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「アルテミス計画」とは–日本人も月面へ、現状のスケジュール、わが国の役割など解説

2024.02.28 09:00

下斗米一明(PwCコンサルティング合同会社)

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 世界で今、宇宙大航海時代の幕が開けた。そして、宇宙ビジネスが黎明期を迎えている。近年の宇宙ビジネスが盛り上がりを見せているベースの1つに、米国を中心に日本も参加する月探査の国際プロジェクト「アルテミス(Artemis)計画」がある。

アルテミス I のSLSロケットとオリオン宇宙船(ロケット頭部) (C)NASA/Cory Huston

 アルテミス計画とは、アポロ計画以来、約半世紀ぶりに人類を月面に送り込み、月での持続的な人類活動の構築を目指すものだ。また、月の周回軌道には有人の中継宇宙ステーション「ゲートウェイ」を建設するほか、月を足がかりに、2030年には人類を火星に送る壮大なプロジェクトとなる。アルテミスという名称は、ギリシャ神話でアポロの双子とされる月の女神に由来する。

アルテミス計画の目的

 アルテミス計画の大きな目的の1つに、月の南極付近に氷の状態で豊富に存在すると見込まれている水資源や、重要鉱物の開発がある。月面の水を水素と酸素に電気分解すれば、月面で燃料と酸素を自給でき、重力の大きい地球からロケットを打ち上げて燃料や物資を運搬するよりも効率的に火星を目指すことができる。

 月に存在するアルミニウム、チタン、鉄などは基地を築く材料にもなる。さらに核融合を起こす「ヘリウム3」も豊富にあると見られ、その量は地球上で使用する現在のエネルギー資源の数千年分に相当するとの見方もある。

 また、同計画には日本のほか、欧州諸国、豪州、インド、韓国、UAEなど34カ国も参加する。1960〜70年代の米国のアポロ計画では、合計12人が月面着陸を果たしたが、全て米国の白人男性だった。アルテミス計画では、女性やパートナー国からの宇宙飛行士にも活躍の機会を提供する理念を掲げている。

 日本政府はアルテミス計画において、2020年代後半に米国に次ぐ2カ国目の有人月面着陸を果たす目標を掲げている。日本人が少なくとも2人、月面活動に参加する方向で米国政府と最終調整している。

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2023年12月、アルテミス計画の有人探査を見据えた宇宙飛行士候補者として、2人を新たに選んだ。日本の貢献に対する期待が高まっており、今後の活躍を期待したい。

各ミッションのスケジュール(当初の計画より遅延も)

 アルテミス計画は月着陸船の開発難航などが理由で、当初の計画よりも遅延している。現時点で発表されているミッション概要とタイムラインは次の通り。

アルテミスⅠ:無人の月周回試験飛行(2022年11月~12月に成功)

 SLS(Space Launch System)ロケットと宇宙船Orion(オリオン)の試験飛行を目的として2022年11月〜12月に実施された。Orionは月面まで約100kmまで近づき、月周回軌道を飛行した後、地球に帰還した。

アルテミスⅡ:有人の月周回試験飛行(2025年9月予定)

 アルテミス計画初の有人ミッションで、4人の米国宇宙飛行士が宇宙船オリオンに乗り込み、月周回軌道を飛行して地球に帰還する。月周回軌道では様々な実験と試験を計画している。

アルテミスⅢ:女性初の月面着陸(2026年9月予定)

 アポロ計画以来、半世紀ぶりとなる有人月面着陸ミッションだ。4人の米国人飛行士が宇宙船オリオンに乗り込み、SLSロケットで打ち上げられる。

 その後、月周回軌道で事前に待機している月着陸船と合流。2人の宇宙飛行士(女性、非白人)が月着陸船に乗り換えて、月南極付近に着陸する。そして、氷などの資源を探査し、月着陸船に戻って月周回軌道上で待機している宇宙船オリオンと再度合流。地球に帰還する。

アルテミスⅣ:ゲートウェイ組立拡充(2028年予定)

