インタビュー
成功?失敗?–SpaceXの「Starship」打ち上げ、その凄みを宇宙エバンジェリスト青木氏に聞く
Space Exploration Technologies(SpaceX)は、日本時間4月20日22時34分に超大型ロケット「Starship」を試験飛行として打ち上げた。ロケットは射場から打ち上げられたが、ブースターである「Super Heavy」の分離に失敗し、最終的には指令破壊された。
宇宙エバンジェリストであり、これまで数々の打ち上げを見てきた青木英剛氏は、今回の打ち上げについて「一言でいうと衝撃的」と語った。
「Starshipのサイズは他のロケットと比較して桁違いに大きい。重さはスペースシャトルの約2倍、H3の10倍ほどある。これほど巨大なロケットが実際に打ち上げられたことは驚くべきことで、これまでさまざまな打ち上げを見てきたが、比べ物にならない迫力だった」(青木氏)
また、青木氏は知人の話として、射場から6km離れた位置で今回の打ち上げを見学していた人のパソコンが砂まみれになったというエピソードも紹介。「射場が海に近いため、ビーチの砂が飛び散ったのでしょう。クルマが壊れた人もいてそうで、保険業者も大忙しと聞いた」と述べた。
SpaceXの関係者は「打ち上げ成功」と考えている
なお、Starshipは軌道投入に成功せず、指令破壊となった。しかし「SpaceXの関係者は、ある程度の成功と見ている」と青木氏は話す。
「まず、あの巨大なロケットが実際に打ち上げられたこと自体が凄いことだ。射場を破壊せずに打ち上げるという最低限の目標も達成した。射場が壊れると復旧に時間がかかるからだ。さらに、『マックスQ』と呼ばれる最大動圧点をクリアしたことから、関係者は打ち上げ成功と考えているようだ」(青木氏)
マックスQとは、速度を上げることで生じる機体への抵抗力と空気の密度が低下することで生じる機体への負担が相殺しあうポイント。このマックスQを超えることは機体が順調に飛行し始めることを意味する。ロケットの打ち上げでは、マックスQを超えることが重要な意味を持っている。
一方で、Starshipが破壊された後でライブ中継に映ったElon Musk氏は若干渋い表情を浮かべていた。歓声を上げる一般社員とは対照的だったが、彼の胸中にはどのような思いがあったのだろうか。
「ロケットの打ち上げの際には、ミニマムサクセス(最小限の成功)やフルサクセスなど、さまざまな成功を設定する。今回はミニマムな成功は達成しているので、社員たちは喜んだのだろう。しかし、Elon・Musk氏は上を目指す人。今回の指令破壊はエンジンのクリティカルな問題というより、ブースターとの分離に失敗した点なので『これって対処できたのではないか』と悔しがっていたのかもしれない」(青木氏)
軌道投入には失敗したが、月や火星の有人探査を見据えるStarshipが、射場から実際に打ち上げられたという歴史的意義は大きいとも青木氏は語った。
宇宙開発だけでない意義–日本から米国の日帰り旅行も実現?
青木氏は、Starshipの打ち上げに関して、宇宙開発とは別の意義についても説明した。
「Starshipは今回、テキサスから東へ飛び立って、90分後にハワイに着水するという計画だった。つまり、地球の5分の4周以上の距離を90分で飛ぼうとしている点がポイントだ。我々は『P2P』と読んでいるが、地球上の2地点間を、どこでも1時間以内に超高速で移動できるシステムがようやく開発フェーズに移ったということになる」(青木氏)
P2Pでは大陸間を30分程度で移動できるため、日本から米国への日帰り旅行も可能となる。「大型ロケットなら旅客機と同じ数百人という旅客を一度に運べる」と青木氏は述べ、地上の輸送業界、特に航空業に大きなインパクトが出ると説明する。
「鉄道業界もリニアモーターカーと新幹線、鈍行列車と棲み分けがなされている。太平洋を30分で横断できるとなれば、ファーストクラスとビジネスクラスの需要はロケットにシフトし、従来の飛行機はエコノミークラスに特化していくのではないか」(青木氏)
NASAを凌駕する勢いのSpaceX、日本が見習う点は
今回、民間企業として超大型ロケットの打ち上げに挑んだSpaceX。米国の宇宙開発事情に詳しい青木氏は「SpaceXは米航空宇宙局(NASA)のライバルになりつつある」と語る。
「NASAの方にはっきり聞いたが、SpaceXは勝手に先に火星に行こうとしており、NASAのパートナーでもありライバルだ。NASAも『民間に先を越されたらまずいよね』ということで、危機感をもって開発に取り組んでいる。ライバル関係がNASAのエンジニア魂を駆り立てて、良い緊張感が生まれている」(青木氏)
また、日本が見習うべき点について「リカバリーのスピードが桁違いに速い」と話す。
「SpaceXはすべての打ち上げが『次』を向いている。日本は『H3』も『イプシロン』も、一度失敗したら次にいつ打ち上げるかわからないが、Starshipは数カ月後には次の打ち上げを予定している。こうしたリカバリーのスピードは宇宙開発において最重要。国の組織では難しい点もあるが、日本も見習う必要がある」(青木氏)