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牛のふん尿をエンジン燃料に–次世代ロケットを支える「十勝産」バイオメタン製造現場レポート(秋山文野)
2023.12.22 14:30
世界で今、メタン(CH4)を燃料としたロケット開発が進む。メタンは液体水素に次いでエネルギー効率が高く、水素より製造と取り扱いが容易。さらにケロシンよりもススが出にくく、再利用ロケットに向いているという有望な燃料だ。
今春に中国の民間企業ランドスペースが世界で初めてメタンを燃料としたロケットによる衛星軌道投入に成功し、11月にはSpace Exploration Technologies(SpaceX)がメタン燃料エンジン「ラプター」を33基搭載した「スペースシップ・スーパーヘビー」試験機でついに高度140kmへの打ち上げに成功した。
ロケット燃料となるメタンは、火力発電や都市ガスとして製造されているLNG(油田やガス田から生産されるメタンを主成分とした天然ガスを液化したもの)をさらに精製したものだ。
このロケット燃料メタンの製造で、日本と欧州で新たな動きが始まっている。LNG由来のメタンだけでなく、農業廃棄物から製造したバイオメタンを利用し、輸入に頼らない「地産地消」ロケット燃料を調達しようというのだ。
本記事では、日本の民間ロケットの取り組みが進む北海道の大樹町で、「十勝産」バイオメタンロケット燃料の製造プラントと、インターステラテクノロジズ(IST)による初の液化バイオメタンを用いたロケットエンジン燃焼試験をレポートする。
次世代ロケット「ZERO」にバイオメタンを採用へ
大樹町に本拠を置く民間ロケット開発企業、ISTは、観測ロケット「MOMO」に続く衛星打ち上げロケット「ZERO」の燃料として、2020年からメタンを利用することを打ち出していた。ZEROは2023年9月に文部科学省によるSBIR フェーズ3に選定され、機体、エンジンともにより大型化する。このZEROの燃料として、ISTは従来まで本州から輸送してきたLNG由来のメタンを利用していた。
そんな中で、ISTに産業ガスを提供しているエア・ウォーターが2021年、環境省の「CO2排出削減対策強化誘導型技術開発・実証事業」(2022年度より「地域共創・セクター横断型カーボンニュートラル技術開発・実証事業」に名称変更)に「未利用バイオガスを活用した液化バイオメタン地域サプライチェーンモデルの実証事業」で採択された。未利用バイオガスとは、北海道で盛んな酪農から排出される牛ふん尿由来のメタンガスのことだ。
牛のふん尿由来のバイオガスの利用は、液化ガス以前に発電設備の燃料としても利用されており、利用の試みそのものは初めてではない。しかし、発電のみが販売先の場合、電力需要を超える分のバイオガスは買い取られず、利用されずに余ってしまっていた。そこで、有効活用されていないバイオガスを集め、センター工場で液化バイオメタンに加工し、ガスを利用するユーザーに供給してエネルギーの地産地消を進めようというのだ。
液化バイオメタンは、LNGと同じように取り扱うことができ、設備も共通だ。現状はLNGよりも製造コストが掛かるものの、新たな設備が不要という点では導入しやすい。そして、エア・ウォーターのガス利用ユーザーとして、ISTはこの液化バイオメタンに着目した。
ISTは開発中の2段型衛星打ち上げロケット「ZERO」のエンジン「COSMOS」にメタン燃料を使用する計画だ。燃料用のLNGにはエタンやプロパン、ブタン、硫黄化合物などが含まれており、そのままではロケット燃料として使用できないため、LNGをさらに精製して純度の高いメタンにする必要がある。海外から輸入しているLNGを本州で精製し、さらに北海道まで輸送するという手間をかけていたわけだ。
「牛のふん尿」をロケット燃料に変えるまでの過程
エア・ウォーターが取り組む液化バイオメタン事業では、供給元は十勝地方の酪農家だ。そこから帯広市内のセンター工場に輸送しても移動距離は数十kmで済む。さらにバイオガス由来のメタンには、LNGのように硫黄化合物などの厄介な不純物が含まれておらず、もともと純度が高いというメリットもある。
エア・ウォーターの事業に液化バイオメタンを供給している、大樹町内の酪農家「水下ファーム」の牛舎では、約900頭飼育している乳牛のうち、半数がバイオメタン製造の「原料」を排出している。
といっても、乳牛はこれまでと同じように牛舎でえさを食べ、搾乳されて過ごしているだけ。一定時間ごとに乳牛が自発的に搾乳機のところまでやってくると、美味しいえさを食べている間に全自動搾乳機が乳房をお湯で洗ってきれいにし、光センサーが乳頭の位置を検出して自動的に搾乳機をあてがい、搾乳を開始する。終われば、順路の薬液で蹄を清潔にしてまたいつもの場所へ戻っていく。
