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建物の内側や地下でもどこにいるか分かる–JAXAとMetComが取り組み開始
2024.03.01 14:17
MetCom(東京都中央区)と宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2月29日、「地上波方式測位システム」について共創活動を開始したと発表した。新事業創出プログラム「JAXA宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)」の枠組みで進める。
今回の取り組みでは、MetComが提供を計画している、都市部で地下や屋内、屋外を問わずにシームレスに位置情報が分かるという「MBS(Metropolitan Beacon System)3次元測位サービス」にセンチメーター級測位補強信号を活用した「MADOCA-PPP」による時刻同期情報を組み込むことで基地局間の時刻同期精度の2桁向上を目指す。
MetComが建設する地上基地局の衛星信号受信アンテナに対して、JAXAが研究開発を進めるアレイアンテナ技術を組み込むことで、耐干渉性を高め、安全性を向上させる取り組みも進める。
米GPSに代表される測位衛星システム(GNSS)は、地球全体をカバーする位置情報インフラであり、衛星が発する電波の時刻情報を分析することで受信端末の位置を計算する。
だが、高度2万kmの衛星から発せられる電波は地表到達までに大きく減衰し、建物の中や地下で受信することはほぼ不可能。
MetComは、地上波システムとしてGPSと同等の測位システム「MBS」を構築、運用しようとしている。都市部全体をカバーする地上基地局から強度がGPSの10倍というGPSと同等の電波を発信することで、建物の中でも地下でも、GPSと同じ方式で受信端末の位置が計算可能という。
電波妨害にも強いシステムとするMBSは、電波測位に加え独自の気圧分析技術を併用していることで垂直方向の測位についてGPSよりも高い精度が実現できるとしている。MBSの電波は暗号化していることから、なりすましも防止可能と説明する。
MADOCA-PPPは、JAXAが開発した、複数のGNSSに対応した、高精度な軌道時刻を推定できるというソフトウェア「MADOCA」(Multi-GNSS Advanced Demonstration tool for Orbit and Clock Analysis)で生成された補強情報でセンチメートル級で測位できるという、高精度な測位補強サービス。内閣府が準天頂衛星システム「みちびき」から配信するサービスは2024年から正式サービスを開始する予定。
MetComは、MBS3次元測位の時刻同期にMADOCA-PPPに基づいて時刻情報を組み込む。時刻同期情報にGNSSのみを利用した場合に比べ、MADOCA-PPPに基づく時刻情報を利用することで基地局間測位精度が2桁向上できるという。距離に換算すると数メートル級から数センチ級の誤差になるとしている。
JAXAが開発中のアレイアンテナ技術に対して、MetComが建設する地上基地局の衛星信号受信アンテナとしての有効性を検討し、アレイアンテナ技術の開発にフィードバックする。
JAXAは、MADOCA-PPPを活用した時刻同期技術を研究開発するとともにアレイアンテナ技術を研究開発する。
具体的には、GNSS衛星からの時刻情報を補正する「1PPS(Pulse Per Second)校正機」を開発、試験して、MADOCA-PPPを活用する新たな利用分野として高精度時刻同期機能をJAXAが研究開発を進めている高精度単独測位ソフトウェア「MAdoca-ppp-LIBrary(MALIB)」に追加する。
加えて、地上基地局の衛星信号受信アンテナをアレイアンテナ化することで耐干渉性を向上させるよう研究開発を進める。
衛星から送信される測位信号は長距離を伝播するため受信時には強度が弱くなることから、ジャミング(妨害)やスプーフィング(なりすまし)といった脅威を受けやすくなる。そこでアレイアンテナ化することで指向性を高め、特に「みちびき」からの測位信号を優先的に受信する機能を持たせることで、ジャミングやスプーフィングに対する耐性を向上し、安全性、信頼性の改善を目指す。
GPSや「みちびき」などでの位置情報は日常生活に必須なツールとなっているが、「位置情報は屋外で使うもの」ということが大前提となっている。JAXAによると、この大前提を打破する方法がさまざま提案されているが、建物の外側と内側をシームレスにつなぐ、コストや精度のバランスを満たしたサービスはまだ現れていないのが現状という。
この大前提を打破するものとして、建物の外側と内側、地下に関係なく位置情報を提供するのがMetComのMBS3次元測位サービスと位置付けている。
測位信号を独自の地上基地局から送信することで、衛星通信より高い受信強度を確保可能な電波に乗せられるため、地下や屋内にも測位信号を届けられるとする。また、MetComが提供を計画している時刻配信サービスは、衛星通信より高い受信強度を実現可能な電波に時刻情報を乗せることで電波妨害などに対して耐性を高められるという。
時刻配信サービスの応用分野として、通信システムや金融系ネットワーク、データセンターや電力網の同期などミッションクリティカルな業務について、安定していて信頼性の高い時刻同期をもたらせるとしている。
JAXAは、今回の取り組みについて「小さな子どもや高齢者の見守りサービスでビル内や地下で所在地が分からない」「建物火災で救助活動中に不測の事態が発生し、無線通信が途切れた消防士がどこで動けなくなっているか分からない」「ドローンなどの飛行中に機体位置が分からない」といった事態を解消できると説明する。
近年は、ジャミングやスプーフィングなど、衛星を活用した「位置・航法・時刻(Positioning, Navigation, Timing:PNT)システム」を難しくしたり不能にしたりする事態が世界的に多発していると解説する。
交通や電力網、通信インフラなど社会基盤の安定運用に必須であるPNTシステムに対する脅威が世界各地で顕在化する中、衛星測位を補完するPNTシステムの必要性の認識が世界的に高まっており、米国や欧州連合(EU)、英国では、政府による補完PNT構想が進行中という。
JAXAとMetComの今後の取り組みは、「みちびき」と地上波システムのMBSを組み合わせることで、日本で制御、運用できる補完PNTシステムの構築を志向するものでもあり、その点でも大きな意義があると強調している。
関連情報
JAXAプレスリリース