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「焼き鳥の串」がイノベーションを生み出す–ロケット開発から生まれた糸川英夫の「成功するチーム作り」

2024.04.26 16:00

田中猪夫

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 日本の「ロケットの父」として知られる糸川英夫氏は、宇宙開発以外にも、脳波測定器やバイオリン製作など生涯にわたり多分野で活躍をしたイノベーターだった。この連載では、糸川氏が主宰した「組織工学研究会」において、10年以上にわたり同氏を間近で見てきた筆者が、イノベーションを生み出すための手法や組織づくりについて解説する。

多様な人材を束ねる「焼き鳥の串」

 米国でも日本でも、宇宙研究やロケット開発は、新技術だけでなく、役立つ知恵の宝庫だ。今でもそうだが、宇宙プロジェクトでは、科学者やエンジニアなど、多くの異なる領域の専門家が活躍している。そのため、それぞれの専門家を束ねる役割が必要になる。ロケット開発の父として知られる糸川英夫さんは、その役割を「焼き鳥の串」と表現した。串そのものは食べられないが、ネギやタン、ハツという、異なる部位のバラバラな食材を食べやすくするため、1本の串に刺すからだ。

 また、東大生産技術研究所のロケット開発には、「焼き鳥の串」の役割を担う人が使うマネジメントツールがあった。アポロ計画では、システム工学がそれをつかさどった。日本では、米国産システム工学をそのまま適用してみたが、うまくいかなかった。そのため糸川さんは、試行錯誤を繰り返し、オリジナルなシステム工学を生み出した。(システム工学は焼き鳥の串

 ここで「異なる領域の専門家」を「多様な人材」に置き換えて考えてみる。人口減少社会に突入した日本では、性別、年齢、人種や国籍、障がいの有無、性的指向、宗教・信条、価値観などに関係なく、多様な人材が必要になる。この多様な人材が混在するチームをマネジメントすることが、今後は当たり前になる。

 そのためのチーム作りをどうするか、どんなマネジメントツールを使うのかなど、課題は多い。今回は、ロケット開発で生まれた“糸川流組織マネジメント”が、そこに対してどう役立つのかをみていこう。

(1)運転免許証システムにも使われた「創造性組織工学」

 糸川さんは、ロケット開発の試行錯誤から生み出した知恵を、再現可能な形に普遍化した。それが「創造性組織工学(Creative Organized Technology)」だ。簡単に説明すると「宇宙ビジネスのような新事業、新ビジネス、新商品、新システムを生みだすためのHow to innovate(イノベーションの方法)」である。晩年の糸川さんが病気になる前年に、全体がオープンになったため、現在に至るまで、ほとんど知られていない。

 この方法は、想像以上に応用範囲が広い。たとえば、警察庁と糸川さんの研究所のジョイントプロジェクト「DLIMAS(Drivers Licence Management System)」は、創造性組織工学をコンピュータによる運転免許の発行・管理システムに応用したものだ。単なるIT化ではなく、自動車事故の原因分析、自動車教習所のシステム、モータリゼーションの将来像なども幅広く研究し、現在の運転免許証のシステムが作られた。モータリゼーションの未来を見据えた新システムだった。今風にいうと「X」を重視したDXだ。

 宇宙事業を推進しているキヤノン電子の酒巻久会長は、「新事業を生み出せない会社は必ず衰退する」と断言している。これは、どんな業界のどんな組織でも同じで、新事業、新ビジネス、新商品、新システムは、企業の20年、30年先を決めると言っても過言ではない。

(2)知見を組み合わせて一覧化する「システム合成」

 経済産業省はダイバーシティ経営を、次のように定義している。

 「ダイバーシティ経営とは、多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」

 これを実現するためにも、創造性組織工学は役立つ。たとえば、専門が異なり、バックグランドが異なる多様な人材が、目標に向かい仕事をするとき、彼らの経験から生まれた知識や知見を集める手段がないと、メンバーの異質性や多様性がマイナスに作用してしまうことがある。これは「システム合成」という手段で簡単にプラスに昇華させることができる。

