インタビュー

宇宙と関わりのない人もぜひ応募を–内閣府に聞く宇宙アイデアコンテスト「S-Booster」の狙いと成果

2022.06.07 09:00

田中好伸(編集部)藤井 涼(編集部)日沼諭史

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 あらゆる分野で行政、民間を問わず盛んになってきているビジネスアイデアコンテスト。宇宙分野においても同様の取り組みが2017年から日本の内閣府が主導する形で始まっている。「S-Booster」と名付けられたこのビジネスアイデアコンテストは、一般の個人やグループから宇宙を活用したアイデアを募るもので、最優秀賞の賞金は1000万円。日本のみならず、アジア・オセアニア地域からの応募も受け付けているというユニークな特徴も持つ。

 5回目となる2022年度のコンテストは4月19日から応募受付を開始しており、締め切りは6月20日。その後一次選抜と二次選抜が実施され、3~4カ月間のメンタリング期間を経て12月に受賞者を決める最終選抜会が予定されている。

 政府として宇宙分野のビジネスアイデアコンテストを開催することに、どのような狙いがあるのか。また、この5年間でどんなアイデアや実績が生まれているのか。内閣府宇宙開発戦略推進事務局で技術参与を務める白石祐嗣氏に話を聞いた。

誰もが宇宙を活用したビジネスに挑戦できる場に

――S-Boosterというビジネスアイデアコンテストの特徴や目的などを教えてください。

 S-Boosterの特徴は、1つは宇宙を起点としたビジネスアイデアコンテストであること。もう1つはスポンサー企業の皆さまのご協力のおかげではありますが、最優秀賞の賞金額が1000万円と、ビジネスアイデアコンテストしては破格である点です。

 2020年に「宇宙基本計画」が閣議決定され、このなかで宇宙を活用することにより「多様な国益への貢献」を計画的に目指していく、という目標が掲げられました。中身として大きく4つあり、1つ目は「宇宙安全保障の確保」、2つ目が「災害対策・国土強靱化や地球規模課題の解決への貢献」、3つ目が「宇宙科学・探査による新たな知の創造」、最後の4つ目が「宇宙を推進力とする経済成長とイノベーションの実現」というものになります。

 S-Boosterは4つ目の「宇宙を推進力とする経済成長とイノベーションの実現」に向けた施策の一つで、異業種企業やベンチャー企業の宇宙産業への参入促進、すなわち、宇宙産業の裾野を広げていくことを目指しています。ロケットや衛星といった機器産業ももちろん重要ですが、宇宙はインフラとして捉えることもでき、GPSをはじめとする衛星データや衛星画像、日本の準天頂衛星システムである「みちびき」などの測位データを活用したビジネスが様々な分野で現在進行形で拡大しています。そういった利用産業の拡大も期待・推進するために、単に「宇宙ビジネス」と呼ばず「宇宙を活用した」ビジネスアイデアコンテストという名称で実施しています。

――S-Boosterを立ち上げることになった経緯を教えてください。

 S-Boosterが立ち上がったのは2017年のことです。当時は米国を中心に宇宙ベンチャーが数多く誕生し、それらがオールドスペース(政府系機関などによる宇宙開発)と同等か、それ以上の成果を出すようになってきていました。ところが、その頃の日本国内の宇宙ベンチャーはごく少数で、多くの人が宇宙を産業の1つと捉えていませんでした。

 宇宙産業は発達の余地が非常に大きいものであるにもかかわらず、日本は世界的に見て宇宙産業の推進がまだ弱い。そこで、宇宙ビジネスの裾野拡大を念頭に置き、誰もが宇宙を活用したビジネスに挑戦できる場として、さらにはスタートアップ支援の起爆剤として、「S-Booster」を立ち上げたということになります。

――応募要項のなかで興味深かったのが、「ビジネスの事業化を目指す意思がない者」あるいは「機関投資家から資金調達を受けているアイデア」は「応募できません」とあるところです。これらの理由を教えていただけますか。

 前者の「事業化を目指す意思がない者」は、アイデアコンテストといえどもビジネス的に意義があるものにしたいと考えているからです。宇宙には夢があるよね、といった関心やあこがれを持ってもらうレベルではなく、宇宙にはビジネスの可能性があると考えてもらいたいなと。一般の方で宇宙を意識されていない人はまだ多いのですが、カーナビやスマホの地図アプリでは宇宙にあるGPS衛星を使って位置特定していますし、そういった身近なところにも宇宙を活用したビジネスがたくさんあります。

