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「宇宙や成層圏から5G」実現には課題山積–日本特有の事情も【石川温レポート】

2022.08.08 10:00

石川温

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 2030年までに始まると言われている「6G」。

 具体的な技術要件などはこれから決まっていくが、なかでも注目なのが「空・宙」だ。

 すでに空・宙から電波を吹くことで、空中や地上を一気にエリア化する構想が動き出しており、6Gを待たずして実用化しようとしている。

  例えばスマートフォン向けチップ「Snapdragon」を提供するQualcomm、ネットワーク設備を手がけるEricssonらが、低軌道衛星を活用して世界で5Gエリアを構築する計画が発表になった。

 日本でも全国津々浦々でスマートフォンやIoT機器が通信できるようにエリア化を進めて行くために衛星や飛行機を活用する動きが活発になっている。

 5Gや6G時代に向けて山中などあらゆる場所に基地局を建設しないといけない。基地局からネットにつながるには光回線が必要となるが、山中に光回線をひくというのは下手をすると億単位の設備投資費がかかるとされている。しかし、その基地局を使うユーザー数は限定的であるため、投資コストに見合わないというのが課題となっていた。

 しかし、空や宙から電波を飛ばせば、さほどコストがかからず、エリア化を実現できる。あらゆる場所で通信を行えるようにするために、国内のキャリアが一斉に空や宙に注目しているのだ。

 2022年度中にも展開が進むとされているのがKDDIだ。

 TeslaやTwitter買収未遂でおなじみのElon Musk氏が率いるSpace Exploration Technologies(SpaceX)と提携。すでに世界でサービスが提供されている「Starlink」を活用し、いまだに「圏外」となっている場所のエリア化を実現しようとしている。Starlinkは、高度約550kmを飛ぶ2000基近い衛星を飛ばし、地球に向けて通信サービスを提供している。すでに10万人以上が契約し、直径約55cmのアンテナを用いることで100Mbps超の高速インターネットを提供している。

 KDDIではStarlinkの衛星サービスを直接、ユーザーに提供するのではなく、基地局のバックホール回線として利用する計画だ。光回線を敷設できない場所となる1200カ所超に衛星アンテナを設置し、周辺をエリア化するというわけだ。

KDDIはStarlinkの衛星回線を基地局のバックホール回線に利用する

 一方、衛星と直接、通信してしまおうとしているのが楽天モバイル「スペースモバイル計画」だ。アメリカの衛星ベンチャー企業である「AST & Science」と提携。2023年中の国内展開を目指す。スペースモバイル計画が画期的なのは、衛星と通信する専用デバイスが一切不要で、衛星とスマートフォンが直接、通信するというのだ。すでにユーザーが持っているiPhoneやAndroidが衛星と結ばれることで日本全国で通信が可能になる。

 楽天モバイルは計画を大幅に前倒しし、すでに人口カバー率で96%を達成している。しかし、既存3社は99.99%を超えている。楽天モバイルはスペースモバイル計画を実行することで、既存3社を逆転したい考えだ。

 ただし、スペースモバイル計画は前代未聞のプロジェクトということで様々な課題も多い。

スペースモバイル計画は高度約700kmの低軌道に人工衛星を多数打ち上げる。1基で直径3000キロメートルをカバーし、その中の直径20kmメートルほどのエリアにビームを当てて、通信サービスを提供するという。

 業界関係者は「そもそも700kmも離れた衛星とスマートフォンが直接、通信できるのか疑問だ。せいぜい100kmぐらいが限界のはず」と首をかしげる。一方で別の業界関係者は「アンテナは耳のような役目をしている。耳のサイズが大きければ、声を聞くことができる。アンテナさえ大きければ、スペースモバイル計画も不可能ではないのではないか」と語る。

 実際、スペースモバイル計画で飛ばす衛星のアンテナはテニスコートほどにもなるという。

スペースモバイル構想ではテニスコート大の通信衛星を低軌道に浮かべるという

 もうひとつの課題が制度面だ。そもそも、日本国内でも海外でもスマートフォンが衛星と直接、通信するという前提になっていない。日本でも技術基準適合証明(技適)が衛星との通信を想定したものにはなっていないなど、制度の変更が必要なのだ。このため、楽天モバイルでも総務省などの関係各社と議論を進めている模様だ。

スペースモバイル構想に関する総務省の議論

 「スマートフォンと直接、通信する」という点において現実味を帯びているのがHAPSだ。

 上空20キロの成層圏に太陽光発電をエネルギーとする飛行機を旋回し続ける。この飛行機と地上局が通信回線で結ばれている一方で、飛行機からはスマートフォンが通信できる電波を地上に降らせる。そうすることで、日本全国人口カバー率100%のエリアカバーを実現するというものだ。

 NTTとスカパーJSATはジョイントベンチャー「Space Compass」を2022年7月に設立している。同社はHAPSを展開予定で、40基の飛行機で全国をカバーできるとしている。Space Compassは携帯電話会社向けにサービスを提供するという。資本関係から推測するとNTTドコモが同社のサービスをユーザーに提供する可能性が高いだろう。同社では2025年には日本国内でサービスを提供するとしている。

 しかし、この「2025年に日本で」という点に関して疑問を抱くのがソフトバンクの宮川潤一社長だ。ソフトバンクは2017年に「HAPSモバイル」という会社を作るなど、HAPSに関して早い段階から計画を立て、実験などを行ってきた。衛星からの通信サービスの提供に関して、日本でもトップクラスの知見を持つ。 

 宮川社長は次のように語る。

 「われわれも日本でHAPSサービスを立ち上げるべく企画してやってきた。HAPSの業界で国際標準化をするためにHAPSアライアンスも作って、政府機関等などにアプローチしながら標準化に取り組んできたが、世界の標準化が終わるのは、おそらく2027年だと読んでいる。簡単に電波を上空から発射することができない環境だ。もちろん、プレサービスや、ITU(国際電気通信連合)の規格が必要ない国での展開は、不可能ではない。プレサービスを2026年くらいには実現したいと思って準備しているが、日本の上空はジェット気流があり、サービス提供は難しく、事業者から言うと不利な状況であることは間違いない。日本の上空でできるなら、他の国では簡単にできるというくらい気流が激しいエリアだ。われわれとしては、日本よりももう少し温暖なアフリカやアジア諸島、その中でもオーストラリアは非常にニーズが高いので、そういったところからやりたいと計画をしている」(宮川社長)

 空・宙から電波を飛ばせれば、手っ取り早く人口カバー率100%を達成できそうだが、技術面、制度面でまだまだ課題は山積みといったところのようだ。

 

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