インタビュー

弾丸より速い宇宙ゴミ、放置すれば日常生活が停滞–除去めざすアストロスケールの現在地

2023.12.29 07:30

日沼諭史藤井涼(編集部)田中好伸(編集部)小口貴宏(編集部)

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 地球の近くを周回している人工衛星は現在数千機あり、これから打ち上げが予定されている待機中のものは通信衛星だけでも5万機を超えると言われている。宇宙開発や宇宙データ利用のために打ち上げは今後ますます増加していくと思われるが、懸念点もある。それはスペースデブリと呼ばれる宇宙ゴミの存在だ。

 地球の軌道を弾丸並の速さで周回するスペースデブリは、他の衛星や国際宇宙ステーション(ISS)にひとたび衝突すれば多大な被害をもたらす可能性がある。デブリがこのまま増え続けると衝突リスクが飛躍的に高まり、いずれは人工衛星や探査機などを打ち上げられなくなるかもしれない。

 そこで、スペースデブリを大気圏に落下させるなどして除去し、さらには今後の増加傾向にも歯止めをかけようと活動しているのが、日本の宇宙ベンチャーであるアストロスケールだ。2013年に同社が設立されてから約10年、事業がどのような状況にあるのかをアストロスケールの日本子会社で上級副社長を務める伊藤美樹氏に伺った。

話を伺ったアストロスケール 上級副社長 伊藤美樹氏

スペースデブリ除去に立ち塞がる困難

 アストロスケールは、現在最高経営責任者(CEO)の岡田光信氏が立ち上げた宇宙ベンチャーだ。岡田氏は大学卒業後に当時の大蔵省に入省。いくつかの起業も経て、40代になってからスペースデブリ問題を知り、これを解決するために同社を設立したという。2015年には開発製造拠点となる本社を東京・墨田区に置き、現在では英国や米国、フランス、イスラエルにも子会社を設立している。

まるで宇宙船のような雰囲気のアストロスケール本社

 「スペースデブリ除去」や「軌道サービス」という括りで見れば競合は世界に約70社あるが、その多くが部分的な技術やサービスを提供する企業だという。スペースデブリ除去など軌道上サービスを提供する人工衛星やシステムの開発、運用に加えて、既存衛星のメンテナンスサービスなど「全部に取り組んでいるのは当社だけ」(伊藤氏)というのが強みだ。

 そもそも創業時に岡田氏がスペースデブリに着目したのは、参加した宇宙関連の学会で研究者らが重要課題として挙げていたことだという。研究者らは「このままでは宇宙が使えなくなる」可能性を指摘していたが、実際にスペースデブリの問題を解決しようとする具体的な動きはほとんどなく、ブルーオーシャンであると捉えてチャレンジを決めたという。

 しかし、スペースデブリを除去するにあたっては多くの困難が伴う。1つは危険性の高さだ。地上から監視できている10cm以上の物体だけでも2万個を超えるとされ、それより小さなものは億単位に及ぶ。それらはただ宇宙を漂っているのではなく、多くが秒速7~8km、時速にすると2万5000km超の猛スピードで地球の周回軌道上を巡っている。しかも移動方向は1つ1つバラバラで、高速回転している場合もある。

 なかにはロケットの上段がデブリになったものもあり、サイズはバス1台分に匹敵するのだとか。それらがピストルで発射された弾丸の何倍ものスピードで四方八方から迫ってくることを想像すれば、今の軌道上がどれだけ危険かわかりやすいかもしれない。大きな衝突がひとたび発生すると、それが引き金となって他の衛星などに伝播していく「ケスラーシンドローム」へと発展し、取り返しのつかない事態を招く恐れもある。

アストロスケール本社にある見学施設「オービタリウム」でデブリ捕獲の困難さを体感できる展示も

 このように、超高速で飛び交っているスペースデブリをどのように捕まえるのか。アストロスケールが当初有望視していたのは粘着剤を利用した手法だ。

 「サービサー」と呼ぶ捕獲用の人工衛星を打ち上げ、それに特殊な粘着剤を塗布したデバイスを搭載し、スペースデブリと軌道をあわせて徐々に接近し、粘着剤で捕獲するという流れだ。ところが、低軌道に存在する原子状酸素が粘着剤を劣化させ、粘着力を低下させてしまうことがわかった。

 そのため同社は、代わりにモリのようなもので突く方法、投網を用いる方法、垂直の壁でも歩けるヤモリの手に働いているファンデルワールス力を応用した方法など、世の中で開発・研究されているものも含めたさまざまな捕獲方法について実現性や課題を比較検討した。そして最終的に選択したのは「磁石」を使う方法だった。