 2つ目の「資金調達を受けているアイデア」については、その段階にあるアイデアはS-Boosterとはフェーズが違うと感じているためです。そういったアイデアを成長させるのは投資家やベンチャーキャピタル(VC)の仕事でしょうし、政府としても他の施策で支援しています。S-Boosterは、ベンチャー用語で言うところのシードやプレシード、あるいはそのもっと手前の段階にあるところからの参加が想定で、そこから成長をブーストさせるためのものだと考えています。

 言い換えれば、コンテストを通じて投資家や企業などの目に留まるようにすることも、S-Boosterの役割の1つです。最終選抜会まで進めば、投資家や企業の目に留まり、賞を取れなかったとしてもビジネス化できるチャンスが広がります。なお、応募資格としては「個人またはグループ」としていますが、これは法人としての参加は認められないという意味で、もちろん企業に所属している個人でも応募は可能です。

――日本国内からだけでなく、アジア・オセアニア地域からの応募を受け付けているのも特徴的です。その狙いはどこにあるのでしょう。

 いくつか理由がありますが、1つは、欧米とは異なる第三極として宇宙産業に寄与していきたいという考えからです。対象地域にアジア・オセアニアを追加したのは2019年からですが、その頃はちょうど日本版GPSの準天頂衛星みちびきがサービスインした時期です。みちびきのサービス可能エリアは日本とアジア・オセアニア地域ですので、日本のパートナーと成り得る地域でもあり、みちびきをはじめ日本の宇宙アセットを利用していただきたいと考えています。

 また、宇宙産業は世界に開けた市場です。国内のみに閉じたビジネスにするのではなく、海外を含め幅広い地域の候補者が切磋琢磨しながらビジネスを生み出していかないと世界に通用しないのでは、という危機感も根底にあります。

宇宙と関わりのない人のアイデアにも「光るもの」がある

――S-Boosterで受賞したアイデアは、その後どのような成果につながっていますか。

 これまでに多くの受賞者があり、スタートアップとして非常に大きく成長しているものもあります。たとえば2018年に「宇宙から見つけるポテンシャル名産地」というアイデアで受賞した天地人さんは、「宇宙ビッグデータ米」の発売に至っております。同じ年に「地球上から月面基地開発可能なテレプレゼンスロボットの実現」という遠隔制御ロボットのアイデアで受賞したGITAI Japanさんは、国際宇宙ステーション船内での実証実験を成功させ、NASAのホームページ上でも紹介されています。また、他の受賞者のなかにも資金調達を達成しているところが数多くあります。

――S-Boosterで宇宙産業への参入ハードルを下げたいということだと思うのですが、スタートアップから見て参入ハードルとなっているのはどのようなことだと思いますか。

 私の拙い経験では、宇宙産業に対するイメージが影響しているのではないかと思います。例えば、ロケットや衛星を開発する技術がないと参入できないと思われている方もいらっしゃるかもしれませんが、宇宙産業では、アイデア次第でビジネスになりえるので、そのことをまず多くの方に知っていただき、S-Boosterをきっかけとするなどして、宇宙産業への参入にぜひチャレンジして欲しいというのが、私たちの想いです。

――協力しているメンターはかなりの数です。どんな方をメンターとして選ばれているのでしょう。

 S-Boosterでは、ファイナリストに対してメンタリングと呼ばれるビジネスアイデアのブラッシュアップの機会を提供しています。個別メンタリングでは、ある分野で専門的な知識や経験を持った方々にメンターを依頼しています。もちろん宇宙に関する専門的な知見を持つ方もいらっしゃいますし、そうでない方もおり、多様なビジネスアイデアや事業計画の状況を顧みてメンタリングを行えるようなメンターを揃えています。

――最後に、応募を検討されている方に向けてメッセージをいただけますか。

 宇宙に関わるビジネスは今後も拡がっていくと考えますので、これまで宇宙産業に関わってきた人も、関わってこなかった異業種やスタートアップを目指す人なども多くの方から、新たなビジネスアイデアで挑戦されることを期待しています。

 また、「宇宙」と聞くと、「自分とは関係がないものだ」と受け取る方がまだ多いのではないかと思います。ただ、地図アプリや天気予報など、日常の中に宇宙に関するサービスやビジネスは実は溢れているんですよね。それを改めて認識していただいて、まっさらなジャストアイデアでもいいので、新しいことを考えてもらえればと。むしろこれまで宇宙と関わりのなかった方のアイデアにこそキラリと光るものがあるのでは、とも考えていますので、全く異なる分野の方からの応募も楽しみにしています。

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