インタビュー

「宇宙で何かしたい」を叶えます–日本人初の宇宙旅行申込者が立ち上げた宇宙ベンチャーの挑戦

2023.10.18 13:30

藤井 涼(編集部)藤川理絵

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 2005年、Virgin Galactic(ヴァージン・ギャラクティック)の宇宙旅行に当選した初めての日本人である稲波紀明氏。いよいよ宇宙に行く日が迫るなか、前回のインタビューでは現在の心境などを聞いたが、実は稲波氏は宇宙ビジネスの起業家でもある。2022年8月に「INAMI Space Laboratory株式会社」を立ち上げた。

 大学で宇宙物理を学び、新卒入社の外資系大手IT企業でエンジニアをしていた経験、転職したコンサルティング企業で宇宙事業を立ち上げた実績、そして何よりも、宇宙旅行を待ち続けた18年間で得たグローバルなつながりを生かして、「日本の宇宙ビジネスの発展」に挑む。

INAMI Space Laboratory代表取締役の稲波紀明氏 <Photographer : Yoshiaki Sekine Stylist : Takayuki Sekiya Hair&Makeup : Tadashi Harada (資生堂ビューティークリエイションセンター) Special Thanks: Yuki Shimada (資生堂ビューティークリエイションセンター)>

 「宇宙旅行に行きながら、宇宙ビジネスもやる。自分のような人は、世界でも珍しい」という稲波氏に創業1年目の手応え、海外と日本の宇宙ビジネスの違い、ヴァージングループ創業者であるリチャード・ブランソン氏に起業相談したときのエピソードや、今後の展望などを聞いた。

「うなぎ」を宇宙へ–コロナ禍でも業績アップ

 稲波氏が、「宇宙旅行」だけではなく「宇宙ビジネス」にも本格的に関わり始めたのは2021年。まだ、前職のコンサルティング企業に勤務していたときだ。長野県の老舗うなぎ屋と、本物のうな重を宇宙へ飛ばす「UNAGalaxyProject(ウナギャラクシープロジェクト)」に取り組んだ。

 もともとは士業、飲食業、製造業、地域創生などを幅広く担当し、中小企業向けの経営コンサルティングを行っていたが、当時の社長の特命でひとり、宇宙事業を立ち上げることになったという。重視したのは「業績アップ」だ。

 「前職は、業績アップにこだわるコンサルティング企業だった。一般的なIT導入や人員削減で効率化し、利益を増やす経営改革ではなく、売上アップを実現し、会社、従業員、お客様も含め、みんなを幸せにする。この学びを生かして、宇宙事業を立ち上げるときも、宇宙を使って業績アップを図ろうと考えた。起業したいまもお客様の売上アップ、業績アップを重視している」(稲波氏)

 「UNAGalaxyProject」では、地元の工業高校から依頼を受けて、気球を使って本物のうな重を宇宙に打ち上げた。上空33kmの成層圏での撮影に成功した“スペースうなぎ”は、メディアにも大々的に報道されて、コロナ禍にも関わらず大幅な売上アップに貢献したという。

1期目から黒字化を達成–「宇宙で何かしたい」を叶えます

 「宇宙業界がすごく面白い。どんどん参入するべきだと、多くの経営者に伝えるうち、これだけ面白いのだから自分でもやりたいと思った」という稲波氏。スペースうなぎで、確信したことがあるという。「宇宙を使った業績アップを支援できるのは、10年以上の経営コンサルで培ってきたノウハウとスキル、宇宙旅行を待ち続けた18年間で得た世界各国の宇宙企業とのつながりがある、当社ならではの強み」(稲波氏)

 会社を正式に設立する以前、2022年4月には、提携先であるSpaceXのFalcon 9を利用して、SPACE NTKの人工衛星「MAGOKORO」の打ち上げも支援した。この中に入れたのは、子どもたちのメッセージカードなど。“みんなの想い”を宇宙に届けた。さらに、大幅なコスト削減や、マーケティングを組み合わせた提案で依頼者の業績アップも実現した。