 月を周回する宇宙ステーション「ゲートウェイ」建設のためのミッションだ。米国以外の宇宙飛行士を含む4人が宇宙船オリオンに乗り、SLSロケットで月周回の新宇宙ステーション「ゲートウェイ」に欧州および日本製の国際居住棟「I-Hab」を運びドッキングさせる。

 4人のうち2人は、ゲートウェイで月着陸船に乗り換えて月面に着陸し、資源探査や科学調査等を行う。その後、月着陸船で月面からゲートウェイに戻る。その後、4人ともゲートウェイから宇宙船オリオンに乗り込み、地球に帰還する。

アルテミスⅤ:月面探査車による月面活動拡充(2029年予定)

 4人の飛行士が宇宙船オリオンに乗り、SLSロケットで欧州製の燃料補給・通信モジュール(ESPRIT)とカナダ製ロボットシステム(Canadarm3)をゲートウェイに運びドッキングさせる。地球からは月面探査車(LTV)も運ぶ。

 このうち2人の宇宙飛行士は、ゲートウェイで月着陸船に乗り換えて月面に着陸し、資源探査、科学調査、月面基地建設等の準備を行う。その後、ゲートウェイに戻り、4人の宇宙飛行士は宇宙船オリオンで地球に帰還する。

アルテミス計画のタイムライン(PwCコンサルティング作成)

背景にある宇宙を巡る国際競争

 アルテミス計画自体は米共和党のジョージ・W・ブッシュ大統領の頃から練られていたが、米政府の財政難もあり、構想として温められたままの状態だった。

 しかし、2016年8月に中国が米国より先に量子暗号通信技術を搭載した人工衛星「墨子」の打上げに成功したことで、米政府が目を覚ましたとも言われている。この中国の成功は、専門家の間では「21世紀のスプートニクショック」とも語られている。この量子通信技術は、光の粒子の性質を利用し、原理的に盗聴・傍受が不可能とされる最先端通信システムとされ、量子通信は軍事・外交をはじめ、金融市場など秘匿性の高い情報のやりとりに死活的に影響を及ぼす。

 現行のアルテミス計画は、トランプ大統領が2017年12月に宇宙政策指令第1号(SPD-1)に署名し、実行に移されることになった。米国内では政治的分断・対立が激しさを増す一方だが、対中国を見据えた米国の競争力強化については共和・民主両党とも一致し、バイデン民主党政権も継続して推進している。2024年の米大統領選でもアルテミス計画は争点となっておらず、超党派で進められている様子がうかがえる。

 アルテミス計画をホワイトハウスの中枢で立案・推進してきたスコット・ペース元米国家宇宙会議事務局長(ジョージワシントン大学エリオット国際大学院宇宙政策研究所所長兼教授)は、多くの宇宙開発は地政学的な理由で進行してきたとし、近年は米政府のみ、NASA資金のみに依存することの限界を筆者とのインタビューで次のように語っている。

 「アルテミス計画の目的は、宇宙探査への国際参加や商業パートナーシップを促進し、新しい地政学的環境に対応することでした。……月に戻るというアルテミス計画はある意味、非常に古いアイデアであるものの、民間主導・商業ペースの方法で月、そして火星を目指すという点では、とても新しいアイデアです。……今日の環境は冷戦時代の国家主導の宇宙開発時代とは大きく異なっており、国境を越えた協力が活発化しています。宇宙開発をリードする私たちも今、より大きなエコシステムに拡大し、他の人たちにも有意義な方法で参加できる機会を与えたいと考えています」

(詳細は、PwC Intelligenceレポート「アルテミス計画と宇宙産業の未来 元米国家宇宙会議事務局長 スコット・ペース氏との対談(2023年9月)」参照)

「アルテミス合意」と国際ルールメイキング

 アルテミス計画を遂行するための多国間での法的枠組みとして、2020年10月に参加国間で「アルテミス合意」が締結された。これは、法的拘束力がない政治的な文書(ソフト・ロー)だが、月や火星を含む今後の宇宙探査・利用を行う上での原則を示しており、非常に重要な国際ルール・ベースとなる。

