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Starship、2度目の打ち上げが問う「有人月面着陸ミッション」の現実味–25年末実施は本当に可能か(秋山文野)
2023.11.20 15:58
Space Exploration Technologies(SpaceX)は日本時間11月18日午後10時、開発中の大型宇宙船とロケットを統合したシステム「Starship / Super Heavy」(スターシップ・スーパーヘビー)の2回目となる軌道打ち上げ試験を実施した。
米テキサス州の発射施設「Starbase」で実施された同試験では、約7カ月ぶりに世界最大級のロケットが火を吹いた。33基のエンジンを備える第1段ブースター「Super Heavy」は予定通りの燃焼と分離に成功し、ブースター帰還前に機体は飛行中断システムで破壊された。
第2段の「Starship」は分離後にほぼ予定通りのコースで飛行したものの、飛行中に機体からの信号を喪失。機体は飛行中断システムにより破壊されたと見られる。
Starshipとは何か–前回までの試験と今回の改良点は
Starship / Super Heavyは、宇宙船・衛星打ち上げロケットとなる上段のStarshipと、1段ロケットSuper Heavyで構成される打ち上げシステムだ。
高さ121m、直径9mで100~150トンのペイロードを搭載可能。最大100人が搭乗でき、SpaceXの衛星通信コンステレーション「Starlink」を始めとする衛星の打ち上げや、ロケットプレーン型2地点間輸送機、NASAの有人月面探査「Artemis(アルテミス)計画」の月面着陸機「HLS」(Human Landing System:HLS)などの用途がある。
これら計画を実現するには、まず軌道上への打ち上げを達成する必要がある。4月20日の最初の軌道打ち上げ試験では、リフトオフから約4分後にエンジンの一部が機能せず、飛行を中止して機体は自動的に破壊された。機体だけでなく、33基のエンジン噴射によってスターベースの発射台も破壊され、コンクリート片や砂などがおよそ2.8平方kmにわたって飛散した。
打ち上げ認可を発行する米連邦航空局(FAA)はこの結果を重く見て、射点の改良と再度の環境影響調査を命じた。その結果、SpaceXのイーロン・マスク氏が「数週間後」と目していた2回目の試験は、約7カ月後まで持ち越された。
その間に、SpaceXは新型の段間部(ロケットの異なるステージを結合する部分)の追加や、射点には大量放水システムなどの改良を追加し、11月15日にFAAは打ち上げを認可した。
改良点の「デリュージ・システム」と呼ばれる大量放水システムは、射点に130万リットルの水を放水し、射点へのエンジン噴射の熱の影響を低減するものだ。
Starshipと1段ブースター(Super Heavy)の間にはスリットの入った段間部が設けられ、2段エンジンの燃焼炎を機体の外に逃がすようになった。1、2段を分離する前から2段エンジンの燃焼を開始する「ホットステージング」が可能になり、ペイロード容量を1割ほどアップする効果が期待できるという。
今回は33基のエンジンがすべて燃焼、ホットステージングも成功
2回目の打ち上げ試験の当初の予定では、テキサス州のスターベースからのリフトオフ後、2分41秒後に1段と2段が分離し、6分48秒後に1段は着陸に備えたエンジン燃焼を終了してメキシコ湾上の着陸船へ帰還、2段Starshipは8分33秒後にラプターエンジンの燃焼を終え、1時間30分後にハワイの北側の太平洋上に着水する計画だった。
なお、11月17日に予定されていたStarship・Super Heavyの打ち上げ試験は、17日中に1段の帰還を制御するグリッドフィンの交換が発生したため18日に延期となった。18日午前7時の打ち上げの2時間前、「Go」の判断と共に燃料注入が開始され、メタンと液体酸素の推進剤が充填された。
打ち上げカウントダウンは予定通りスタートし、リフトオフの40秒前にいったん休止。数分で再開され、ほぼ予定通りにStarship / Super Heavyは打ち上がった。
追尾カメラの映像でまず目を引いたのは、33基のラプターエンジンがすべて燃焼していることだった。打ち上げ中継のモニタリングシステムと画像のどちらでも、エンジンが燃焼していないことを示す欠けた部分はなく「4月の試験とは違う」と思わせた。最初のクリティカルな瞬間である1段燃焼停止と分離は計画通り成功。実証は大きく進展した。
しかし分離後の1段Super Heavyは、着火したエンジンの位置がバラバラで正常なプロセスには見えなかった。中継映像では推進剤と見られるものが周囲に噴出している様子がうかがえ、機体に何らかの異常が起きているようだった。そして、直後に爆発し、制御された着陸は達成できなかった。
