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日本の宇宙ビジネスが「デジタル敗戦」の二の轍を踏まないために–勝ち筋を考察

2024.07.11 09:00

榎本陽介(PwCコンサルティング合同会社)

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 激化する宇宙領域の国際競争において、日本はイニシアティブを獲ろうと産学官連携で様々な取り組みが活発化し始めているが、果たして日本に勝ち筋はあるのだろうか。

 本稿では、政策面、大学・研究機関の取り組み、スタートアップエコシステム、大手企業の宇宙ビジネスへの参画など産学官の現状に幅広く触れながら、考察していく。

 なお、スタートアップエコシステム周りに関しては、筆者の所属するPwCコンサルティングがオープンイノベーション関連の取り組みで連携しており、アクセラレーターやベンチャーキャピタル等の活動を推進しているゼロワンブースターで取締役を務める川島健氏にも意見を聞きながら考察していく。

産官学それぞれの現在地

政策

 まず政策面に関して、最近「宇宙戦略基金」(いわゆるJAXA基金)が話題になっている。10年間で1兆円規模の支援を実施するため、さまざまな業界に大きなインパクトを与えている。

 振り返ると、2023年6月に「宇宙基本計画」が改訂された。そして、その流れも踏まえて2024年には安全保障・民生分野において横断的に日本の勝ち筋を見据えながら開発を進めるべき技術を見極め、その開発タイムラインを示す技術ロードマップを含んだ「宇宙技術戦略」が策定された。

 この宇宙技術戦略の実現を後押しするための支援として、主に「輸送」「衛星等」「探査等」の3分野で、民間企業や大学などが最大10年間、技術開発に取り組めるように設置されたのがJAXA基金である。2024年度からスタートする第一期では合計で3000億円を提供することが決まっている。

 また、政府の宇宙関連予算も年々増加傾向にある。令和3年度には4496億円だったが、令和6年度は8945億円(うち宇宙戦略基金3000億円を含む)と、宇宙戦略基金分を除いても3年で30%程増えている。最近では自民党の宇宙・海洋開発特別委員会を中心に、宇宙関係予算を毎年度1兆円にすることが盛り込まれた提言も検討中とのことで、今後も増加が見込まれる。

 さらにこれまで述べた宇宙文脈の予算以外にも、スタートアップ支援文脈での新SBIR(Small Business Innovation Research)制度においても宇宙関連企業が採択されたり、安全保障文脈の経済安全保障重要技術育成プログラム​(通称:K Program)や安全保障技術推進制度においても宇宙関連の取り組みが採択されたりと、宇宙に関する企業や研究機関への国からの支援がいよいよ充実してきている。

 国による政策・方針や、それを実現する支援が具体的に整備されつつあり、今後5~10年にかけて宇宙開発・ビジネス領域は大いに盛り上がっていくことが期待される。

大学・研究機関

 続いて大学・研究機関の取り組みについて見てみると、たとえば立命館大学は2023年7月に月・惑星における探査・生存圏の構築に焦点を当てた日本初の研究組織として「宇宙地球探査研究センター(ESEC)」を立ち上げた。同センターでは、惑星、地球科学、建設、エネルギー、ロボティクスなど、多様な分野の研究者を集め、研究開発の側面から宇宙開発を牽引しようとしている。

 また、2024年3月には東北大学 グリーン未来創造機構 宇宙ビジネスフロンティア研究センターと北海道大学 創成研究機構 宇宙ミッションセンターが連携し、日本におけるスペース・トランスフォーメーションの加速を実現するため、卓越した超小型衛星開発利用拠点の構築を目指すことが発表された。同拠点では、ニーズ・ドリブンの世界的競争力を持つ研究開発と、これらを推進可能な国内外の宇宙人材育成を積極推進するとしている。

 またスタートアップエコシステムにも関連するが、これまでの大学研究室におけるシーズを起点とし、東北大学、東京大学、東京工業大学、京都大学、大阪大学などから宇宙関連のスタートアップが続々と誕生してきている。

 基礎研究などのアカデミックな側面からも人材育成の観点も含めて宇宙開発を盛り上げる動きと、研究から生まれたシーズを基にビジネスとしてスタートアップの立ち上げに繋がる動きが出てきており、アカデミアサイドからも宇宙開発・ビジネスの促進に向けた土壌が整いつつあるのではないか。

