スカパーJSATが設立--デブリ問題をレーザー活用するOrbital Lasersの独自性

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スカパーJSATが設立–デブリ問題を「レーザー」で解決狙うOrbital Lasersの独自性

2024.02.02 11:15

田中好伸(j編集部)

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 スカパーJSATは新会社Orbital Lasersを1月12日に設立した。新会社はスカパーJSAT社内のスタートアッププログラムで始まった、レーザーを活用した宇宙ゴミ(スペースデブリ)除去を事業化したものになる。スカパーJSATが1月30日に発表した。

 スカパーJSATは新事業の芽を探すために2018年に社内でスタートアッププログラムを募集。2019年に手を挙げたのが、新会社で代表取締役社長を務めている福島忠徳氏だ。

 福島氏は2005年にスカパーJSAT(当時はJSAT)に入社して、同社が運用する静止軌道衛星の運用準備マネージャーや低軌道衛星の運用設計、衝突回避の運用設計など衛星運用を14年間経験。衛星運用を経験してきたことでデブリがもたらすリスクを感じていた。そうしたところに社内スタートアッププログラムが開始、レーザーでデブリ問題を解決するプロジェクトを立ち上げて、プロジェクトリーダーになった。

 その後、2020年に理化学研究所にレーザーの開発チームを立ち上げて、理研の開発チームリーダーも兼務するようになった。以降、学術界や企業との連携を構築しながら、技術を開発するとともに事業も開発して、事業化の道を探っていた。

 スカパーJSAT代表取締役で執行役員社長の米倉英一氏は、社内スタートアッププログラムについて「衛星ビジネスを進化させないといけない」と説明。今回新会社を設立したことについては「人事発令して(福島氏の)所属を外して資金を投入することを決めた」と解説した。

Orbital Lasersで代表取締役社長を務める福島忠徳氏(2022年4月撮影)
Orbital Lasersで代表取締役社長を務める福島忠徳氏(2022年4月撮影)

「どこに逃げればいいのか分からない」

 改めて言うまでもなく、デブリがもたらすリスクは無視できない。衛星を運用する中で福島氏は、デブリの危険を避けるためのアラートが「多すぎる。どこにどう逃げればいいのか分からない」という声が寄せられたと説明した。

 2023年12月時点で運用中の衛星は約9000機。対して軌道が判明しているデブリ、つまり地上から追跡できるデブリの数は約3万5150個。大きさ別にみると、10cm以上が3万6500個、1~10cmが100万個、1mm~1cmが1.3億個と考えられている。

 高度700~800kmを周回するデブリは秒速7.5km、時速にして約2万7000kmで飛行している。デブリの大きさが1mmだとしても、その衝突エネルギーは野球のボールが時速約100kmでぶつかるものと同じと考えられている。大きさが数ミリだとボウリングの玉が時速約100km、大きさが1cmだと小型車が時速70~80kmでぶつかるのと同じ衝突エネルギーになる。

 実際に高度400kmを周回している国際宇宙ステーション(ISS)のロボットアームに小さなデブリが衝突して、数ミリの穴が開いてしまうという事故が起きている。

 加えて厄介なのが、デブリが増加する現象が発生してしまっていることだ。分裂や爆発、衝突などの“イベント”がこれまでに640回以上起きている。

 2007年に中国が、2021年にロシアが衛星破壊実験(Anti-SAtellite Test:ASAT)を実施。また、2009年にはロシアの運用を終えた衛星が、米Iridiumが運用中の通信衛星と衝突した。こうしたイベントによって地球低軌道(LEO)を周回するデブリは一気に増加してしまっている。なお、ASATは国連総会で2022年12月に禁止する決議が承認されている

イベントでデブリは急激に増加する(出典:スカパーJSAT、Orbital Lasers)
イベントでデブリは急激に増加する(出典:スカパーJSAT、Orbital Lasers)

 まして、複数の衛星を協調して動作させる“コンステレーション”が増えている。インターネット通信のOneWebで6000機以上、Space Exploration Technologies(SpaceX)の「Starlink」で4万2000機以上、Telesatで300機以上、Amazonの「Kuiper」で3000機以上もの衛星が今後運用される。その総数は5万機以上になる。「メガコンステレーション」もデブリ問題を複雑化させる要因と指摘されている。

