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VRで宇宙飛行士のメンタルケア–国際宇宙ステーションで体感する自然と街並み

2025.02.08 08:00

ZDNET Japan

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微小重力下でVRを機能させる

 VRを宇宙で機能させるには、特別な考慮事項がある。すなわち、微小重力下でVRを動かし続ける方法について考えなければならない。

 微小重力とは、重力が存在しないという意味ではない。ISSなど、微小重力下にある物体は厳密には自由落下状態にあり、それによって無重力状態を作り出している。地球上では、VRヘッドセットは加速度計やジャイロスコープなどのセンサーを利用して、装着者の視界に画像を正しく配置し、装着者が動くときや周囲を見回すときに調整を行う。ヘッドセットによっては、追加のセンサーやカメラが使用される。

 当然ながら、それらのセンサーは自由落下状態で機能するように設計されているわけではない。地球上のように重力が働かなければ、装着者がドリフト現象(コントローラーやセンサーが勝手に反応してしまうトラブル)を経験し、画像が本来固定されているはずのポイントから動いたり、ずれたりする。

 HTCのバイスプレジデントであるThomas Dexmier氏は、ドリフト現象がひどいと気分が悪くなることがある、と述べた。

 地球上でもヘッドセットやコントローラーにドリフト現象が時々発生することはあるが、通常はリセットすれば解決する。しかし、宇宙では宇宙飛行士が数分ごとにリセットしなければならない、とThomsen氏は語る。

 Nord-Space ApsとHTCは、この基本的な物理の力を補正する方法を解明しようと取り組んだ。

 偶然にも、台湾のHTCは、遊園地やトレーニングシミュレーターなどに用いる高度な追跡アルゴリズムを開発している。ジェットコースターでヘッドセットを装着する場合にも、これらのセンサーが正常に機能しなくなる。HTCが考え出した解決策は、コントローラーを固定点に取り付けて、それを主な参照点として使用することで、センサーの方向合わせをするというものだ。ジェットコースターに乗った装着者の身体が動くとコントローラーも動くため、画像は本来あるべき場所にとどまる。

 Thomsen氏はHTCとの会話で「ジェットコースターを宇宙ステーションに置き換えればいい」と語ったことを振り返った。彼らは当時、コントローラーをISSの壁に固定する計画を考案した。

 しかし、他にも乗り越えなければならないハードルがあった。それは、ISSに持ち込む電子機器などに関する米航空宇宙局(NASA)の安全性検証プロセスに合格することだ。ISSを浮遊する物体は、可燃性や禁止部品など、考えられる危険性を入念に検査しなければならない。例えば、物品が壊れた場合に、宇宙飛行士が切り傷を負う可能性やISSが損傷する可能性はないか。デバイスの稼働に使用されるソフトウェアは、ISSの他のシステムと連携するのか。

HTCは放物線飛行を使用してヘッドセットをテストした(提供:Novespace)
HTCは放物線飛行を使用してヘッドセットをテストした(提供:Novespace)

 バッテリーなどの部品を宇宙ステーションに持ち込むのは、簡単なことではない。チームは時間をかけて宇宙飛行用にバッテリーを検証するのではなく(Thomsen氏はその場合のコストを50万ドルと見積もった)、ヘッドセットの着脱式バッテリーを取り外して、ISSのパワーバンクの1つを使用することにした。

 それでも、VIVEのISSへの持ち込みが承認されるまでに1年を要した。

 このプロジェクトに向けて多大な準備作業を行ったにもかかわらず、Thomsen氏とHTCは、ヘッドセットが本当に機能するのか確信を持てないでいた。テストには放物線飛行を用いたが、飛行機を制御された状態で急降下させて作り出した無重力状態は、約20秒しか続かなかった。これほど短時間の急降下では、ヘッドセットがISSでも機能するという安心感をほとんど得られなかった。

宇宙での作業のストレス

 宇宙飛行士の精神の健康に関する懸念から、ESAやNASAなどの宇宙機関は時間と資金を費やして解決策を探すようになった(米ZDNETはESAにコメントを求めたが、回答は得られていない)。

 宇宙での長期滞在に乗り出すとなると、日常的な活動を実施するだけでも非常に大きなリスクが伴う。大気の95%が二酸化炭素(CO2)という環境では、岩石サンプルの採取といった単調なミッションでも、宇宙服が宇宙飛行士を即死から守る唯一の防壁だ。

 しかし、地球上であれば仕事の後にランニングをしたり、友人とお酒を飲んだりしてリラックスできるが、宇宙飛行士はそうした安らぎを求めることができない。休息を取ることがストレスに対処する重要な戦略であるなら、これは問題だ、とNASAのBehavioral Health and Performance Laboratoryの責任者を務めるSuzanne Bell氏は述べた。

 「人々は(宇宙に行く)機会に興奮している」とBell氏。「だが一方で、宇宙は肉体と精神の両方を疲弊させる」

 同氏のチームが研究しているのは、心理的なストレス要因が宇宙飛行士の行動や健康に与える影響や、高リスク、孤立、家族や友人との離別、狭い空間での効果的な対処方法だ。

 テキサスA&M大学と協力した最近のプロジェクトでは、公園や博物館の散策といったVR体験を、米海軍の水上艦艇(同じく過酷な作業と生活環境)の乗組員向けのツールとして使用できるかどうかをテストした。

 Bell氏によると、研究の次のステップでは、こうした行動上の健康への介入をパーソナライズする方法を検討するという。

 ISSにいても家族からの小包を受け取ることはできるが、さらに先への宇宙飛行となると、そうはいかない。VR体験は、宇宙飛行士のお気に入りの場所や音楽に合わせて調整できる可能性がある。研究者たちは、宇宙飛行士の聴覚や嗅覚などを利用して、「家に帰ったような感覚」に没入させる方法も見つけられるかもしれない、とBell氏は述べた。

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