 話をわかりやすくするため、ランチ定食の新メニューを生み出すプロセスで考えてみよう。ランチ定食の現状分析を行うと、「主食」「主菜」「副菜」「汁物」の4つに構成要素を分解することができる。これらの構成要素に対して、すべての「オルタナティブ(代替案)」を次のように列挙する。

(A)主食:白飯(a1)、味ご飯(a2)、うどん(a3)

(B)主菜:生姜焼き(b1)、唐揚げ(b2)

(C)副菜:ひじき(c1)、おひたし(c2)

(D)汁物:味噌汁(d1)、お吸い物(d2)

 このすべてのオルタナティブを列挙する作業を、1人で行うか、異質な人たちが複数人で行うかで、オルタナティブの数が違ってくる。

 たとえば、イタリア人がオルタナティブを考え、主食はパスタ(a4)、主菜はラムチョプ(b3)、副菜はオリーブ漬け(c3)、汁物はスープ(d3)にしたとする。中国人やフランス人では、さらに違うオルタナティブがでてくるだろう。同じ日本人でも、住んでいる地域や年齢、性別で違ったオルタナティブになることもある。

 つまり、ランチの構成要素が(A)主食、(B)主菜、(C)副菜、(D)汁物だとすると、(a1〜a4)✕(b1〜b3)✕(c1〜c3)✕(d1〜d3)= 4 ✕ 3 ✕ 3 ✕ 3 = 108の組み合わせがあることになる。しかも、多様な人材が集まれば集まるほど、この組み合わせは増えることになる。

 このように、知識や知見を集め組み合わせ一覧をつくることをシステム合成という。この組み合わせ一覧から意外な組み合わせが生まれ、イノベーションにつながることになる。

(3)1人の天才より多様な人材の組み合わせで「天才以上」の能力を!

 システム合成という手段があると、多様な人材から知識や知見を集めやすい。焼き鳥の串を担う人は、単なる合意形成の調整から、異なる領域の専門家を束ねるのではなく、イノベーションが自然に生まれやすいマネジメントツールを使って、知識や知見を結集させる必要がある。

 このことからも、ダイバーシティ経営を実現するためには、多様な人材をマネジメントするツールがないと、マイナスに作用してしまう可能性が高いことがわかる。ここではすべての解説を省くが、参考までに、システム合成を含む創造性組織工学(Creative Organized Technology)のフローチャートを示しておく。

(4)アドホックチームに必要な要素とは?

 糸川さんがはじめたロケット開発プロジェクトは「AVSA(アブサ)」、運転免許発行管理システムには「DLIMAS(デリマス)」、という名前がついている。これは、ピラミッド組織からはイノベーションが生まれにくい、ということから生まれた新しい組織づくりを意味する。糸川さんは組織を次の3つに分類した。

保存を使命とする「保存型組織」

修理を使命とする「修理型組織」

創造を使命とする「創造型組織」

 保存型組織のルーツはバチカンを総本山とするカトリック教会だ。この組織の使命は聖書の教えの維持にある。この保存型組織が近代国家にそのまま取り入れられたため、政府も陸海軍もビラミッド型になった。修理を使命とする組織とは自動車修理工場や病院のような組織を指す。そして、糸川さんは、創造を使命とする組織を新しくデザインした。

 一般的に日本人は、創造を使命とする組織を作るのが苦手だと言われている。そのため糸川さんは、既存のマネーフロー(給与)で制御するピラミッド組織に、情報フローで制御する別の組織をプラスすればいいと考えた。この組織のメンバーは所属している会社から給与をもらいつつ、プロジェクトに参加し、情報フローに従う。このような組織形態は、両方の任務をこなすマトリックス組織と違い、中長期的な「アドホックチーム」と言える。

