特集

「ソニーの衛星」を支える日本の新興企業、アークエッジ・スペースとは何者か–キューブサット事業が本格化(秋山文野)

2023.11.17 07:45

秋山文野

facebook X(旧Twitter) line

 ソニーと宇宙航空研究開発機構(JAXA)、東京大学が共同開発し、2023年1月に打ち上げられた超小型衛星「SPHERE-1 EYE」(EYE)は、ソニー製のフルサイズカメラを搭載し、写真や動画の撮影、ライブ配信が可能な超小型衛星だ。

 当初の計画では、地上の一般ユーザーが衛星の姿勢やカメラの撮影パラメータを設定でき、自由に撮影できる衛星となるはずだったが、姿勢制御系のトラブルにより当初の目的を達成することは叶わなかった。しかし現在も運用を続け、多くの撮影とその撮影データのダウンリンクに成功している。

そもそもキューブサットとは

 ソニーのEYEは、「キューブサット」と呼ばれる、1辺10cm角の立方体を単位とする超小型衛星の規格で開発されている。キューブサットは2003年に東京大学、東京工業大学らが米国と共に開発し、現在では大学の研究開発だけでなく、商用衛星としても世界で利用される規格となっている。

 最小の10cm角サイズ「1U」でも衛星として成立するが、より多くの機能を追加できる「3U」(1Uを3個並べたサイズ)や「6U」(1Uを6個並べたサイズ)といった、より大型のキューブサットの商用利用が広がっている。ソニーのSPHERE-1 EYEは6Uサイズとなる。

アークエッジ・スペースが参加したソニーの人工衛星EYEのモックアップ。 撮影:秋山文野

 同衛星の開発に参加した日本の新興企業がアークエッジ・スペースだ。同社は東京大学で培った超小型衛星の開発・利活用技術の事業化を目的に2018年に創業された。

 アークエッジ・スペースはキューブサットを中心に、多様なミッションに対応する衛星の生産から、衛星の運用サービスや関連ソフトウェア開発まで手掛けている。

 また、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が公募した「経済安全保障重要技術育成プログラム」(Kプログラム)のうち、「船舶向け通信衛星コンステレーションによる海洋状況把握技術の開発・実証」に採択され、海洋状況をモニタリングする衛星の開発に取り組んでいる。

 さらに、経済産業省が公募した「中小企業イノベーション創出推進事業(SBIRフェーズ3)」では「リモートセンシングの高度化事業」にも採択されている。

スーツケース大の衛星バスを標準化–量産体制へ

 そんな同社が現在量産化を進めているのが、6Uサイズの標準汎用衛星バス「AE6Uバス」だ。バスというのは、データ処理や電源供給、通信、姿勢制御といった衛星の基本機能を搭載した機体を指す。

 AE6Uバスは東京大学と台湾国家宇宙センター (TASA)と共同開発した地球観測衛星「ONGLAISAT」の基本設計を生かして商業化したもので、Wide 6Uという少し大きめの規格を採用している。各社のロケットが搭載するキューブサット打ち上げ機構や、ISSなどからの軌道上放出サービスに対応するなど、さまざまな打ち上げ手段を利用できる。

 6Uは、10cm角の1Uを3個ずつ2列に並べたスーツケース大のサイズとなる。AE6Uバスは、これを縦半分にして片方を前述のバス部、もう片方をミッション部に分けた構成となっている。

 衛星のバス部の設計を共通化し、信頼性の向上や開発コストを低減することは大型衛星から行われており、これをキューブサットにも適用した形だ。ミッション部は衛星の用途に応じてカスタマイズ可能で、すでに3機の衛星を製造中だという。2025年までに10機以上の衛星を打ち上げる計画だ。

動き始めたキューブサット衛星ビジネス–NEDO案件を受注

VDES衛星による海洋DXと海洋状況把握。出典:アークエッジ・スペース

 アークエッジ・スペースは、AE6Uバスをホステッドペイロード、IoT、衛星リモートセンシングなどのユーザーに提供する事業を展開している。中でも注目されるのが、NEDOが公募した「海洋状況把握技術の開発・実証事業」での「VDES」(VHF Data Exchange System)衛星の開発にIHI、LocationMindと共に選定されたことだ。

