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「宇宙×地方創生」に挑むJAXA職員–自治体の宇宙参入を支援する想い

2023.06.26 09:00

藤井 涼(編集部)藤川理絵

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 「ここ2〜3年で、宇宙の技術を活用した地方創生は様変わりした」――。こう語るのは、2021年4月より佐賀県庁からJAXA新事業促進部に出向し、自治体支援を手がける円城寺雄介氏だ。「宇宙×地方創生」を手がけてきた円城寺氏に、取り組みへの想いや最新の事例を聞いた。

JAXA新事業促進部の円城寺雄介氏

100の実証」より「1の実装」

 もともとは歴史学者を志した、文系人間だという円城寺氏。新卒で入庁した佐賀県庁では、土木、金融、人事、医療、情報など、さまざまな分野を担当した。大河ドラマとコラボしたイベントは、生粋の歴史好きが奏功した。

 転機は、2010年頃のこと。新たに担当した救急医療で、全国初となる救急車でのiPad活用を推進したのだ。年間約3万件の搬送データを解析して、ドクターヘリの導入や、搬送時間の短縮を実現し、小学校の社会科の教科書にも取り上げられたという。

 「テクノロジー活用による地域課題解決」に目覚めた円城寺氏は、2014年にはテレワークの推進、2017年からはドローンによる物資輸送や、消防の夜間訓練におけるドローン活用、コロナ禍ではアバターロボットを使って、県が運営する療養ホテルの非接触化を図るなど、佐賀県庁で10年以上に渡りテクノロジー活用に取り組んできたという。

 2020年、佐賀豪雨をきっかけに衛星データ活用も手がけたというが、2021年にはJAXAへ勤務することとなった。宇宙×地方創生への取り組みにおいて、譲れない想いがあったからだ。

 「たとえば、ドローンやデジタル活用で、ビジネスとしてペイできていない取り組みが少なくないのは、実証までで終わっているためだと思う。宇宙ビジネスは実証で終わらせたくない。JAXA職員として中立の立場で、全国47都道府県を対象に広く、宇宙に参入したい自治体を支援することで、宇宙産業の裾野を着実に広げていきたい。そのために、100の実証より1の実装を目指す」(円城寺氏)

宇宙産業は「国から地方」へ

 そんな円城寺氏だが、「佐賀県庁の職員をしていた頃、自分も宇宙のことを何も知らなかった時には『JAXAに相談すれば何とかしてくれるんじゃないか』と甘い考えを持っていた」と明かす。宇宙開発といえば、長らく国主導だったため、当時の自治体の温度感が低かったのは無理はない。しかし、宇宙ビジネスはいま、国から地方、さらには民間へと広がりつつある。

 宇宙ビジネスが地方自治体にも広がるきっかけとなったのは2018年。内閣府と経済産業省が、宇宙という新産業創出に関心のある企業、個人、団体の連携を促進するために、「スペース・ニューエコノミー創造ネットワーク(S-NET)」を創設した。

 さらに、S-NET活動の一環として、地域が主体となって自律的な宇宙ビジネスの創出を加速することを目的に、「宇宙ビジネス創出推進自治体」を選定。2018年の第1回では北海道、茨城県、福井県、山口県が選ばれた。

 この4つの自治体が先駆的に、宇宙港の整備、ベンチャー創出、衛星打ち上げ、衛星データ活用などの取り組みを進め、続く2020年には福岡県と大分県が、宇宙ビジネス創出推進自治体に新たに選出された。

 「先駆的な6つの自治体の地道な取り組みが、大きなインパクトを生み出した。さらに2021年11月には、宇宙開発戦略本部長である岸田総理に対して、11道県の知事が連名で、『地方からの「宇宙」への挑戦に関する要望・提言』を提出。宇宙産業が国から地方へ、潮目が変わった」(円城寺氏)

 2023年4月には、佐賀県、鹿児島県、鳥取県、群馬県、岐阜県、豊橋市、長野市が、第3回目の新規選出自治体となり、宇宙ビジネス創出推進自治体は13自治体に拡大している。

 円城寺氏は、古巣である佐賀県への親しみをこめてこう語る。「宇宙とは何の関係もなかった佐賀県ができたのだからと思えば、(他の地方自治体の)ハードルも下がるのでは」(円城寺氏)

JAXAと地方自治体の連携事例

 いま、宇宙技術やビジネスを活用した地域振興に乗り出す自治体が、急速に増えつつある。そして、これから宇宙を始めたい自治体の「自走の支援」をミッションのひとつにするのが、円城寺氏が所属するJAXA新事業促進部だ。

 これまでも山口県などは、JAXAの衛星データを取り扱う部署と協業している。新事業促進部の役割は、宇宙に興味があるという自治体の窓口となり、その自治体に合った宇宙施策を考えていくための、立ち上がりの支援をすること」(円城寺氏)

 新事業促進部と地方自治体との連携事例は、佐賀県との災害対応を目的とする「衛星データ活用」や福井県との県内外の企業が共同で衛星を製造する「産業振興」などがある。

 佐賀県は2019年8月、“数十年に一度”と言われる豪雨に見舞われた。堤防内の市街地に溜まった雨水を排水できずに内水氾濫が発生し、大規模な浸水被害が発生。さらに、僅か2年後の2021年8月、同じ水害が起きてしまった。

