解説
ロケットスタートアップの4つの戦略から見えてくる日本企業の参入余地
2024.12.18 08:00
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スタートアップによるロケット市場が盛り上がりを見せている。近年は特に競争が激化している。
スタートアップ各社は競争に勝つため、主に打ち上げコスト低減に向けた戦略を取っており、(1)ロケットの大型化(2)ロケット以外の宇宙機器の開発(3)部品の共通化や共同開発(4)先端素材・製造技術の活用――などを組み合わせ、技術開発を進めている。
例えば大型化では、スペインのスタートアップであるPLD Spaceは、2024年10月に大型再使用型ロケット「Miura Next」シリーズの開発計画を発表した。Miura Nextシリーズは同社が現在開発を進める小型ロケット「Miura 5」と比べ、かなりの大型化を目指しており、計画通り2030年に開発が成功すれば、世界で最も大型なロケットの一つになると考えられている挑戦的な計画であり、「欧州のSpaceX」と成り得るか注目されている。
PLD Spaceのように挑戦的な計画が話題となっているロケットスタートアップであるが、そのような計画を打ち出す背景として、ロケットスタートアップ市場の競争激化が挙げられる。ロケットスタートアップは、他社と差別化し、開発資金獲得を含む開発競争を優位に進めるべく、極めて挑戦的に開発計画を立てている現状がある。
そこで、競争が激化するロケットスタートアップの今後の展望、競争に勝つための戦略に加えて、ロケット市場にこれまで宇宙ビジネスを手掛けてこなかった日本企業が参入、協業する方法を紹介していく。
「8年」という壁
盛り上がりを見せているロケットスタートアップであるが、今後はロケット開発で技術的あるいは資金的なハードルに直面し、開発が想定通りに進まず、開発を休止、中止するスタートアップが一定出現する可能性がある。
図1は、2012~2022年に設立された小型ロケットを開発する企業や組織の数と、現状ロケットの開発を休止、中止している企業や組織の数を示している。2016~2018年頃に多くが設立されているが、一方で設立年が2018年以前の企業や組織ではおおむね3~4割程度がロケットの開発をすでに休止、中止していることが読み取れる。
図2は小型ロケットの開発までにかかった年数(初回打ち上げまでの年数または初回打ち上げまでの予定年数)と企業や組織の数を示している。この図から約8割の企業や組織が開発開始から8年以内に初回打ち上げまで到達または到達することを計画していることがわかる。
図1の通り、小型ロケットを開発する企業や組織の設立が2016~2018年に多かったことを踏まえると、今後それらの中から当初の計画通り8年以内(2024~2026年以内)に初回打ち上げを達成することができず、開発を休止、中止するスタートアップが一定出現してくる可能性がある。
ロケットスタートアップの多くが、8年以内の初回打ち上げを計画している背景はいくつか考えられるが、背景の一つとしてスタートアップの資金を支える投資家にとって重要な要素である投資回収期間が挙げられる。
米マサチューセッツ工科大学(MIT)が算出した小型ロケット開発の平均的な財務モデルによると、ロケットの開発開始から6年で初回の打ち上げに到達するケースで、開発開始から17年後に先行投資額を超える利益を生むとされる。
小型ロケットスタートアップが初回打ち上げまでに8年以上かかる状況に陥ると投資回収までの期間が20年を超えてくるため、小型ロケットへのニーズ増大を考慮しても投資回収が難しいと投資家が判断し、開発資金の確保が難しくなる可能性が高い。
今後個別の小型ロケットスタートアップを見る際は、技術を含む競合優位性などの情報に加えて、ロケットの開発の期間や状況と資金調達状況を詳細に見ることが必要である。
4つの戦略
ロケットビジネスでの競合優位性構築の方法として、打ち上げまでのリードタイム短縮、信頼性向上、打ち上げコスト低減などが挙げられるが、多くのスタートアップが競争に勝つために重視して取り組んでいるのが打ち上げコストの低減である。打ち上げコストを低減する手法として、図3に示す通り「事業の多様化・高度化」と「製造コストの低減」の大きく2つの方向性がみられる。
ここで言う「事業の多様化・高度化」は、より技術的難易度が高い事業を展開するか、もしくは多様な事業を統合することで、結果として打ち上げコストの低減を実現することを指す。一方で、「製造コストの低減」はロケットの製造コストを削減することで打ち上げコストの低減を目指す。