 当初の署名国は米国、日本、カナダ、イギリス、オーストラリア、ルクセンブルグ、アラブ首長国連邦(UAE)、イタリアの8カ国だが、その後、ニュージーランド、フランス、ドイツ、サウジアラビア、インドなど34カ国が署名している。(2024年1月29日時点)

アルテミス合意の署名国 (C)NASA

 同合意では、1957年に国連で発効した宇宙条約などを基礎に、月、火星、小惑星などを含む宇宙空間の平和的利用、透明性を持った活動、情報の互換性、緊急時の支援、宇宙機などの登録が示され、科学データの公開、宇宙遺産の保護、宇宙資源の採掘、衝突のリスク回避、スペースデブリ削減などを含む宇宙空間の持続的利用を目指す取り組みについても盛り込まれている。

 一方、アルテミス合意に署名していない中国やロシアなどとの国際摩擦や紛争をどうするのか、宇宙開拓能力のある大国と、その能力のない国々が存在する国際社会の中で宇宙資源をどう分配・共有していくのかなど、宇宙開発を巡る国際ルールやガバナンス体制についての法的・政治的な課題に直面している。(詳細は、PwC Intelligenceレポート「宇宙産業育成に向けた国際ルールメイキング(2023年9月)」参照)

日本の技術と産業界への期待

 日本はアルテミス計画の主要パートナーとして、数々の重要プロジェクトに参加している。

 JAXAは日本の自動車メーカーと協力して、アルテミス計画で飛行士が月面を探査するための有人与圧ローバーの提供を予定している。さらに日本の建設会社などと協力し、AI、ロボット技術、3Dプリンティングなどの先進技術を活用し、月面基地の建設や運用の効率化を目指している。

 さらに、月面基地とは別に、月面や他の惑星探査に必要な高精度着陸技術を小型無人探査機で実証する「SLIM」計画を進め、2024年1月20日には旧ソ連、米国、中国、インドに次ぐ世界5カ国目の月面着陸を果たした

 目標地点からの誤差が100m以内という世界初の「ピンポイント着陸」に日本が成功し、SLIMが着陸直前に放出した2台の小型ロボットが、月面にたたずむSLIMの画像を地球に送信できたことは、アルテミス計画への大きな貢献につながり、今後の資源探査で日本の強みともなる。このほか、日本の宇宙スタートアップ企業も、着陸船と探査ローバーの月面着陸に向けて準備を進めている。

 また、ゲートウェイ構想における日本の役割として、JAXAは国際宇宙ステーション(ISS)へ物資を運ぶ補給機「こうのとり」で培った技術を活用した参画を準備している。具体的には、居住機能及び補給での貢献を念頭に、ミニ居住棟(HALO)への機器の提供、欧州宇宙機関(ESA)やNASAとの連携による国際居住棟(I-HAB)のサブシステム(環境制御・生命維持装置)での参画などを目指し、日系企業と連携して開発している。

月面基地での発電、食糧生産、モバイル3Dプリンタやローバーを利用した建設のイメージ (C)ESA – P. Carril

 ペース元米国家宇宙会議事務局長が語る通り、現在の宇宙開発は民間企業のダイナミズムによって牽引されている。従来の宇宙開発関連企業に加え、ニュースペースと呼ばれる新興企業も参入・台頭し、米ソ冷戦終焉直後の1990年代前半のIT革命、インターネット産業の黎明期に類似している。

 2024年現在、宇宙という新しい領域・ツールを駆使して、どういったビジネス・サービスを展開していくのか、私たちのイマジネーション、アイデアが今こそ求められている。「IT」と「宇宙」を掛け合わせた収益性の高い新サービスの展開、そして数々の人類課題の解決(気候変動、食料・水、エネルギー、創薬、より高速で安定的な通信、大陸間の長距離移動時間短縮など)に向けて宇宙という新領域かつツールをどう活用し、ビジネスとして成立させていくのか、私たち産業界の知恵・構想力を磨いていく必要がある。

宇宙ビジネスにおける事業領域と事業例(PwCコンサルティング作成)

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