特集

野口聡一氏が「SpaceX凄い」と連呼する理由–「他が報告書を書いている間に次を打ち上げる」

2022.08.03 10:30

日沼諭史

facebook X(旧Twitter) line

 2022年7月19~21日の3日間、リアルとオンラインのハイブリッドで開催されたカンファレンス「SPACETIDE 2022」。すでに具体的なビジネスが生まれ、発展し始めている宇宙産業領域、その今を伝える国内外のキーパーソンによるセッションが目白押しのイベントだ。

 2日目に登場したのは、プロの宇宙飛行士として何度も宇宙船に乗り、船外活動など重要な任務を遂行してきた野口聡一氏。2022年5月をもって26年間務めた宇宙航空研究開発機構(JAXA)を退職し、現在は自ら合同会社未来圏を立ち上げ事業展開するとともに、大学における研究活動やメディアでの情報発信活動をスタートさせている。そんな同氏が自身の宇宙飛行士としての経験をもとに、未来の宇宙旅行や宇宙開発のあり方について語った。

SpaceXの宇宙飛行は「間違いなくパラダイムシフト」

 元アナウンサーで、現在は「宇宙キャスター」という肩書きももつ一般社団法人そらビ代表理事の榎本氏が進行役として始まったセッション。最初に、2021年、宇宙飛行した一般の旅行者がプロの宇宙飛行士より多くなったことについて榎本氏から意見を求められた野口氏は、Space Exploration Technologies(SpaceX)という米国の民間宇宙企業が既存の宇宙産業に与えた影響の大きさを口にした。

宇宙飛行士、合同会社未来圏 代表、株式会社国際社会経済研究所 理事、野口聡一氏

 電気自動車のTeslaなどで知られるElon Musk氏が設立した同社は、2020年5月に民間企業として世界で初めて有人試験飛行を実現した。その後2020年11月に本格運用初号機を打ち上げたが、そのクルーの1人だったのが野口氏だ。

 「僕たちは2020年11月に打ち上げられ、2021年5月に帰還した。そのわずか4カ月後に、同じカプセルを使って民間人4人だけのプロが誰もいないフライト Inspiration4を成功させた」(野口氏)

 試験飛行までは米航空宇宙局(NASA)などから多くの支援を受けていたものの、野口氏の初号機からはその支援を受けず、運用や訓練、救援部隊の配置などをSpace X自らがまかなった。そのうえ、実際に民間人のみのクルーによる打ち上げを成功させたことで、それまで懐疑的に見ていた宇宙産業の関係者も「事の重大さにようやく気づいた」という。

J-SPARCナビゲーター、一般社団法人そらビ 代表理事 榎本麗美氏

 「(SpaceXの)カプセルに乗って、1週間宇宙に行って帰ってくる。その目的においては、彼ら(4人のクルー)はよく勉強して訓練していた」とはいえ、プロの宇宙飛行士に比べれば圧倒的に短い訓練期間だった。従来であれば、膨大な知識を身に付け、長期間に渡る厳しい訓練を経てようやく挑戦できる宇宙飛行だが、そうした必須と思われていた条件なしに宇宙旅行を成功させたことが関係者にとっては驚きだったようだ。

 その後、訓練期間をさらに短くし、プロの宇宙飛行士1人が同乗する「Axiom Mission 1」を実現したこともそれに拍車を掛けた。SpaceXによる宇宙飛行の手法は「間違いなくパラダイムシフト」だったと野口氏は振り返る。

 今後、こうした宇宙旅行の方法が当たり前のようになると野口氏は見ている。「エベレストに登るときには、現地のことをよく知る山岳ガイドが必要」であるのと同じで、プロの宇宙飛行士が同乗することによって民間人の負荷が大きく低減されるからだ。特に「想定外の状態に陥ったときにどうすればいいのかなど、緊急時の危機管理に気を回さなくて良くなる」ことが重要なのだという。

 そんな緊急事態への対処の難しさについて、野口氏は自身の経験になぞらえて説明した。国際宇宙ステーション(ISS)に滞在中、自身4回目の船外活動を行っているとき、その任務のパートナーである女性飛行士の手袋に穴が空くトラブルに遭遇した野口氏。訓練時にはそうした緊急時を想定したシミュレーションを「何十回、何百回」と行っているものの、実際に目の前にいる人が死の危険にさらされたときには想像以上のストレスを被るという。「今そこにある死の危機を感じつつ、無事に帰るための方法と、船外活動本来の目的であるミッションをどこまで遂行するか、それらを考えながら対処しなければならなかった」ことの辛さを吐露する。

 しかし、宇宙旅行するだけの民間人がそこまでの対応力を身に付けるには、短い訓練期間では到底足りない。であれば、随行するプロの宇宙飛行士がその役割を担えばいい。旅行者は旅行を楽しみ、トラブル対応はプロに任せる。宇宙旅行がそういった形になっていくのは必然なのかもしれない。

他が報告書を書いている間にSpaceXは改良試験を終え、次を打ち上げる

 最後に野口氏は、官と民の組織の考え方の違いなど、日本の宇宙開発における課題を指摘した。「(20年以上の)JAXAとNASA生活より、最後の2年間のSpaceX生活で学んだことが多い気がしている」と語り、SpaceXは「変革が速いアジャイルな組織」かつ「考え方がフレキシブル」で、「ドラスティックな変化をいとわない」企業体質だと分析する。

 もし失敗があったときに「(JAXAやNASAなどでは)報告書を上司に提出するが、SpaceXはその間に改良試験が終わって、次のロケットを打ち上げているくらいのスピード感がある」とのこと。「反省する暇があったら改善して次のサイクルを回す」という考え方は、民間のスタートアップなども積極的に加わるこれからの宇宙開発では重要なポイントになりそうだ。

 現在は大学での研究活動に加えて、アドバイザーとして若手のエンジニアと物づくりをしていると話す野口氏。それでも「宇宙飛行士として宇宙に行くことをやめたつもりはない。水先案内人として(誰かと一緒に)宇宙旅行に行く可能性もある」と語り、JAXA退職時の会見で語った「月に行く可能性は1%から99%」の言葉を改めて繰り返した。

Photo report

Related Articles