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古川宇宙飛行士が学生アイデアをISSで次々と実験–「アジアントライゼロG 2023」レポート

2024.04.09 09:00

藤井 涼(編集部)日沼諭史

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 地上では見慣れた物体の運動も、無重力の宇宙空間では予想外の動きをすることがある。たとえばコップからコップへ水を移すような当たり前の動作も、微小重力環境ではきっとうまくできないだろう。

 ISS(国際宇宙ステーション)にある「きぼう」日本実験棟では、そうした微小重力環境の特性を地上だと困難な製薬や素材開発に役立てているが、学生に向けて実験の場として提供する教育プログラムも実施している。それが「Asian Try Zero-G」(アジアントライゼロG)だ。

「Asian Try Zero-G 2023」の会場の様子

日本やアジアの学生たちが実験アイデアを提案

 2011年から開催されているアジアントライゼロGは、「きぼう」日本実験棟の利用促進などを目的としたイニシアチブ「Kibo-ABC」に参加するアジア・太平洋地域の国・地域における青少年向けに、微小重力環境での宇宙実験の場を提供するもの。

 2023年度の「アジアントライゼロG 2023」では、2023年4月より9つの国・地域で実験内容を募集し、小学生~大学生から計245件のアイデアが集まった。選考を経て採択された16の実験に必要な器具は11月にロケットで打ち上げられ、ISSへ。そして2024年2月、ISSに滞在していた古川聡宇宙飛行士が学生らが見守る中で実験を行った。

実験実施前に学生らが自分たちの提案する実験の概要を紹介

 日本からは東京学芸大学附属高等学校、兵庫県明石市立野々池中学校、愛媛県の新居浜工業高等専門学校の学生が提案した実験が選ばれ、他に採択されたインドネシア、オーストラリア、シンガポール、タイ、フィリピン、バングラデシュ、台湾の学生らとともに参加。当日は筑波宇宙センターにて、ISSからのライブ映像を運用管制室のモニターに映し出し、事前に伝えた実験内容を古川宇宙飛行士が順番にこなしていく様子を見学室から見守った。

 16もの実験を1つ1つ丁寧に実施していくうえ、ISSと通信できない時間帯もあるため何度か中断を挟みながらとなったが、学生らが予想していたものとは異なる挙動を示す実験もあり、見学室では歓声や驚きの声がたびたび上がった。時間に余裕ができた際には、学生からの要望に応じる形で条件を変えて追加の実験を行うなど、高画質なリアルタイム映像を通じてコミュニケーションできる「きぼう」日本実験棟の強みを最大限に生かしたプログラムとなっていた。

2018年のアジアントライゼロGでISS上での実験を行った金井宣茂宇宙飛行士が今回同席し、解説していた
古川宇宙飛行士が実験する様子を食い入るように見つめる学生ら

マグナス効果、毛細管現象は宇宙でどう再現されるのか

 学生らが提案した物理実験はシンプルな器具を用いて試せるものばかりだが、その中身は大人顔負けの物理学の知識に裏打ちされたユニークなものだ。ここでは当日実施された実験のなかからいくつかピックアップして紹介したい。

 バングラデシュの学生が提案した実験は、容器内に封入した無数の鉄チップに磁石を近づけたときの様子を観察するというもの。重力のある地上では鉄チップが磁石に単純に引き寄せられて塊のようになってしまうが、微小重力下のISSでは磁石の周囲に発生する磁力線が可視化される形で、きれいに鉄チップが並ぶ結果になった。

容器内の鉄チップは自由に運動している状態だったが、磁石を挿入するときれいに列をなし、磁力線を可視化した(画像提供:JAXA/NASA)

 シンガポールと台湾のチームが提案したのは、紙コップを2つ繋げた物体を、輪ゴムで縦回転させながら飛ばして、マグナス効果による物体の運動を観察するもの。地上だと進行方向に対して上向きに回転させることで円弧状の軌道を描くが、微小重力下では回転方向に従ってループし続ける回転軌道を描くと予想される。

 ところが実際には円弧状の軌道を描いて上昇した後、ISSの天井付近に滞留し続ける結果となった。野球の変化球のメカニズムから思いついたアイデアだと説明した学生は、今回の実験の結果を受けて「なぜこうなったのか、さらに分析を続けたい」と話した。

アジアントライゼロG 2023 「微小重力下でのマグナスグライダーのループ(マグナス効果)」実施の様子(動画提供:JAXA/NASA)

 東京学芸大学附属高の学生が提案した実験は、コップなどに溜めた水に細い管(キャピラリー)を差し込むことで、水を吸い上げるようにしてキャピラリー内の水位が上昇していく毛細管現象が微小重力環境でも再現されるか、あるいはより効率良く水を吸い上げる条件が何かを確認するもの。径の異なる3本のキャピラリーを1つにまとめた状態で差し込み、どの太さが最も効率的に吸い上げるかを確かめられるようにした。

アジアントライゼロG 2023 「微小重力環境の毛細管現象における液面上昇加速度の変化」実施の様子(動画提供:JAXA/NASA)

 その結果、地上では細い管ほど吸い上げやすいのに対し、ISSでは中間の太さのものが最も高く吸い上げていた。これについて学生の1人は「吸い上げる速度も地上より遅かった。どうして中間の太さのものが一番吸い上げたのか、表面の研磨の仕方がどう影響を及ぼしていたのかなども含め、しっかり解析したい」と語っていた。

 2023年度のアジアントライゼロG 2023では以上のような物理現象以外に、宇宙飛行士にとって重要な体力維持に役立つ新たなエクササイズ方法を提案する実験も初めて募集し、5つの案が採択された。

 明石市立野々池中学校の学生は、関節が動きにくくなる微小重力下で、ロープを使ってその動作をトレーニングできる「Rope Exercise」を、新居浜工業高等専門学校の学生は高齢者向けのゴムバンドを用い、ゴムの収縮力を利用することで上半身・下半身の運動を可能にする「Air Chair Exercise」をそれぞれ考案。実際に古川宇宙飛行士がそれらのエクササイズを試して所感を伝えていた。

アジアントライゼロG 2023 「ロープを使った柔軟体操」実施の様子(動画提供:JAXA/NASA)
アジアントライゼロG 2023 「空気椅子でゴム体操」実施の様子(動画提供:JAXA/NASA)

 アジアントライゼロGは、普段地上では試すことのできない実験を宇宙空間という特別な場所で、宇宙飛行士の手によってリアルタイムで行われ、その場で結果を目の当たりにできるという学生にとって貴重な機会となっている。

 こうした実験は学生たちの疑問の解消につながるだけでなく、そこで新たに生まれた疑問や気付きをさらに深掘りして知識を深めていくきっかけにもなる。また、実験で明らかになった現象や結果が、宇宙空間での生活をより良くするヒントになる可能性もあるだろう。このイベントに参加した学生たちが、次代の宇宙開発の担い手として活躍することを期待したい。

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