 宇宙を活用した地方活性にも注力している。2023年3月、大分県別府市との協業では「沸く湧く宇宙フェス in 別府」を開催。地元の竹を原料としたセルロースナノファイバーと温泉水を使ったペットボトルロケットや、温泉地ならでは地元湯の花を原料としたバイオプラスティック製ロケットを、製作して打ち上げるワークショップを実施するなど、自治体や地元の学生らと連携し、「地元資源を活用した宇宙ビジネス」の可能性を探求した。参加者の90%以上で「満足した」という。

 「宇宙進出を目指す人たちと企業をトータルでサポートして、宇宙ビジネスを量産していくことが創業した目的なので、当社の事業内容は多岐に渡っている。これからも、誰もやっていない面白いことを、どんどんやり続けて、“宇宙で何かやりたい”をたくさん叶えていきたい」(稲波氏)

 INAMI Space Laboratoryは、創業1期目で4200万円の売上と黒字化を達成し、8000万円の資金調達にも成功した。ユーザベースのスタートアップ情報プラットフォーム「INITIAL」から資金調達後評価額「12.56億円」、INITIALシリーズで「B」を獲得している。 今後は、5年後のIPOを目指す。稲波氏は、「利益が1億円出たら従業員に抽選で宇宙旅行をプレゼントしたい」と意気込む。

リチャード・ブランソン氏からのアドバイス

 もともとサラリーマンだった稲波氏は、なぜ起業家に転身したのだろうか。その理由の1つは、宇宙旅行を待ち続けた18年間で得た経験が“特別すぎた”ためだろう。

 たとえば、Virgin Galactic創業者であるリチャード・ブランソン氏のカリブ海にある自宅に招待されたり、宇宙旅行の母艦やスペースポートなどもいち早く見学した。俳優や世界的な経営者など、宇宙旅行申込者たちとの人脈もできた。数々の体験や各国要人との出会いは、稲波氏の視野を広げ、視座を高め、キャリアを変えていった。

 宇宙旅行を途中でキャンセルせず待ち続け、交流を深めるなかで、リチャード氏への信頼も大きくなっていったという。「リチャードは一緒にいて、本当に面白い人。すごくいたずら好きだし、ただの散歩で断崖絶壁を登ったり、普段から冒険している感じ。ほかでもない彼が宇宙旅行をやると言うから、宇宙旅行の権利を持ったまま、18年間待ち続けた」(稲波氏)

 さらに、INAMI Space Laboratory立ち上げに際しては、リチャード氏に起業の相談をしたという。稲波氏は、「リチャードほど的確にいろんなことを教えてくれる人はいなかった」と振り返る。

Virgin Galactic創業者であるリチャード・ブランソン氏と

 「リチャードは、宇宙ビジネスのパイオニア。どうしたら会社を大きくできるのか聞いたら、ワクワクする面白い会社を作るべきだと言われた。高い目標を持って、面白いことをやり続けることが大事だと。そうすると人が集まってきて、業績も上がっていって、会社が大きくなっていくんだと。他社ができないような面白いことをやり続けるという話を聞いて、自分もそうしていこうと決意した」(稲波氏)

日本の宇宙産業に「危機感」

 一方で、いまの宇宙産業に対する危機感もある。20年近く、リチャード・ブランソン氏をはじめ、普通のサラリーマンでは知り合えないような各国の要人らと交流を深め、国内外の宇宙産業を最前線で見続けてきた稲波氏は、日本の宇宙産業に警鐘を鳴らす。

 「この5年くらいで、宇宙業界に人もお金もどんどん入り始めているが、逆に危機感も募っている。韓国や、ドバイ、アフリカの国々でも、宇宙や火星を目指してロケットを開発していたりして、海外はすごく勢いがある。日本はいまのペースでやっていると、すぐに追い抜かれてしまうのではないか」(稲波氏)

 その例の1つが「民間ビジネスへの波及効果」だ。たとえば、SpaceXではStarlink衛星を飛ばして、インターネットがない地域でも利用者を増やしている。中国では海南島というリゾート地に射場を作り、「ロケットが打ち上がるタイミングで、海南島のホテルが満室になる。打ち上げと民間ビジネスが密接につながっている」(稲波氏)というが、日本の射場はへき地にあることが多い。地域経済により貢献するためには、日本の特色を生かして、地域に根付く宇宙ビジネスを作っていく必要がある。