具体的には、「事業の多様化・高度化」の方向性では、(1)ロケットの大型化、(2)垂直統合、「製造コストの削減」では(3)部品の共通化や共同開発、(4)先端素材・製造技術の活用――が挙げられる。多くのスタートアップが、これら4つの戦略のうち複数の戦略を組み合わせる形で打ち上げコストを低減する事業や開発計画を打ち出している。
以下、戦略の詳細を説明する。
(1)ロケットの大型化
多くのロケットスタートアップで開発の難易度が相対的に低い小型ロケットの開発を入り口とし、技術の蓄積によるロケット大型化による事業の多様化や高度化から打ち上げコストを低減する戦略が取られている。
この戦略の背景として、大型ロケットは有人宇宙船を含む大型貨物の輸送、打ち上げの重量当たりコストの低減などが可能であることからニーズが高い一方で、技術的難易度が高く開発が難しいため、多くのスタートアップでは小型ロケットから開発を始め、技術を蓄積した後に大型ロケットの開発を進めていることが考えられる。
実際に世界で最も成功している宇宙企業であり、超大型の完全再使用型宇宙輸送システム「Starship」の開発を進めるSpace Exploration Technologies(SpaceX)も設立間もない2000年代は「Falcon 1」と呼ばれる小型ロケットを開発、打ち上げていた。
国内ではインターステラテクノロジーズが宇宙空間への到達に成功した小型ロケット「MOMO」の技術をベースに、小型衛星を打ち上げるための小型ロケット「ZERO」と再使用型大型ロケット「DECA」の開発を発表している。
ロケットの大型化は小型ロケットの開発に一定成功したスタートアップのみが取れる戦略であり、厳しい競争環境における王道の勝ち残り戦略といえる。
(2)ロケット以外の宇宙機器の開発(垂直統合戦略)
次に挙げられる戦略が、ロケット以外の宇宙機器も開発し打ち上げサービスと統合して提供する戦略である。この戦略は(1)で述べた大型ロケットの開発とあわせて用いられることが多い。大型化したロケットによる打ち上げサービスと打ち上げた宇宙機器によるサービスを統合して提供することで、収益規模の拡大や打ち上げ数の安定確保を実現し、結果として打ち上げコストの低減を目指していく。
具体的には、前述のPLD Spaceのほか、米ロケットスタートアップFirefly Aerospaceがこの戦略を取っている。Fireflyは小型ロケット「Alpha」の開発を進めた後、現在は中型ロケット「Medium Launch Vehicle(MLV)」の開発に加えて、月面着陸機「Blue Ghost」、軌道間輸送サービスなどを提供する「Elytra」の開発を進め、提供サービスの拡大を進めている。
実際にBlue Ghostを用いた月面への輸送に関する1億ドル以上の契約を、2023年に米航空宇宙局(NASA)と締結しており、事業の多様化を実現している。
(3)部品の共通化や共同開発
前回紹介したBlue OriginやFireflyが、大手ロケットメーカーと提携し大型ロケットの部品などを共通化している。具体的には、ロケット部品の中でも最も開発リスクコストが高いエンジンについて共通化することで、開発時のリスクコストを低減させるほか、生産数を増やすことによる製造コスト低減を目指している。
国内では将来宇宙輸送システム(ISC)が米国のロケットエンジン開発企業と協業することを発表した。具体的には米国企業が提供するロケットエンジンをISCが購入し、ISCが開発を進める再使用型ロケット向けに共同で改良するとしている。ISCは2022年設立と歴史の浅いロケットスタートアップではあるが、今後5年程度でロケットを開発するとしており、先行企業との部品の共通化で開発コストリスクの低減や開発期間の短縮を目指しているとみられる。
(4)先端素材・製造技術の活用
最後に挙げられるのが、AI(人工知能)や3Dプリンター、カーボン素材などの先端製造技術を活用することで、ロケットの製造コストを低減させたりロケットを軽量化したりする戦略である。
インドの小型ロケットスタートアップAgnikul Cosmosは、ロケットエンジン全体を3Dプリンターで一度に製造することで、製造工程を短縮し製造コストを大幅に圧縮することを目指している。実際に2024年5月に打ち上げられた試作ロケットは、3Dプリンターでわずか72時間で製造したエンジンを使っており、高度6.5kmに到達した。