 これまでにない災害が、全国どこでも起こり得る時代だ。佐賀県はJAXAと、災害時の状況把握や平時の防災対策などを目的に、衛星データの活用を進めており、モデルケースの創出と他自治体への展開も目指している。

 「たとえば、発災前後の衛星データを比較することで、短時間で広範囲を俯瞰して異常を検知でき、該当エリアに絞ってドローンを飛行させれば、効率よく詳細な情報を取得できる。衛星データってこんなふうに使えるのだな、と興味を持ってもらえたらと思う」(円城寺氏)

 福井県では、新たな産業として宇宙産業に着目し、2015年に福井県の経済戦略の中に「福井県民衛星プロジェクト」を盛り込んで、産学官金連携による衛星製造、 衛星データ利活用、人材育成の3本柱をもって宇宙産業への参入に取り組んできた。JAXAもこのプロジェクトを支援している。

 具体的には、福井県と県内外の企業とがタッグを組んで、福井県民衛星技術研究組合を設立し、県民衛星「すいせん」を製造。2021年3月に、カザフスタン共和国のバイコヌール宇宙基地からの打上げに成功した。すいせんが撮影した衛星データは、三方湖の水草(ヒシ)繁茂状況のモニタリングや、大麦の収穫時期の予測などに活用されているという。

 「わが国の主力は自動車産業。部品を供給する中小企業が多いが、EVシフトや、若者の車離れで、将来的に市場が縮小すると、地方から産業や企業が消滅する恐れがある。地方こそ、成長産業を追いかけるべき」(円城寺氏)

これから宇宙を始めたい自治体は?

 では、宇宙への取り組みを始めようとする自治体は、まず何をすればいいのだろうか。宇宙は成長産業だからと、闇雲に手を出そうとしても、そもそもハードルが高い。また、取ってつけたような施策では続かず、新たな産業やビジネス創出の“種まき”としては不十分だろう。

 「大事なのは、その地域に合った宇宙施策に取り組むこと」だと円城寺氏は話す。そこで、新たに自治体向けの専用ページも立ち上げた。情報提供や、相談窓口としての役割を強化するという。

 たとえば、2023年に宇宙ビジネス創出推進自治体に選ばれた群馬県も、新事業促進部が支援した“ゼロスタート”の自治体のひとつ。群馬県の強み、抱える課題などをヒアリングしながら、「それなら、これもありますよ。何がやりたいですか」と、自走に寄り添うスタンスで支援を行ったという。

 2022年8月には、群馬県庁職員と県内企業を対象として、衛星データの利用をテーマにイベントを開催。基調講演で宇宙の基礎知識をインプットする、アイデア出しのツールを提供するなどの直接的な支援も行ったものの、アイデアソンのファシリテートは県庁職員が務め上げ、円城寺氏はアドバイザーに徹した。

 「まずは、群馬県固有の課題を出してもらったところ、(度々議論になる)『前橋市と高崎市は本当に仲が悪いのか?』といったユニークな話も飛び出した。これを『宇宙とは関係ない』と切り捨てるのではなく、『宇宙から見た人流データを解析すれば、交流度合いを可視化できる』のでは、と地域と宇宙と紐付けて発想を広げる手助けをした。群馬県特産のこんにゃくを使って宇宙食を作りたい、というアイデアもあった。群馬の方たちがやりたいことや、自分たちの強みを生かすことの方が楽しめるし、次へのフックになると思う」(円城寺氏)

 また、JAXAの宇宙探査イノベーションハブが実施している研究提案募集、内閣府が主催する宇宙ビジネスアイデアコンテスト「S-Booster」への参加もおすすめだという。応募を通じて、自治体内にどのような技術があるのか、宇宙でどう使えそうか、情報を整理できれば、それを県として支援して産業を育成できるためだ。

いまこそ「地方」が国を動かすとき

 「月面で生活する未来に向けて、ボーリング調査技術が役立つかもしれない。もし、地域にデータ解析などソフトウェア企業があれば、衛星データ解析ビジネスを育成できるかもしれない」と、円城寺氏からはアイデアが溢れ出す。しかし、「JAXAが丸抱えで押し付けることは一切しない」と断言する。根底には、県庁職員かつ、歴史好きというバックボーンを持つ、同氏だからこその熱い想いがあった。

 「吉田松陰が『草莽崛起(そうもうくっき)』を唱えた明治維新では、地方から名もない志士たちが立ち上がった。歴史上、変革やイノベーションは、中央ではなく地方から起こる。また地域に根ざして暮らす人は、危機感への感度が今も昔も非常に高い。今こそ、地域課題に一番真剣に向き合っている地方の人たちが立ち上がって、世の中を変えていくときであり、具現化していく最高のプレイヤーが自治体職員と地域企業だと思っている」(円城寺氏)

 収益を考えると、長期スパンで取り組む必要がある宇宙領域に、民間企業がなかなか手を出せないのも事実。だからこそ、自治体がこの分野に早期に“種まき”をすることで、地域の未来を底支えしていけるのではないだろうか。これから宇宙に参入したい、新事業促進部にコンタクトを取りたい自治体の担当者は、JAXA新事業促進部のウェブサイトにある「地域連携」の項目から問い合わせが可能だ。

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