 スペースポートを整備するのなら、世界から人が集まり、地域の産業活性化につなげることまで考えないといけないと稲波氏。たとえば、空港近くの病院と宇宙旅行のメディカルチェックを結びつけるほか、宇宙に行く準備期間には地元の温泉や食材を堪能してもらい、地元の産業活性化にもつなげるといったことだ。

 宇宙から病気になって地球に戻る人も今後は出てくるだろう。そういった人がすぐに医療を受けられるようにする体制も必要になる。スペースポートは大きな可能性を秘めているが、現在はそれを作ること自体が優先されてしまい、どう地域を活性化させるか、どう産業を作っていくか、そんな議論が日本にはまだまだ足りないと稲波氏は指摘。「米国は最初からマーケットを見て、ビジネスをいかに組み立てるかを考えて、逆算して宇宙産業を作っている。だからスケールしていく」と説明する。

 「マーケットを見て多方面からビジネス創出する、もちろん海外企業とのつながりも活用する、研究色が強い日本の宇宙業界の中で、産業を作っていける当社のような企業が大きくなっていくかどうかが、日本の宇宙産業が変わるかどうかの分岐点になる、と使命感を感じている」(稲波氏)

夢や願いを「月に届ける」–宇宙医療事業も準備

 最後に今後の展開を聞くと、「関係企業と連携し、小型人工衛星の製造から、ロケットの打ち上げ、地上局まで一連のサービスをワンストップで受注できるサービスをリリースした。宇宙に何かを打ち上げたい方は、気軽に相談してほしい」と話す。

 同社では、普段宇宙に無関係の人も気軽に宇宙を考えやすくするために、メッセージをロケットに載せて打ち上げ、月面へ届ける無料サービス「Wish to the MOON」を9月に開始した。人々の夢や願いをデータ化してSDカードに集め、特別に設計されたカプセルに封入した後、2025年に米国から専用のロケットと着陸船で月面に送り届ける。(有料版の月面データ輸送サービスも検討中。詳しくは同社に問い合わせて欲しい)

 「宇宙旅行に申し込み、普段から宇宙を意識するようになったおかげで、自分自身視野が広がり、日常生活が楽しくなった。この経験をより多くの方に体験してもらいたいと思いプロジェクトを立ち上げた。月にメッセージを送ることで、毎日見る月や宇宙がより身近に感じられ、普段の生活にも変化が起きるのではないか」(稲波氏)

 参加申し込みやメッセージ送付はウェブサイトから可能。参加者には受領証が届き、月面到着時には着陸場所の掲載された到着証明書が届けられるという。打ち上げ時期は2025年の予定で、希望者には現地で打ち上げを見学できるようにしたいという。

 さらには、「宇宙医療」事業の確立も急ぐ。宇宙旅行がもっと普及し、生活圏が宇宙へと広がるにつれて、老若男女、多様な人が宇宙へ行くことになると稲波氏は見ているからだ。詳細はまだ伝えられないとしながらも、宇宙仕様の医療品の開発や宇宙での検査、未知の宇宙医学に関しても研究や開発をしていくという。

 「これまでの宇宙飛行士は健常者が中心だったが、これからは宇宙旅行者も増えて、そのなかには高齢者や障がいをお持ちの方もいるはず。私自身も片足が義足で、おそらく世界で初めて宇宙に行く障がい者になる可能性がある。宇宙旅行では実際にさまざまなメディカルデータを蓄積して、宇宙医療ビジネスの足がかりにしたい」(稲波氏)

 ちなみに、稲波氏が宇宙旅行者向けの6Gの無重力訓練に参加した際には、眼球が歪んで視野が狭くなったり、暗くなったり、血圧よりも重力が大きいために脳の血流が低下して意識が飛びそうになったりと、さまざまな負荷とその対応について身をもって学んだという。「宇宙で取得できたメディカルデータの蓄積は、非常に貴重なものになる」(稲波氏)。人類の宇宙ビジネスを創造し続け、5年後には売上50億円を達成、上場を目指す構えだ。

 「宇宙ビジネスは既存ビジネスとの融合で創出できる。これからは、あらゆる業種が宇宙に参入していける。日本の宇宙産業を、民間から大きくしていきたい」(稲波氏)。日本にもSpaceXのような新進気鋭の宇宙ベンチャーが生まれると期待したい。

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