 ある研究では、高度1000~1325kmを周回する6700機の衛星が事業が50年続くケースでコンステレーションを考慮しても、90%が「適切に」運用を終了したとしても、10cm以上のデブリが590%も増えるということが明らかになっている。衛星を活用したビジネスが終わった後にデブリが自己増殖すると考えられている。

 こうしたデブリの現状に対して、米航空宇宙局(NASA)や日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)などの宇宙機関は、国際機関間スペースデブリ調整委員会(The Inter-agency Space Debris. Coordination Committee:IADC)でデブリを低減させるためのガイドライン(PDF)を取り決めた。高度2000km以下の地球低軌道(LEO)を周回する衛星は運用終了してから25年以内に軌道を離脱して大気圏に再突入することが定められている。

 この「運用が終了した衛星を軌道から離脱させる」というデブリ対策の考え方は「PMD(Post Mission Disposal)」と呼ばれる。つまりは「使い終わったらゴミ箱に捨てる」(福島氏)考えだ。言い換えると、PMDはゴミを増やさない。

 PMDとは別のデブリ対策として「ADR(Active Debris Removal)」がある。すでに軌道を周回しているデブリを除去、すなわち「すでにあるゴミを拾ってゴミ箱に捨てる」(福島氏)という考え方だ。

非接触でデブリを動かす

 Orbital Lasersでは、このADRにレーザーを活用する。同社のデブリ除去事業は、回転しているデブリを止める「デタンブリング」事業と、ADR事業の2つで構成される。どちらにも活用されるのが「レーザーアブレーション」という物理現象だ。

 レーザーアブレーションとは、物質にレーザーを照射すると、表面の物質の一部がプラズマ化したり気化したりすることで放出される物理現象だ。放出された反動で物質は動くことになる。一般的にレーザーアブレーションは微細加工や元素分析などに使われる。

レーザーアブレーション(出典:スカパーJSAT、Orbital Lasers)
レーザーアブレーション(出典:スカパーJSAT、Orbital Lasers)

 ADRには、ロボットアームでデブリを捕まえる、デブリに網をかけるなどさまざまな方法が検討されているが、これらはいずれも物理的にデブリと接触することが前提だ。

 Orbital Lasersが開発するレーザー方式は、「物理的に接触せずにデブリを移動させることが可能」として、福島氏は安全性を強調した。物理接触の場合、間違えて何かの拍子にデブリを思わぬ方向に飛ばす可能性があるからだ。

 福島氏が本誌での取材(2022年6月)に答えているように、レーザー照射する部位やタイミング次第では物体の回転を止めることも可能だ。例えば「捕獲する必要があるが、複雑に回転していて難しい」場合には有効。回転の方向やデブリの形状を見て、適切な部位に照射すれば回転をコントロールできる。

 レーザー方式のメリットとして経済性が高いと福島氏は会見で挙げている。

 デブリを移動させるための燃料をサービス衛星で搭載する必要がない。デブリに何かを取り付ける必要もない。捕獲する場合の、捕獲に出動した衛星とデブリが一体となり移動することと比較すると、レーザー衛星だけの移動であれば経済性は高い。

 「約150kgの小型の物体であれば、1日ぐらいレーザーをあてることで回転を止められる」(福島氏)

 標的となるデブリの重量次第だが、150kgであれば、10km程度の高度変更を数週間で実施可能と説明する。大きな軌道変更(1200km→600km)だとしても、理想的には2年程度で目的を達成できるとされる。「対象のデブリが8トンという大型でも、3カ月という時間で回転を止められる」(福島氏)

いかにしてデブリの回転を止めるのか

 先に挙げたデタンブリング(Detumbling)は、回転しているデブリにレーザーをあてて、デブリの回転を止めるというものだ。Orbital Lasersは、デブリを除去しようとする事業者に、回転しているデブリの姿勢を安定化させるために、レーザー装置をペイロードとして販売する。

 例えば、ロボットアームで捕まえるといった物理的にADRを実行する事業者であっても、回転するなど姿勢が不安定なデブリを捕まるためには、まずはレーザーでデブリの回転を止めることが重要になってくるからだ(対象デブリの回転にあわせるなどを考えると、燃料がより必要となり、打ち上げる衛星の重量が増加することになる)。

ADRのシナリオ(出典:スカパーJSAT、Orbital Lasers)
ADRのシナリオ(出典:スカパーJSAT、Orbital Lasers)