 このような流れを見ると、宇宙開発の文脈においては今後5~10年にかけて一定の成果は生まれることが期待できると思われるが、ではそれをビジネスに繋げていけるかどうかというと、ここは筆者としてはまだまだ課題が山積していると考えている。

スタートアップ・大手企業

 最後に産業界として、主にスタートアップエコシステム、大手企業の参画について触れていきたい。

 宇宙ビジネスに関して、グローバルで見ると圧倒的に米国がリードしている。当社が独自に分析した一定期間(2017年1月~2022年11月)に立ち上がったスタートアップの同一期間内におけるエクイティによる資金調達額(総額約68億ドル)(注1)で見ても、実に約7割が米国の企業によるものだ。米国では軍事・安全保障関係の安定的な官需ニーズも含め、伝統的な大手航空・重工系企業と、新たに立ち上がるスタートアップ企業それぞれが、ロケット開発・打上げや衛星開発から、国際宇宙ステーション(ISS)の後継、月面までありとあらゆる宇宙ビジネスの領域で市場を牽引している。

 米国はソ連との冷戦時代に国家権威を競う形で宇宙開発を国家主導で進めていたが、2000年代より宇宙をビジネスの場として育てるための施策を打ち、ニュー・スペースと呼ばれる宇宙スタートアップ企業を数多く輩出している。

 政府の代表的なアプローチとしては、NASAが導入した「アンカーテナンシー」がある。これは「政府が民間企業の開発した製品およびサービスを継続発注および調達という形で購入する契約」のことを指す。宇宙ビジネスのような未成熟な市場においては、産業として育んでいくためには、一定の投資やコストと時間が必要となる。そこで政府が民間企業の最初の、そして継続的な顧客として製品・サービスを購入する契約をすることで、企業に対して一定の利益を担保する仕組みである。

 民間企業側からすると政府と契約を結ぶことになるので、対外的なPRともなり、更なる民間からの資金調達を生む呼び水となることもある。結果、資本増強による更なる技術力・品質の向上に繋がることにもなる。

 米国における宇宙関連のスタートアップの勃興と隆盛は、このアンカーテナンシーによる影響が大きいとする見方もある。日本も先に述べたような政策面での支援により、スタートアップ等企業への資金供給が充実していくから、グローバルで市場を牽引するプレイヤーが数多く誕生するのではないかと言われるが、そこにはまだ数々のハードルがあると筆者は考える。

 確かにアンカーテナンシーは米国のスタートアップの成長に大きな役割を果たしたと言えるだろうが、米国の成熟したスタートアップエコシステムが果たした役割も大きいと考える。2024年5月にイスラエルの調査会社スタートアップ・ブリンクが発表した「Global Startup Ecosystem Index 2024」(注2)において、国別のエコシステムランキングで米国は1位であり、日本は21位となっている。そして資金調達額では米国が圧倒的でその額なんと約1590億ドルだ。日本は約46億ドルとなっており、調達額に30倍以上と大きな差がある。

 日本におけるスタートアップエコシステムの状況だが、政府は2022年をスタートアップ創出元年と位置づけ「スタートアップ育成5か年計画」を策定し、スタートアップへの投資額を2027年度に10兆円規模にすることを目指すとしている。

 ゼロワンブースターの川島氏は次のように述べた。

 「日本政府は環境問題や超高齢社会といった喫緊の社会的課題の解決に挑むスタートアップを全面的に支援しており、ClimateTech、ヘルスケア、モビリティ等の分野が将来有望な成長領域として浮上している。日本が伝統的に強みを発揮してきたロボティクスや製造業の自動化の分野や、月面開発などの宇宙ビジネス、革新的な航空技術の開発を手掛けるスタートアップへの期待も日増しに高まりつつある。特にここ数年、日本のスタートアップエコシステムにおいては、AI、ソーシャルインパクト、ロボティクス、宇宙・航空の4分野が際立った活況を呈している。こうした潮流を反映し、2023年の国内スタートアップの資金調達総額は約8500億円の大台を突破しており、10年前と比べて約10倍の規模と驚異的な成長ぶりを示している」

 「(ただし)それでもやっと米国の約30分の1の規模に到達したところ。エコシステムの形成と成熟度についての歴史的な背景や人材の流動性、起業家精神を生み出す社会的背景など様々な要因があるが日本とは大きな差がある。やはり米国のスタートアップエコシステムの規模の圧倒的な大きさが、米国の宇宙関連のスタートアップの勃興と隆盛に大きな役割を果たしたことは間違いない」

