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トヨタの有人月面探査車、2029年打ち上げへの進捗を解説–再生型燃料電池を採用

2023.07.21 18:02

小口貴宏(編集部)

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 トヨタ自動車は7月21日、2029年の打ち上げに向けて開発中の有人与圧探査車(ローバー)「LUNAR CRUISER」の進捗状況について明かした。

 LUNAR CRUISERは、トヨタ自動車と宇宙航空研究開発機構(JAXA)が共同開発している月面与圧ローバーだ。米航空宇宙局(NASA)が主導する月探査計画「Artemis」を見据えて開発されており、2018年に初期検討がスタート、2022年にはJAXAからの委託によって先行開発研究が始まった。

 また、同車両には「動くホテル」という側面もある。与圧された居住スペースは4畳半ほどで、ここに2人の飛行士が1カ月連続で滞在する。その間、飛行士は着陸船には戻らない前提だ。

 「1カ月間は車内で寝泊まりすることになる。月面探査をするには遠くに行かなければならず、基本的に帰ることはできない」──。トヨタ自動車で月面探査車開発プロジェクト長を務める山下健氏はそう説明する。そのため、いかに乗組員のストレスを減らせるか、気持ちが盛り上がる快適な空間になるかといったユーザー体験(UX)部分も重点的に開発しているという。

トヨタ自動車で月面探査車開発プロジェクト長を務める山下健氏

 なお、Artemis計画では、人類が月から離れている間は、地球からの遠隔操作によって観測ミッションを継続することも計画している。

再生型燃料電池を採用

 今回の説明会では、LUNAR CRUISERのエネルギーシステムに再生型燃料電池(Regenerative Fuel Cell:RFC)を採用することも明かされた。RFCは、燃料電池を使用した際に生じる水を電気分解し、「燃料」となる水素と酸素を再度取り出す技術だ。

 「月面は昼が2週間、夜が2週間続く」といい、RFCを利用すれば、太陽光エネルギーを得られる昼の間に、水を電気分解してエネルギー源となる水素と酸素を蓄えられる。そして、月には氷として水が豊富に存在するとされており、燃料を現地調達できる利点もある。

 RFCの基盤技術となる水電解技術については、三菱重工業とも連携。さらに、タンクの軽量化などの工夫で、リチウムイオン電池と比較して小型軽量なエネルギー源として活用できるという。

 また、トヨタ自動車はRFCの技術について「2029年を待たずに地上の暮らしにも還元していく」といい、水と太陽光だけで発電できる同技術が、離島や被災地の発電にも活用できると説明した。

さまざまな困難に直面

 「わからないことをわかろうとすると、もっとわからなくなる」と山下氏は語り、LUNAR CRUISERの開発にあたって、さまざまな困難に直面していると明かした。

 月面は地球の環境とは大きく異なり、真空に加え、クレーターや大きな傾斜、岩石、そして車輪を空転させる細かい粒子「レゴリス」に覆われている。また、月面の重力は地球の6分の1だが、その挙動を地球上で確かめる術はなく、シミュレーションに頼る必要がある。

 これら課題に対抗するため、トヨタはランドクルーザーで培った設計と電動技術を融合。さらに、レゴリスに向く金属製タイヤをブリジストンと共同で開発している。

 今後は原寸大のオフロードテスト車を用い、屋外フィールドでの検証を開始するという。また、レゴリスの再現については、おがくずなどを採用するという。

 加えて、月面は強い放射線に晒されており、電子機器は放射線からの防護が必須となる。また、自動運転機能を備える計画だが、月には米GPSのような測位システムが存在しないため、加速度の積分から位置を推定する慣性航行や電波航法、恒星の位置から姿勢角を推定する「スタートラッカー」などの採用を検討している。

 なお、2029年を目標にしている打ち上げにはNASAのロケットを使用。車両の質量は10トンにも達するが、分割せず一度に打ち上げる計画だという。

 開発が遅延する可能性について山下氏は「スケジュール通りに作る」と明言した。なお、打ち上げの2〜3年前、つまり2026〜2027年までには大まかな開発を完了させる必要があるとも述べた。

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