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成層圏の厳しさを理解するソフトバンクが選んだ「LTA型」HAPSという独自性と未来

2025.06.27 08:43

田中好伸(編集部)

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 既報の通りソフトバンクは高度20kmの成層圏から通信サービスを提供する「成層圏通信プラットフォーム(High Altitude Platform Station:HAPS)」の「プレ商用サービス」を2026年から日本国内で提供する。

 プレ商用サービスを提供するHAPSは、米Sceye(スカイ)が開発している「Lighter Than Air(LTA)」型。ソフトバンクは、Sceyeと独占契約を6月20日に締結した。ソフトバンクはSceyeに1500万ドル(約22億円)を出資した。

 Sceyeが開発するLTA型HAPSはいわゆる飛行船。空気より軽いヘリウムのガスで上昇して長時間滞空できるのが特徴。これまでに20回以上の飛行に成功しており、Sceyeは州政府や民間企業との連携を進めているという。

 従来の通信はスマートフォンや車などの対象にした2次元の通信網だが、現行の第5世代移動体通信システム(5G)の後に控える6Gでは、ドローンや無人航空機(Unmanned Aerial Vehicle:UAV)などが増加することで「3次元(3D)」の通信インフラが不可欠になるとソフトバンクは説明する。

 そうした事態を想定して同社は、2017年から「Heavier Than Air(HTA)」型HAPSの研究開発を進めてきた。その流れの中でLTA型HAPSを開発するSceyeと連携することで、HAPSの商用化を進め、3Dの通信網構築を進めていく。

HAPSを含めたNTNで「ユビキタストランスフォーメーション」(UX)を実現させようとしている(出典:ソフトバンク)
HAPSを含めたNTNで「ユビキタストランスフォーメーション」(UX)を実現させようとしている(出典:ソフトバンク)

災害対応で生きるHAPS

 LTA型HAPSで2026年から提供するプレ商用サービスは、災害対策を想定して限定的に通信サービスを提供する。6月26日に開催した記者会見でソフトバンク プロダクト技術本部 ユビキタスネットワーク企画統括部 統括部長の上村征幸氏は、プレ商用サービスについて「技術実証の場であり、実験データを収集する」ものになるとの見方を明らかにした。一般のユーザーに提供するかどうかは検討中の段階と説明し、社内に限定したものになるのではないかと説明した。

 上村氏は、(HTA型とLTA型の両方を含めた)HAPSのメリットとして、直径200kmのエリアに通信サービスを提供できると説明した(地上の基地局だと3~10km)。地震や大雨などの自然災害で進入路が崩落したり水没したりするなどの被害で孤立した地域に上空から即座に通信サービスを提供できるのがHAPSがもたらすメリットになる。

 災害対策としてHAPSを活用するメリットとしては、リモートセンシングを挙げている。道路状況の各設備の被災状況をリアルタイムに把握することで被災地で必要な機材や物資、災害派遣方針の策定に活用できるという。

Sceye機体紹介動画(出典:ソフトバンク / YouTube)

基地局の延長としてのHAPS

 プレ商用サービスでのHAPSの飛行時間は10日間を考えている。プレ商用サービスでのHAPSに搭載する通信機器はソフトバンクのもので、周波数帯域は2.1GHzと説明。災害への対応を考えるとLTEに接続できることを想定しているという。スループットは非公開としている。

 通信サービスは、これまで従来の基地局などで構成される地上系ネットワーク(Terrestrial Network:TN)しかなかったが、HAPSに加えて地球低軌道(LEO)や地球静止軌道(GEO)などを周回する衛星のコンステレーションを含めた非地上系ネットワーク(Non-Terrestrial Network:NTN)をいかに組み合わせるかが重要になってきている。

 NTNに視点を向けると、現在は衛星とスマートフォンの直接通信(「モバイルダイレクト」とも呼ばれる)も活用されるようになっている。記者会見で上村氏は同社が提供するHAPSについて「衛星よりはスループットが圧倒的に高い」と主張した。特に「上り(アップロード)は衛星より速い」とした。高度数百キロメートルのLEOと高度20kmの成層圏の違いがあるためだ。

 災害対策を考えると音声通話は欠かすことができない。衛星との直接通信は現時点で、SMSやRCSなどのテキストメッセージの送受信、緊急地震速報などの受信、現在地の位置情報の共有に対応している。つまり、衛星との直接通信では音声通話に対応できていない。衛星との直接通信は「キャリアが提供する災害対策としては不向き」(上村氏)

 プレ商用サービスで活用する機体は1機を想定。実際に運用することで実証し、運用上の課題を洗い出すことを考えている。そこから考えると「2027年以降は2機が必要になるのではないか」(上村氏)。プレ商用サービス中に活用するHAPSでは、北限があるため、「日本全国をカバーすることは考えていないが、本州をカバーすることはできる」としている。

 2026年に活用するLTA型について、ソフトバンクは周波数などについて総務省とやり取りを進めている。また、発着場所であり格納庫であるハンガーの場所について関係各所と議論を進めている。HAPSを飛行させることについて国土交通省と話を進めており、「新しい法制度を作らずに現行の法制度で対応できるのではないか」という感触を得ていることも明かした。

 現時点で同社は2027年以降に災害時通信に加えて定常通信(地上局の圏外エリアでの利用を想定)を提供することを考えているが、HAPSの利用料金を「取ることは基本的に考えていない」(上村氏)。HAPSは「現在の基地局の延長として使えることを考えており、エンドユーザーには分からないようにしたい。基地局と違いがないようにしたいと考えている」

(出典:ソフトバンク)
(出典:ソフトバンク)

過酷な環境の成層圏

 ソフトバンクは2017年からHTA型の研究開発を進めてきた。現に成層圏から5Gの通信試験に成功しておりUAV「Sunglider」の成層圏の飛行にも成功している

 それが、ここに来てLTA型の商用サービスが見えてきた。なぜか。その理由について上村氏は「LTA型が想定より進んでいた」と説明する。

 LTA型とHTA型を含めて高度20kmという成層圏を飛行することが前提だ。成層圏は地上よりも「紫外線が強く、温度もマイナス50度と過酷な環境」(上村氏)。LTA型は飛行船と同様の形態であり、そうした環境に耐えられる「マテリアル(素材)が重要になってくる」

 HTA型の研究開発を進めていく同社は、成層圏という環境の厳しさを理解するようになり、成層圏の厳しさに対応できるLTA型を開発しているSceyeに注目するのは無理のないこととも表現できる。

 現在のHTA型では何が難しいのか。上村氏は「バッテリーやモーター」などを挙げている。LTA型とHTA型の両方に言えるが、HAPSは夜間も飛行することになる。HTA型だと搭載する太陽電池パネルで充電し、夜間は充電した電気で飛行する。

 HTA型は赤道付近で実証実験を進めている。赤道付近では問題がないとしても、赤道よりも緯度が高い日本だと問題が発生する。十分な電力を貯めるためには「機体が大きいものになっていく」。機体が大きくなると、機体の重量も大きくなる。飛行するためのパワーも大きくなってしまう。

 しかし、HTA型を同社は諦めていない。HTA型は機体速度がLTA型より速いために、より短時間で成層圏に到達できる。発災時には短時間で成層圏に到達することが求められる。また、LTA型とHTA型は「滞空性能も大きく違う」。そうしたことからソフトバンクはLTA型とHTA型の両方を狙っていき、両方を併用する未来を考えている。

(出典:ソフトバンク)
(出典:ソフトバンク)

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ソフトバンク プレスリリース

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