 Orbital Lasersは、デブリ除去事業者にレーザー装置を販売するが、デブリ除去事業者の打ち上げた宇宙機が狙う軌道に到達した後で、レーザー装置の運用をOrbital Lasersがサービスとして提供することも考えている。

 販売するレーザー装置は、200kg級の衛星に搭載できるものを想定して開発する考えだ。対象となるデブリとの距離は100mを考えているという。

 デタンブリング事業としてレーザー装置の開発とADR事業者への販売は2025年を想定している。レーザー装置をOrbital Lasersが衛星に搭載して、Orbital Lasersが自らデブリを除去するADR事業も考えており、2029年にADRをサービスとして提供する計画も打ち出している。

レーザー装置を販売する(出典:スカパーJSAT、Orbital Lasers)
レーザー装置を販売する(出典:スカパーJSAT、Orbital Lasers)

 デタンブリングとADRはどんな顧客が購入、利用することになるのか。福島氏は各国政府の宇宙機関を想定している。また、衛星コンステレーションを運営する民間企業もOrbital Lasersのユーザーになり得ることも明かしている。

 デブリ除去というと、アストロスケールを思い浮かべるだろう。本誌の取材に対して、アストロスケールが希望すれば、Orbital Lasersからアストロスケールにレーザー装置を販売することは十分にあり得ると福島氏は答えている。

 Orbital Lasersはレーザーでデブリを移動させて除去する軌道上実証計画を2027年に予定している。

レーザーの方が実用的

 福島氏は2020年に理化学研究所にレーザーの開発チームを立ち上げたが、この開発チームに加わったのが、現在理研の光量子工学研究センター 光量子制御技術開発チームでチームリーダーを務めている和田智之氏だ。レーザーアブレーションの技術的基盤を開発しているのが和田氏のチームだ。

 Orbital Lasersの事業化では、技術的基盤の開発に一定のメドが立ったことが大きい。

 レーザーを装置から出すと、装置は一定の熱を出すことになる。そのため、装置をいかに冷やすかが問題となったという。また、レーザー装置はロケットで打ち上げられるが、この振動にどう耐えるかも課題となっていたと説明。こうした課題をクリア可能となったことでOrbital Lasersはビジネスを始められるようになったと福島氏は説明する。

2023年6月のイベントで講演する和田智之(わだ・さとし)氏
2023年6月のイベントで講演する和田智之(わだ・さとし)氏

 会見では、東京大学の特任専門員を務める平子敬一氏も登壇。平子氏はJAXAで大型衛星の開発に携わっていたとし、デブリを研究していたこともあると説明する。そうした立場から平子氏は、デブリの物理接触の手段は結構難しいとの見方を示した。「レーザーの方が実用的」と説明し、「デブリの回転を止めることがポイントになってくる」と解説した。

「LiDAR」って何だ?

 Orbital Lasersは、このレーザーという技術を活用した事業をもう一つ進める方針だ。レーザーを当てて反射して帰ってくるまでの時間を測定することで反射した場所やモノまでの距離が分かる「LiDAR(Light Detection And Ranging)」技術を活用する「衛星LiDAR」事業だ。

 スマートフォンにも搭載されている、意外に身近な技術であるLiDARだが、Orbital Lasersの衛星LiDARは、衛星から地表面にある建物や木などの高さを高精度に測れるという利点がある。

 光学衛星の撮影画像をもとに地図などが作れるが、建物や木などの高さはどうしても誤差が出てしまう。2Dの画像を3D化(つまり立体化)する際には、高さを示すデータは光学衛星がどの角度から撮影したのか計算する(指向方向から計算)が、指向誤差や画像品質から誤差が出る。ここで衛星LiDARを活用すれば、建物や木などの高さをより高精度に測れるようになる。

 衛星LiDARを活用すれば、地球のリアルな3Dマップを作ることが可能だ。森林の高さを測定することでカーボンクレジットの評価といったことにも活用できる。

 デブリ除去でのデタンブリング事業やADR事業はスケジュールを明確にしているが、衛星LiDAR事業のスケジュールは現時点で未定となっている。

(左から)Orbital Lasers 代表取締役社長 福島忠徳氏、スカパーJSAT代表取締役 執行役員社長 米倉英一氏(出典:スカパーJSAT)
(左から)Orbital Lasers 代表取締役社長 福島忠徳氏、スカパーJSAT代表取締役 執行役員社長 米倉英一氏(出典:スカパーJSAT)

関連リンク
スカパーJSATプレスリリース

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