解説
深宇宙探査でも必須–「宇宙クラウド」の可能性と解決すべき課題
今や人類は、火星や宇宙の探検を夢物語でなく、2020年7月に打ち上げた火星探査車「Perseverance(パーシビアランス)」で現実のものとして受け取り始めている。そして、撮影したビデオや衛星画像をリアルタイムに処理して識別するために、クラウドコンピューティングが欠かせない技術となる。
電気や情報工学などの分野の学術研究団体であり、技術標準化機関である米国電気電子学会(IEEE)の分科会Aerospace and Electronics Systems Society(AESS)のGlue Technologies for Space Systems Technical Panelでコントリビューターを務めるIEEE上級会員のClaudio Sacchi氏とIEEEフェローのMarina Ruggieri氏は、次のように述べる。
「宇宙探査では、知識という最も大切な武器を携えた、勇敢な人間とロボット探査機が要です。人間と探査機がミッション完遂に必要な知識を得るには、データを材料として使います。地上と宇宙を連携させるインフラは、できるだけ効率よくクラウドデータを提供するために欠かせません」
家で何かの修繕が必要になったとしよう。そんなときは、インターネットで直し方の映像や記事を探すものだ。宇宙飛行士も、データを手早く理解して処理したり、宇宙船のコンピューターを決められた手順で電源再投入して再起動したりする必要に迫られると、まったく同じことをする。どれだけ素早く情報にアクセスできるかが生死を分けることもあり、同僚宇宙飛行士や宇宙船の安全確保にとって必要不可欠な条件となる。
クラウドコンピューティングは、共有サーバー経由で迅速にデータをアクセス、解釈、読み込むため、インターネットを利用している。ロボット探査機を(将来は人間をも)地球からはるかに遠くの宇宙へ送ると、そこで取得したデータを受け取るのに何日もかかってしまう。こうした宇宙探査では、クラウドコンピューティングのような技術が鍵を握る。
IEEE上級会員のAlexander Wyglinski氏は、「情報にいつでもすぐアクセスできる手段を宇宙飛行士へ与えることが極めて重要で、ミッションの成否を左右します」と繰り返した。
概念上は、相互接続したデバイスやネットワークで情報の保存や交換を行うためのクラウドと、宇宙探査での利用が考えられている技術に、違いはない。ただし、Wyglinski氏によると「接続されたデバイス同士の距離と、それに伴う物理的な制約」に違いがあるという。
「宇宙空間のクラウドに接続されているデバイスが、月面や月周回軌道にあったり、火星へ航行中だったり、火星上や地球上に置かれていたり、木星周辺の深宇宙を探査していたりするとしましょう。あるデバイスからあるデバイスへ伝えられる情報は、とても長い距離を旅する必要があり、実現が極めて難しいネットワークになります」(Wyglinski氏)
このような宇宙クラウドを機能させるには、探査機や宇宙船で集めたデータを効率よく伝送して保存できる画期的な方法の開発が必須だ。
「現在、観測データはすべて地球へ送り返して保存と処理が行われています。もっと経済的に深宇宙を探査するには、このやり方を見直さなければなりません。データ送信は、主に太陽光発電で作られる電力を大量に消費しますし、処理負荷が増えると必要な電力の充電回数も増えてしまいます。宇宙クラウドなら今より効率的にデータの保存と伝送が行えるので、消費電力を減らせるでしょう」(IEEEフェローのKaren Panetta氏)
Panetta氏は、AIを使うと「高度な分析が可能で、科学的な疑問に答えられる専門知識が得られる」ので省エネルギーにつながる、とした。
AIの極めて強力な推論能力は、たとえば「宇宙に生命の痕跡はあるか?」という究極の疑問に対する答えを得る際、頼りになるかもしれない。
クラウドコンピューティングは、これから利用されるようになる通信手段なので、宇宙探査になくてはならない。地球上でデータを共有して解釈する、この種の技術開発を技術者たちが続けるので、宇宙クラウドの実現が楽しみだ。