 日本人は不安を感じやすい遺伝的特性(S型セロトニントランスポーター)を持つ人が多い(約80%)という。そういう意味で、安定した企業に属しながら、リスクのある新事業に携わる、という人事的方法は無理がない。糸川さんのロケット開発でも、参加メンバーは東大や企業から給与をもらいながら、安定した生活基盤の上で、新事業に邁進していた。アドホックチームで軌道に乗った次の段階で、ISAS、JAXAのようなパーマネントな組織にすればいいのである。

 創造性を生み出す別の組織を、従来のピラミッド組織にプラスするためは、新しいアドホックチームを作る必要がある。AVSAやDLIMASという名前は、アドホックチームが作られ、存在していることを意味する(哲学的だが、名前がある=存在している)。名前ができると、参加するメンバーに連帯感が生まれる。ネーミングの他、アドホックチームには次の要素が必要になる。

ネーミング:名前が組織を作る

使命:何をするために集まったのか

コミュニケーション:マネーフローではなく情報フローが組織図

連帯感:その組織に属している安心感が重要

組織外との関係:組織の自浄作用

 また、アドホックチームにおける多様な人材を束ねる焼き鳥の串を、プロフェッショナルマネージャー(PM)と呼んでいる。PMのジョブディスクリプションは次の5つだ。

(1)ゼネラリストであること

(2)すべてのメンバーと等距離でつきあう

(3)イマジネーションのない人は失格

(4)クールなドリーマーたれ

(5)WOGの能力がある

 WOG(ウォグ)とは、Witten(全角で140字〜250字程度で書いて伝える能力)、Oral(30秒から5分以内で話して伝える能力)、Graphic(ポンチ絵やチャート1枚で伝える能力)を指す。シリコンバレーのエレベータピッチと同じく、この能力がないと予算獲得が難しい。

 これまで解説してきたような“糸川流組織マネジメント”を1行で表すと、次のようになる。

 「異質性や多様性が高いアドホックチームを、Creative Organized Technologyのフローチャートの流れをマスターしたPMが、ペアシステムでマネジメントすること」

※ペアシステムとは異質な専門をもつ人が2人ペアで仕事をすることを意味する

 拙著『糸川英夫のイノベーション』を読まれたトヨタ自動車の元チーフエンジニアの方から、PMの5つのジョブディスクリプションは、トヨタのチーフエンジニア(主査制度)の職務要件とそっくりだ、という大変貴重な感想をいただいた。そのため、前代未聞の試みだが、次回はトヨタのイノベーション(トヨタ製品開発システム)と糸川英夫のイノベーションを比較してみる。

【著者プロフィール:田中猪夫】

 岐阜県生まれ。糸川英夫博士の主催する「組織工学研究会」が閉鎖されるまでの10年間を支えた事務局員。Creative Organized Technologyを専門とするシステム工学屋。

糸川英夫氏(左)と田中猪夫氏(右)。組織工学研究会の忘年会にて(1989年)

 大学をドロップ・アウトし、20代には、当時トップシェアのパソコンデータベースによるIT企業を起業。 30代には、イスラエル・テクノロジーのマーケット・エントリーに尽力。日本のVC初のイスラエル投資を成功させる。 40代には、当時世界トップクラスのデジタルマーケティングツールベンダーのカントリーマネジャーを10年続ける。50代からはグローバルビジネスにおけるリスクマネジメント業界に転身。60代の現在は、Creative Organized Technology LLCのGeneral Manager。

 ほぼ10年ごとに、まったく異質な仕事にたずさわることで、ビジネスにおけるCreative Organized Technologyの実践フィールドを拡張し続けている。「Creative Organized Technology研究会」を主催・運営。主な著書『仕事を減らす』(サンマーク出版)『国産ロケットの父 糸川英夫のイノベーション』(日経BP)『あたらしい死海のほとり』(KDP)、問い合わせはこちらまで。

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