特集
「H3ロケット」の打ち上げ失敗要因、3通りに絞り込まれる–2号機製造への影響は?(秋山文野)
2023.08.30 09:52
航空宇宙開発機構(JAXA)は8月23日、3月に発生した「H3ロケット試験機1号機」(以後H3ロケット)打ち上げ失敗の原因と対策について7回目の報告を実施した。文部科学省の「宇宙開発利用部会 第50回調査・安全小委員会」で行われた。
H3ロケット打ち上げ失敗、何が起こった?
H3ロケットの打ち上げ失敗では、第1段ロケットを分離し、2段エンジンに着火信号を発出した後に、2段ロケットの推進系制御用の機器において過電流による異常が発生した。
これによって、2段エンジンや推進剤タンク、姿勢制御ジェットなどの推進系を制御する装置が2系統ともエンジン周辺機器への電源供給を遮断し、2段エンジンに着火できずに指令破壊され、海に落下した。
この失敗を受けて、JAXA理事の布野泰広氏をリーダーとする原因究明チームが発足。三菱重工業および外部エレクトロニクスの専門家と協力し、実際に起きたトラブルとその要因に沿って分類する「故障の木解析」(FTA)を続けてきた。
18の故障シナリオから3つの要因に絞り込み
その結果、およそ3つの原因に絞られた。このうち2つを「H-IIA」と「H3」で同様に起きる可能性がある「H-IIA共通要因」、1つはH3でのみ起きる「H3固有要因」に分類した。
5月25日時点の報告では、部品の不具合から2段推進系の機器での過電流を引き起こす可能性がある「故障シナリオ」は18個が洗い出されていた。そして、今回の報告に至るまでに、これら18シナリオを実際の飛行データと照合、あるいは再現試験を行いつ絞り込みを進めてきた。
その上で、JAXAの岡田匡史プロジェクトマネージャは「エキサイタもしくはPSC2 が損傷したことで、2段不着火事象が発生したと評価した」と報告した。
「エキサイタ」とは、エンジンに点火する機器に含まれている一種の点火プラグのことだ。一方の「PSC2」とは2段の推進系(エンジンや姿勢制御ジェットなど)を制御する「2段推進系コントローラ」のことで、A系とB系の2系統ある。
実は、18個のシナリオのうち、試験でH3試験機1号機で起きたトラブルを完全に再現した、と言えるものはまだない。電気系統で生じた微妙な不具合が運悪く重なった可能性があり、原因と対策を一つに絞り込んで一対一の関係を結べるようなものではない。蓋然性の高いものを洗い出していき、現実的な範囲で対策するという方向になっている。
最後の1個まで原因を絞り込むことにこだわるのではなく、「多少オーバーキルになっても対策を施す」(JAXA 佐藤寿晃 事業推進部長)とこれまでにも表明してきた通り、現実的な対策はすべて実施する方針だ。 18個のシナリオを分類し、かつ試験の上で可能性が低いものを取り除いたところ、原因は次の3つに絞り込まれた。
・(1)エキサイタ内部で軽微な短絡、SEIG※後に完全に短絡(H-IIA、H3共通)
・(2)2段エンジン着火 ②エキサイタへの通電で過電流状態が発生(H-IIA、H3共通)
・(3)PSC2 A 系内部での過電流、その後B系への伝搬(H3固有)
※(1)~(3)に含まれ、可能性のある故障シナリオは全部で7個。
一例では、エキサイタと組み立てる際に部品のコイルを覆っている絶縁シートにごくわずかなずれがあり、コイルが機器のケースと接触していたという不具合例がある。このために「作業中の取り扱いや打上げ時の振動・衝撃でコイル表面のエナメル被覆が剥がれ、コイル素線とケースが接触し、SEIG時に地絡」が発生したことが考えられる。
対策として、絶縁シートの巻き方を変更してコイルとケースとの間に十分な余裕を設ける、X線CT検査の追加などが行われる。
H-IIA「47号機」には対策を適用済
こうした対策のうち、H-IIAと共通のシナリオに関係するものはすでに対策が進められた。8月28日に打ち上げ延期となったH-IIAの「47号機」にも適用されている。
H3ロケットについては、試験機2号機以降の設計にも反映される予定だ。 各シナリオの可能性は、これまでの製造記録で見つかっていた事例なども照合して確認したという。
また、7月以降の調査ではFTAの解析の手順を見直し、「本当にすべての事象を調査しているか」という網羅性の検証も行われた。その上で発表された報告書は、一連の原因調査でひとつの区切りとなっており、2022年10月に打ち上げに失敗したイプシロンロケット6号機の事例から考えればそろそろ報告書の取りまとめに進む段階になりつつある。
書類上の区切りだけでなく、H-IIAとの共通要因への対策の成否もまもなく判明する。X線分光撮像衛星「XRISM」と小型月着陸実証機「SLIM」を搭載したH-IIA 47号機では、2機の衛星を段階的に分離するため2段エンジンを2回着火するという複雑な打ち上げミッションとなっている。
対策の結果がわかる、1・2段分離後の最初のクリティカルなタイミングは、リフトオフから6分56秒後の「第2段エンジン第1回推力立ち上がり(SELI1)」(高度315km)、2回目は44分51秒後の「第2段エンジン第2回推力立ち上がり(SELI2)」(高度571km)だ。
天候条件が悪かったため打ち上げは延期となり新たな日時は未定だが、日本の基幹ロケットの今後にとって重要な、注目される打ち上げとなる。
H3ロケット、製造長期化などの影響なし
H3ロケット試験機1号機の失敗原因調査に関する報告が完了すれば、H3へ着実に反映させる段階となる。検査強化など製造の中で新たな手順がいくつか追加されているが、岡田匡史プロジェクトマネージャによれば、効率的な作業を目指す必要はあるものの、製造期間の長期化などについては「そこまで大きなインパクトを与えるものではない」という。
今後は1段LE-9エンジンの完成や計画されている地球観測衛星「ALOS-4」、国際宇宙ステーション補給機「HTV-X」、火星衛星探査機「MMX」など重要な打ち上げが多数待っている。打ち上げウインドウの厳しい計画もある中で、H3という新型ロケットを確実に完成させる段階に入らなくてはならない。