 VDESとは何かを説明する前に、まず海上で船の航行の安全を守る「船舶自動識別装置」(AIS)について説明する。これは船名や船籍番号、サイズや位置と針路、速度、目的地、到着予定時刻、積載物といった船舶情報を陸上のアンテナまたは衛星へと送信するものだ。

 AISは国際航海に従事する船舶は300トン以上、従事しない船舶では500トン以上に搭載の義務がある。陸上のアンテナでは受信できない船舶の信号を受信するため衛星は都合がよく、日本では2012年に打ち上げられた小型実証衛星4型(SDS-4)で初めて衛星AISの実証が行われ、2014年打ち上げの地球観測衛星「だいち2号」にも搭載された。特に小型衛星が活躍する利用分野だ。

 しかし、AISは利用できる信号の容量に限りがあり、航行の多い海域では混雑のため通信が輻輳するといった状況が発生している。また、内航船ではAIS搭載を義務付けられているのは大型の船舶のみで、漁船や小型船には搭載が進んでいない。また、信号のなりすましが可能などセキュリティ面でも課題がある。

 そんなAISを拡張し、気象や沿岸情報、救難に関わる情報など、さらに多くの情報を送受信できる次世代システムが「VDES」だ。これを利用するには、衛星もAISからVDES対応への切り替えが求められる。

 欧州はVDES普及に向けて衛星を活用する動きが広がっており、デンマークが2028年までに61機の衛星コンステレーションでVDES衛星を打ち上げる計画を持つ。中国が技術開発で先行することでルールづくりでの発言力を増していることへの対応という意味もあり、日本は2026年までにアジア地域で機能する複数のVDES実証衛星を打ち上げる計画だ。

 公募時のVDES衛星コンステレーションの構想。出典:内閣府・経済産業省「『船舶向け通信衛星コンステレーションによる海洋状況把握技術の開発・実証』に関する研究開発構想(プロジェクト型)」より

 NEDOの公募要件では、衛星VDESの実証機として50kg級の衛星を4年間運用するという想定となっていた。アークエッジ・スペースはこの事業に50kg級よりもさらに小型のキューブサットで挑む。

 VDESは、周波数の割当が2019年に国際電気通信連合(ITU)で決まったばかりと日が浅く、インフラとしての規格にまだゆらぎがある。開発スピードが早く低コストのキューブサットは変化に対応しやすいという点でこうした実証向きだといえる。

製造を進める中で見えてきた課題

 2023年10月17日から20日まで富山市で開催された第67回宇宙科学技術連合講演会で、アークエッジ・スペースの船曳敦漠(ふなびき・のぶひろ)氏が6U衛星バスが6U衛星バスの開発について講演した。それによれば、キューブサットの商業化を進める中で、顧客の要望に応じて開発する際の特有の問題が見えてきたという。

 AE6Uバスは、約30cmの長方形の部分をミッション部として利用可能で、これまでの実績からリモートセンシングに向いた設計となっている。一方、ミッションによって衛星の方向を変えたいといったカスタマイズの要望も浮上している。

 また、打ち上げ時に太陽電池パネルを畳んで収容するため、衛星の厚みは10mmほど削られている。「キューブサット」という意識で制作されたミッション機器がミッション部のスペースに収まらないこともあるといい、多様な顧客に対応するコミュニケーションにまだ課題があることを挙げた。

 打ち上げサービスにしても、ロケットの確保だけでなく総務省への電波の利用申請はミッションの2年前から行う必要があり、開発から打ち上げ、運用とプロセス全体のスケジュールで顧客と共通の理解を得る必要がある。

 日本でキューブサットの歴史を作ってきた東京大学から、超小型衛星をビジネスとして製造する企業が誕生した。欧州でVDES実証衛星の製造を担うスウェーデンのAAC Clyde Spaceのように、キューブサットを中心にしたカスタム衛星の開発や製造は、宇宙の新興企業、いわゆるニュースペースの潮流となっている。VDES衛星コンステレーションの案件を獲得したアークエッジ・スペースの成長が期待される。

Related Articles