個々の規模で米国にかなわぬ日本、勝ち筋は「全産業を巻き込んでのシナジー創出」

 スタートアップエコシステムを米国と比較すると、デジタル産業で日本が存在感を示せなかったように、とても日本は敵いそうにないように見えるが、宇宙開発・ビジネスにおける日本の勝ち筋はあるのか。

 宇宙開発という文脈において、特に技術力の観点で見ると日本はそこまで大きな後れを取ってはいないと筆者は見る。これまでのH-IIAやイプシロンなどのロケットの打上げ能力を有しており、自前での衛星製造開発も行ってきている。はやぶさに代表されるように、宇宙探査の領域においても、日本は米国と比しても引けを取らない成果を上げてきた。先に述べた政策と大学・研究機関の動向を踏まえても、技術力の観点では更なる進展もうかがえる。

 そのうえでビジネスの観点で見た際に私が大きな鍵になると考えているのが、あらゆる産業における非宇宙系大手企業による宇宙ビジネスへの新規参画だ。これまで宇宙に携わってこなかった非宇宙系の大手企業による宇宙ビジネスへの新規参入の事例はすでに徐々に増えてきており、先に述べた宇宙戦略基金により今後興味を示し参入を検討する企業も増えてくるだろう。

 川島氏も「日本のスタートアップエコシステムの特徴としては大手企業によるCVC(Corporate Venture Capital)による投資割合が高い点が挙げられる。日本においてはオープンイノベーションというワードが良く聞かれるようになったが、大企業で積極的にスタートアップ企業との連携強化を目指す動きが活発化してきている。宇宙というテーマにおいても、大手企業とスタートアップがより深く連携して、相互にシナジーを生み出す取り組みに昇華していくことが肝要となる」と述べる。

 宇宙と聞くと自社の事業とは距離が遠い、あるいは全く異なる領域だと考える企業も未だに一定数存在するだろう。しかし、たとえば測位情報などはすでに生活に密着しておりあらゆる産業で活用が進んでいるし、衛星通信や衛星から取得したデータは多くの産業が今後日常的に自社事業に関連するものとして活用することになるだろう。

 さらに軌道上や月面に目を向けると、特に月面における経済圏や生活圏の創出を目指し、地球のように生活できるインフラを構築しようとする動きがある。そのためには月面の環境を理解する基礎科学を前提とし、そのうえで建設、製造、エネルギー、農業、物流、医療、情報通信などあらゆる産業が関連することになる。

 また、月面の過酷な環境で都市・生活インフラを構築することは、地球上での社会課題の解決に繋がる可能性があり、既存の自社事業・技術へのシナジーを生み出す可能性も内包している。こうしたことから、多様な産業の多くの企業に宇宙ビジネスが自社事業に与えるインパクトや可能性について考えてもらい、ぜひ参入を検討してもらいたい。

 宇宙戦略基金は政策として、宇宙ビジネスに多くの産業を巻き込む呼び水になると考える。但し目先のお金に目が行って一時的な資金供給バブルとなり、特定の個社の成長に寄与するのみで終わり、産業化の成果を生み出さずに終わってしまうリスクも大いにあると考える。

 先に述べたスタートアップエコシステムの米国との差異なども踏まえると、特に大きな資本の投資が必要で、収益化にも時間を要する宇宙領域においては、各社が個別に個々のテーマに取り組む形ではなく、まずはあらゆる産業を巻き込みつつ、大手企業・スタートアップ問わず産業界全体で日本が宇宙ビジネスとして目指す姿を明確化し共有していくことが大切ではないか。

 そのうえで宇宙ビジネスへの取り組みについて産学官が一体となり、中長期的な視点で宇宙ビジネスを日本の成長産業としていくための大きなエコシステムとしての道筋を描けるかどうかが、日本がこの領域でイニシアティブを獲っていけるかどうかを左右すると筆者は考える。

注釈:

(注1)2017年1月~2022年11月の期間で立ち上がったスタートアップによる資金調達額なので、SpaceXなど2017年1月以前に立ち上がったスタートアップによる資金調達額は除くことに留意が必要。

(注2)「Global Startup Ecosystem Index 2024」:

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