日々のリズムの中で排泄した牛ふんを巨大な自動スクレイパーがかき取って集め、メタン製造用の発酵槽へと流し込んでいく。一定の温度にあたためられて発酵が進み、精製ガス(メタン)が分離されて圧縮、除湿され、帯広市内のセンター工場へと送られる。
牛ふんからメタンを分離した後の残存物にも利用価値がある。牛ふんは肥料として使われるものの、生ふん尿を牧草の肥料として利用すると残っている雑草の種子が牧草に混ざって発芽してしまい、雑草の多い草地になってしまうのだという。
発酵槽でバイオガスを取り出した後の残存物を「消化液」といい、これを液肥として利用すれば雑草の種子は残っておらず、また肥料としても土壌に浸透しやすいため品質の高い牧草を育てられる。そして、発酵を経て液肥化することで、生の牛ふんの厳しい匂いを取り除いてから利用できるというメリットもある。
センター工場に集められた牛ふん由来のメタンガスは、センター工場で二酸化炭素と分離して純度の高いメタンへ、そして液化の作業が行われる。
液化バイオメタン(LBM)は、トラックや船舶、工場などの燃料から一般家庭の都市ガス、そしてもちろんロケット燃料まで、従来LNGを使用している設備で利用可能だ。トラックやボイラー燃料として燃焼試験を行い、LNGと同様の性能を発揮すると検証済みだという。
環境面の効用も見逃せない。牛ふんからメタンガスを分離せずに肥料として利用すると、メタンはそのまま環境中に排出されることになる。二酸化炭素の25倍の温室効果を持つメタンの排出源の上位に「農地」がある。2021年のCOP26で急務となったメタン排出の削減という点でも、未利用バイオガスの利用を進めることに意味があるのだ。
欧州の取り組みをもリード
牛ふんから臭気という地域の負担を取り除きいてエネルギーと肥料という資源に変え、ロケット燃料としては高純度で使いやすい。「デメリットがひとつもない」(インターステラテクノロジズ 稲川貴大氏)というバイオメタン製造事業だが、同じロケット燃料として海外で取り組んでいる例がある。欧州宇宙機関(ESA)の基幹ロケットを運用する仏アリアンスペースの事業だ。
アリアンスペースは2023年6月、再利用ロケット試験機「Themis」の「Prometheus」エンジン燃料としてバイオメタンを利用した欧州初の燃焼試験を実施したと発表した。フランス北部のベルノンで実施されたPrometheusエンジンの試験では、液化バイオメタン、液体酸素の推進剤(LOX/LCH4推進剤)で12秒間の燃焼に成功した。
アリアンスペースは、LOX/LCH4推進剤を現在開発中の使い切り大型ロケット「Ariane 6」の後継機、また固体ロケット「Vega」シリーズ発展形の「Vega Evolution」上段エンジンで利用する計画だ。そして、メタンを化石燃料由来ではなく、バイオメタンに置きかえる計画も進めている。
現状では、化石燃料由来のLNGをトリニダード・トバゴから打ち上げ射場のある南米の仏領ギアナまで海上輸送する必要があるが、LBMを同じように長距離輸送していたのでは輸送時の環境負担が増えてしまう。そこで、将来的にはギアナでバイオメタンの製造とロケット燃料への精製を行う方針で、フランスの産業ガス製造企業エア・リキードなどが中心となってギアナでのバイオメタン製造プラント開発の実証を行っている。
バイオメタンの原料となるのは、家畜の排泄物のほかに使用済み食用油やサトウキビ、ソルガム(タカキビ)などの残茎といった農業廃棄物だ。こうした原料を北海道の例と同様に発酵槽で発酵させ、メタンガスを分離するという方式となっている。MIL規格で燃料用メタンの基準を満たす純度98.7%以上のバイオメタン燃料を製造し、2025年には年4回以上の打ち上げを実施することが目標だという。
こうした中で、ISTは2023年12月7日、小型人工衛星打上げロケット「ZERO」のエンジン「COSMOS」エンジンの一部を用い、液化バイオメタンを燃料として使用した初の地上燃焼試験に成功した。
「欧州宇宙機関(ESA)が開発しているロケットエンジンに続き世界2例目、民間ロケット会社としては初めて」(ISTプレスリリースより)と控えめな表現となっているが、ESA/アリアンスペースによるPrometheusの燃焼試験が、将来のギアナでのバイオメタン製造とロケット燃料利用を見据えたフランス本国での試験であることを考えれば、大樹町の酪農家から牛ふん由来バイオメタンを調達し、帯広市内で精製して大樹町で燃焼試験を行ったISTの取り組みは、地産地消の点では先を行っている。
次回は、ISTによるバイオメタンを用いたロケットエンジンの燃焼試験の模様と、国内外のメタン燃料ロケットについて解説する。