器「HICALI」(HIgh speed Communication with Advanced Laser Instrument)だ。HICALIは、2025年度に打ち上げが予定されている「技術試験衛星(Engineering Test Satellite:ETS)9号機(ETS-9)」に搭載予定。ETS-9にHICALIやマルチビーム給電部を搭載し、データ伝送の大容量化を実現する光フィーダリンク(通信衛星と大容量のゲートウェイ局を結ぶ双方向の通信回線)で、10Gbps級の地上-衛星間通信インフラを目指した実証実験が予定されている。

 「部品選定プロセスを確立して、民生部品の活用も目指しています」(小竹氏)

 ETS-9の実証実験では、民生用光デバイスを軌道上で評価するとともに、アップリンク/ダウンリンクの双方向通信と捕捉追尾特性や大気伝搬特性を調査する10Gbps級での地上-衛星間光通信も評価する。天候に応じて複数の光地上局を切り替えるサイトダイバーシティや昼間の光通信実験、可搬型光地上局の光通信実験も予定している。

衛星搭載型光通信機器「HACALI」の概要
HICALIミッションの技術仕様とシステム構成
HICALIミッションの技術仕様とシステム構成

「LUCAS」に見えてきた課題

 二つめは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発した「光衛星間通信システム(Laser Utilizing Communication System:LUCAS)」を活用した取り組みだ。2020年11月に打ち上げられた光データ中継衛星(データ中継衛星1号機)に搭載されたLUCASは、静止軌道(GEO)を周回し、地球低軌道(LEO)衛星と衛星間通信の伝送データの大容量化を目指す取り組みを進めている。

 NICTとJAXAは実用化を目指した共同実験として、LUCASと沖縄にあるNICTの光地上局間で通信インフラを確立し、2021年1~2月に機能確定実験を実施。現在は大気伝搬特性や通信特性を評価しているが、今回はその評価結果を披露した。

 衛星から地上へ伝送するダウンリンクの受光パワー特性は、風速が秒速0.5mでは安定するが、風速が秒速1.8mではゆらぎの幅が広がり、瞬断も発生した。「環境との相関性を確認できた」(小竹氏)

 符号誤り率(BER)の観点から同データを見ると、風が穏やかな場合は通信も安定してエラーフリーを達成していたが、風速が速まると瞬断によるBERの上昇が顕著。大気や風といった自然環境の対策も課題の一つと説明した。

電波と光のハイブリッド通信を研究開発

 三つめとなるのが、LEOを周回するキューブサット「CubeSOTA」での取り組みだ。

 CubeSOTAミッションでは、LEO衛星とGEO衛星の間で捕捉追尾、LEO衛星と光通信に対応した地上局(Optical Ground Station:OGS)の間で1~10Gbpsの双方向通信、LEO衛星と成層圏プラットフォーム(HighAltitude Platform Station:HAPS)の間で1~10Gbpsの双方向通信、それぞれが可能かどうか実証実験を計画している。

 CubeSOTAの有用性が証明されれば、利用範囲は大きく広がり、身近なところではドローンと地上局のネットワークにも使用できると小竹氏は説明する。

 このためにNICTは小型光送信機(ST)とフル機能光通信機器(FX)の試作機を開発。STはHAPSやドローン用、FXはLEO衛星やHAPSに搭載される。

 他方でNICTはBeyond 5G研究開発促進事業の一環として「小型衛星コンステレーション向け電波・光ハイブリッド通信技術の研究開発」も手掛けている。LEO衛星を協調させるコンステレーションは実用段階にあるが、電波での周波数割り当てが困難で、通信帯域が不足することは火を見るよりも明らかだ。

 この取り組みは、衛星コンステレーション向けに電波と光を組みあわせて通信する技術と将来の超広帯域光衛星通信システムの実現に向けた研究開発であり、現在逼迫していると指摘される衛星通信用の電波の緩和が目的だ。

 現在、NICTからの委託研究として、アクセルスペースや清原光学、東京大学、東京工業大学が「光/RF通信システムの研究開発」を受託し、日本版衛星コンステレーションの構築を目指している。

ベースモデルとなる光送信/通信機器

複雑なNTNの運用を自動化

 四つめは「適応型衛星光ネットワークの研究」。前述のように、NTNなど衛星間や地球-衛星間の通信インフラが増えるとシステム運用の複雑化につながる。そこでNICTは衛星光通信を適用したNTNの運用自動化に取り組んでいる。

 回線状況を継続的に観測、監視して設定数値を変更する適応型光ネットワークとAI(人工知能)などを組み合わせて適用すれば、前述したダイバーシティの適用など、自動運用化でシステムを維持できるとしている。

 NTNは、GEO衛星とLEO衛星、地上局、衛星制御局を組み合わせたシステムで、「動画のような大容量(ファイル)やオンライン会議のような低遅延を必要とするサービス」(小竹氏)を送受信できるという。そのために、NICTは衛星コンステレーション基盤技術を確立させるため、Space Compassやアクセルスペース、NECとともに開発、実証に取り組んでいる。

NTNを用いた運用自動化の概要
NTNを用いた運用自動化の概要

月面探査でも光通信が不可欠

 最後は「月面探査向けの光通信要素技術の研究開発」。この取り組みでは、2021年からJAXAと共同研究を開始した。GEO衛星を地上-月面間のデータ中継衛星と定め、月に関する各種データを地球に送り届けるというものだ。

 地球と月の距離は約38万kmと遠方ながらも、軽量の大口径光アンテナと高感度光受信技術を活用してデータ中継衛星と月を周回する衛星の間で2.5Gbpsのダウンリンクを目指している。ただし、地上からのアップリンクは40Mbps程度になるという。

 この取り組みは、「Artemis」計画を踏まえると必要不可欠な技術ものと言える。最後に小竹氏は「Beyond 5G、6Gの実現に向けて次世代の衛星光通信技術やNTNの研究開発を継続、推進していきます」と意気込みを語った。

NTNの概要
NTNの概要
月面探査向けの光通信要素技術のシステム構成
月面探査向けの光通信要素技術のシステム構成

Related Articles