SpaceXはX(旧Twitter)への投稿で「1、2段の分離直後に予定されていない急速な機体の分解が発生した」と述べている。
なお、2段Starshipが新機能のホットステージングを成功させたことは特筆に値する。ホットステージングとは、1、2段が結合した状態で2段に着火してから分離することで、分離時の推力損失を低減する技術だ。ロシアのソユーズ(Soyuz)ロケットでは実績があるものの、SpaceXでは初めて取り入れた。イーロン・マスク氏がホットステージングに言及したのは今年6月後半で、それから約5カ月で新機能を実現したことになる。
ノミナル通り飛行を始めた2段Starshipだが、エンジン停止のタイミングを前に異常が発生した。信号が途絶え、打ち上げ中継では「飛行中断システムが作動したとみられる」との見解が示された。
推進剤の消費もほぼ終わり、飛行計画の後半まで達成したはずだが、飛行は達成できなかったと見られる。速度と高度から機体の再突入エリアは、西インド諸島付近と推定されている。ホットステージングの実証という目標は間違いなく達成したが、2段Starshipの飛行に課題を残した形だ。
Starshipが担う「有人月面着陸」–25年末に間に合うのか
Starship・Super Heavyは衛星打ち上げから有人月探査まで多様なミッションが計画されているが、当面の目標として最も重要なのは「Artemis(アルテミス)計画」の3回目のミッション「Artemis III」における月面着陸機(HLS)の役割だろう。
超大型ロケット「Saturn V」(サターンV)と月着陸船・司令船の組み合わせによるアポロ計画の最後の月面着陸からすでに51年が過ぎ、半世紀前の国家プロジェクトを民間企業が担えると実証することになる。ただし、HLSとしてStarshipが飛行する前に、まだ相当なマイルストーンが残っている。それも軌道到達という目下の目標をクリアしたとしてもだ。
Artemis計画で最初の有人月面着陸を行うArtemis IIIでは、宇宙飛行士はスペースシャトルのエンジンを活用した超大型ロケット「SLS」と宇宙船「Orion」(オライオン)の組み合わせで月の軌道(月長楕円極軌道:NRHO軌道)へ到達する。
その間、HLS型のStarshipが無人の状態でNRHO軌道へ行き、月軌道上でOrionから2名の宇宙飛行士がStarship・HLSに移動、月面に降り立ってミッションを達成した後、またOrionに乗り換えて地球へ帰還することになっている。
Starshipは、地上の打ち上げから月軌道まで直接飛行することができない。推進剤のメタンと液体酸素が足りないためだ。そこで「Starship・ストレージ・デポ」と「Starship・トランスファー・ビークル」という2種類の形態のStarshipを別途開発し、軌道上でストレージ・デポ形態が運ぶ推進剤をStarship・HLSに移し替え、「満タン」の状態でArtemis IIIミッションを行う。また、Artemis IIIミッション実施前に、Starship単体での無人月周回飛行も達成する必要がある。
この推進剤輸送ミッションと月面飛行実証の実現するには、何回のStarshipの飛行を重ねる必要があるのか。2021年7月にGAO(米国会計検査院)が公表した報告書によれば、16回のStarship飛行が必要だという。イーロン・マスク氏はこれに反論し、最大で8回、最小で4回飛行すれば目的は達成できると述べた。さらに2023年11月、NASAのMoon to Mars Program Officeのラキーシャ・ホーキンス氏は、「20回近く」との見解を示した。
ホットステージングの採用は、1、2段分離時の推力喪失を低減することでStarshipの輸送能力を増強し、推進剤輸送ミッションの回数をGAOとNASAの見解である16~19回からマスク氏の目標である4~8回に近づけるための方策だろう。
しかし、仮に8回で達成できたとしても、2025年12月にArtemis IIIを実施するとすれば、これから3カ月に1回はStarshipの打ち上げ、それも飛行実証ではなく実ミッションの遂行が必要になる。いくらSpaceXの開発スピードが旧来のNASAを凌駕しているとはいえ、複数形態の開発と飛行実証、ミッションをこのスピードで行うことに実現性があるとは考えにくい。
11月のStarship飛行試験はStarshipというシステムが確実に進展していることを示したと共に、Artemis計画での月面有人探査が、Starship開発に律速されていることも同時に示したといえる。