デブリ減少を目指し取り組む2つの方向性

 1つ目の方向性は「宇宙空間にあるスペースデブリを除去する」というものだ。形や大きさの異なるスペースデブリを捕獲するため、最も効率が良いとされるロボットアームを利用する。

 サービサーが搭載するカメラやセンサーで捕獲対象を検知し、スラスターで姿勢制御しながら接近した後、ロボットアームで捕獲。その後、大気圏への再突入軌道へとリリースし、デブリを燃え尽きさせる(もしくは安全に海に落とす)という手法だ。微小重力下であるため、アームの操作をわずかでも誤るとデブリを弾き飛ばしてしまいかねない難しさはあるが、人力ではなく、AIなどによる自動制御も考えられるとしている。

 もう1つの方向性は「スペースデブリを増やさない」というものだ。具体的には、これから打ち上げる人工衛星にあらかじめ金属製の「ドッキングプレート」を取り付ける取り組みだ。

 これは、一般のクルマが備えている牽引フックに近い考え方と言えるかもしれない。サービサー側には磁石を搭載しており、デブリのドッキングプレートに近づけば磁力で引き合って捕獲できる。その後はサービサーが内蔵しているプッシュロッドのようなものでデブリを引き剥がして大気圏に突入させる、という流れになる。

ドッキングプレートの模型

 あらかじめドッキングプレートを人工衛星に搭載しておけば、打ち上げ後に役目を終えたものや事故などによってデブリ化したものを、より確実性高く捕獲できるようになる。すでに打ち上げ済の人工衛星数百機にアストロスケールのドッキングプレートが搭載されており、今後打ち上げられる人工衛星の多くにも採用が決まっているという。

 なお人工衛星は通常、姿勢制御のための地磁気センサーを搭載しており、センサーへの影響を避けるために磁石がくっつく金属素材は使われない。そんななかで衛星の運用に影響しない形でドッキングプレートを追加できたのは「かなりのブレイクスルーだった」と伊藤氏は振り返る。

サービサーと模擬デブリの仕組みを説明する伊藤氏

サステナブルな宇宙に向け、2024年新たなステップへ

 同社では、すでにドッキングプレートと磁石を利用した実証実験も行っている。2021年3月21日に打ち上げた実証衛星「ELSA-d」では、付随するドッキングプレート装着の模擬デブリを宇宙空間で切り離し、再度捕獲するといった試験を実施。2023年には想定していた試験を全て終え、必要なデータが得られたとして、ELSA-d自体を大気圏に突入させて処分する段階に入った。

「ELSA-d」の模型。模擬デブリがくっついている。実際の大きさは高さ130cm、幅90cmほど。重量は模擬デブリの約20kgと合わせて計約150〜200kgで、捕獲可能なデブリも150kg程度までを想定

 次のステップは、2024年4月までに打ち上げが予定されている実証衛星「ADRAS-J」のプロジェクトだ。過去に打ち上げられ、軌道上に放置されたH-2Aロケット15号機の上段に接近し、カメラなどでその損傷度合いの確認を目指している。

 また、次の段階では実際に捕獲して軌道上からの除去を目指す。「それが完遂できれば、当社のデブリ除去サービスが本格稼働する大きな一歩になる」と伊藤氏は期待をかける。

2024年に打ち上げられる「ADRAS-J」の3分の1スケールの模型
背面には自身がデブリ化した場合に備えてドッキングプレートを搭載する

遠い宇宙の話ではない、我々の日常に直結する問題

 今や天気予報はもちろんのこと、自動車・飛行機・船舶の位置測位、災害監視や無線通信、安全保障など、宇宙は地上の生活に密接に関係している。

 「スペースデブリで衛星が使えない、あるいは新しく打ち上げられないとなると、人々の生活が停滞しかねないインパクトがある」と伊藤氏は警告する。「SDGsでは169のターゲットがあるが、うち4割は宇宙空間を利用しなければ実現できない内容だ。その意味でも地球のサステナビリティだけでなく宇宙のサステナビリティも守っていく必要がある」と訴える。

 アストロスケールが目指す「サステナブルな宇宙」に向けてはまだまだ高いハードルが待ち受けているが、捕獲するだけでなく人工衛星運用のルール作り、衛星事業者向けの低コストでデブリ化を防げる仕組み作りなどに今後も貢献していきたいと語った。

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