ロケットエンジンは製造時に非常に精密な加工や溶接の工程が求められるが、その工程がロケットコストの大きな要因となっている中で、3Dプリンターによる一体形成で短期間での製造を実現できれば、ロケットの価格を大幅に低減することが可能となる。
日本企業に参入、協業する余地はあるか
各ロケットスタートアップが勝ち残りに向けて多様な戦略を取るなかで日本企業、特に非宇宙企業の中でもロケット市場への参入が有望であるのが、上述の(4)で挙げられた先端素材・製造技術活用分野の企業である。
例えば、日本の大手光学・精密機器メーカーが金属3Dプリンター技術でロケット市場に参入している事例が挙げられる。当該企業は光学・精密機器製造で培った光学(レーザー)技術や精密制御技術を活用して小型金属3Dプリンターを開発し2019年に発売したのを皮切りに、2021年には航空宇宙向け3Dプリンターを製造する米国企業を買収し、宇宙ビジネスに参入した。
さらには、2024年秋には日本政府の宇宙開発に関する研究開発・事業推進に資金を提供するプログラムである「宇宙戦略基金」でロケット用大型構造部品製造を対象とした金属3Dプリンター事業が採択され、ロケット向け金属3Dプリンター事業の開発を進めるとみられる。
3D金属プリンター領域では、造形速度が従来の500倍にもなる技術を開発したスタートアップや造形しやすく強度が高くロケットエンジン周りの部材への適用が期待される金属粉を開発した大企業が日本にはあり、ロケットスタートアップ側に高い価値を提供できる可能性がある。
実際に3Dプリンター技術でロケットスタートアップと協業している海外の事例としては、前述したインドのロケットスタートアップであるAgnikulが挙げられる。Agnikulは金属3Dプリンター大手のドイツEOSの3D金属プリンターを活用して、競合優位性のある一体形成ロケットエンジンの開発を進めており、3Dプリンター技術がロケットスタートアップの中核技術を支える可能性を示している。
しかしながら、先端素材・製造技術に強みを有する日本企業の協業先候補として、すべてのロケットスタートアップが対象となる訳ではない。なぜならロケット開発では、一定開発が進んだ状態で新たな技術や製造プロセスを導入することは一般的に非常にリスクが高く、一定の条件を満たしたスタートアップでなければ、先端素材・製造技術に関する協業に積極的になり難いためである。
従って、条件の一つとして考えられるのが、当該スタートアップがシード期または大型化の開発を始めた直後ということである。こうしたスタートアップは、長期に渡る開発期間を経た後でも高い競争力を有するロケットを開発する目的において、比較的挑戦的な技術プロセスや製造プロセスを取り入れる可能性があるためである。
気になる非宇宙系日本企業
今後、小型ロケットスタートアップを中心に、競争に勝つために多様な戦略を進める中で、非宇宙領域の企業が有する技術にニーズが生まれる可能性は大いにあると考えられる。その中で非宇宙系の日本企業がどのように参入して市場を開拓していくのか、引き続き注視したい。
森智司
デロイト トーマツ ベンチャーサポート シニアコンサルタント
国立大学 大学院で航空宇宙分野の研究(流体解析や機械学習を用いた極超音速飛行体の形状設計を専門)し、修士号を取得。デロイトトーマツベンチャーサポートに入社後は、航空宇宙・モビリティ分野の他、ディープテック領域を担当
宇宙分野では、国内ベンチャー企業支援、大企業新規事業立ち上げ支援に従事する他、各種セミナーや講演に登壇。その他、海外航空機事業の事業性検証やモビリティ分野の海外ベンチャー企業調査、自動車保険新サービス立案、ネガティブエミッション技術トレンド調査、起業家育成支援事業などに従事している
森智司
デロイト トーマツ ベンチャーサポート シニアコンサルタント
国立大学 大学院で航空宇宙分野の研究(流体解析や機械学習を用いた極超音速飛行体の形状設計を専門)し、修士号を取得。デロイトトーマツベンチャーサポートに入社後は、航空宇宙・モビリティ分野の他、ディープテック領域を担当
宇宙分野では、国内ベンチャー企業支援、大企業新規事業立ち上げ支援に従事する他、各種セミナーや講演に登壇。その他、海外航空機事業の事業性検証やモビリティ分野の海外ベンチャー企業調査、自動車保険新サービス立案、ネガティブエミッション技術トレンド調査、起業家育成支援事業などに従事している