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史上初、月の裏側サンプル採取に挑む中国探査機「嫦娥6号」–実は日本のSLIMと共通点も(秋山文野)

2024.05.07 11:01

秋山文野

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 2024年5月3日18時27分(日本時間)、中国南部の南シナ海に面した海南島の文昌航天発射場から、月探査機「嫦娥6号(Chang’e-6)」を搭載した長征5号が打上げられた。

 嫦娥6号は史上初となる月の裏側からのサンプルリターンを予定したミッションであり、月南極のエイトケン盆地で採取する目標には、月のマントル由来の物質が含まれていると期待されている。これは、1月にJAXAの月小型着陸実証機「SLIM」搭載のマルチバンド分光カメラが観測した科学ターゲットと同じだ。嫦娥6号が目指す月のサイエンスとはなんだろうか。

長征5号で打ち上げられる「嫦娥6号」(YouTube配信より)
フェアリング開放後の「嫦娥6号」の様子(YouTube配信より)

嫦娥6号とは

 嫦娥6号は、中国が2013年から続けてきた4回目の月着陸探査ミッションだ。2020年の嫦娥5号に続き、月面の物質を採取して地球に持ち帰る「サンプルリターン」を計画している。探査機全体の打上げ重量は8.2トン、うち着陸機は3.2トン。このうち探査機は嫦娥5号と共通の構成で、オービター(周回機)、ランダー(着陸機)、アセント・モジュール(上昇機)、帰還カプセルの4つから成る。嫦娥6号は月南極域のサウスポール・エイトケン盆地(SPA)の内側にある「アポロ・クレーター」付近に着陸し、2kgの物質を採取して地球に持ち帰ることが主要目的だ。

 嫦娥5号から大きな変更点は、ミッション期間が23日から53日とより長くなっていることだ。さらに、フランス国立宇宙研究センター(CNES)、欧州宇宙機関(ESA)やイタリア、パキスタンの月観測キューブサット「ICUBE-Q」といった国際的な科学観測機器を受け入れている点も以前と異なる。

 嫦娥6号は3日ほどかけて月周回軌道に入り(嫦娥5号のときは巡行軌道だったが今回は逆行軌道)、高度を下げるマヌーバを行いながらICUBE-Qの切り離しを行う。オービターは月周回軌道に残った状態でランダーとアセント・モジュールが動力降下で着陸地点を目指す。その場で観測とサンプル採取を行った後、サンプルを帰還カプセルに封入してアセント・モジュールが月軌道へ戻り、オービターと合流してドッキングし、帰還カプセルをオービターに移送する。オービターはカプセルを持って地球へ帰還し、地上に向けてサンプルの入った帰還カプセルを切り離す、という流れだ。

 詳細な日程は不明だが、キューブサット分離や、着陸後のその場観測、月の裏側からのアセント・モジュールの上昇とオービターとのドッキングなどミッション内容が増えていることから、それぞれの段階で日程を要すると見られる。順調にいけば6月25日ごろにオービターが地球に帰還カプセルを届けるはずだ。

参考:嫦娥5号のミッション日程(北京時間)。出典:Orbit Design Elements of Chang’e 5 Mission | Space: Science & Technology 

「月の歴史」解明の本命、エイトケン盆地とは?

エイトケン・クレーターから月の南極にかけて広がるエイトケン盆地(SPA)。Credit : NASA/GSFC/Arizona State University

 2023年7月、中国科学院国家天文台のチームがネイチャー・アストロノミー誌に発表した文献によれば、嫦娥6号ミッションの科学目標はエイトケン盆地からの物質を採取することで「太陽系初期の天体衝突史」と「月の地質的進化」を解明することとある。

 月そのものが形成された当時は「マグマオ ーシャン」と呼ばれる全球が融けたマグマの海の状態だったと考えられ、次第に冷えるにつれて密度の大きなカンラン石や輝石といった物質が沈んでマントルを形成していったとされる。

 エイトケン盆地とは、月の裏側の南極域に広がる直径約2400km、深さ6~8kmの広大な盆地で、月に別の天体が衝突して形成されたと考えられている。月で最大級であるだけでなく、43億年前という最古の盆地でもある。エイトケン盆地を作った巨大な衝突は月全体に影響を与え、月面の火山活動を引き起こし、月の表側と裏側で物質が不均一に広がっている状態を作り出したとされる。

 エイトケン盆地の形成時に月は深部のマントルの部分まで掘り起こされたと考えられている。さらに、後から小天体が衝突して内部の物質を掘り起こし、クレーターの縁に堆積させた。エイトケン盆地の表面には、新しいクレーターに沿ってマントルに由来するカンラン石を多く含む物質や、その後の火山活動でできた玄武岩などの物質が複雑に堆積していると見られている。これを採取することができれば、月の歴史を反映する物質が一度に、大量に得られることになるのだ。

日本の「SLIM」とも共通点

 1月20日に着陸を果たしたJAXAの「SLIM」に搭載されたマルチバンド分光カメラの観測の目標も同じ考え方に基づいている。ターゲットとなった「SHIOLI」クレーターの周辺には、カンラン石を多く含む放出物広がっていることがわかっている。SLIMのマルチバンド分光カメラの観測データからカンラン石に含まれる鉄とマグネシウムの比率を推定し、マントルを作り出したマグマの海の組成、ひいては月が形成された当時材料やその後の進化を考えることがSLIMミッションの科学的な目標だ。物質を持ち帰るサンプルリターンではないものの、天体衝突で天然に掘削された地形を利用して月の歴史を調べるという点は共通する。

 嫦娥6号が目指すのは、39~41億年前にできた直径490kmの「アポロ・クレーター」のすぐ外側だ。アポロ・クレーターを形成した衝突も月の表面を掘り起こし、クレーター周辺にマントルや火山由来の物質を堆積させている。嫦娥ミッションチームはこのエリアに、着陸に適した比較的平坦な3つの着陸候補エリアを設定した。

 3つの着陸候補エリアには、溶岩流の中でところどころ小島のように取り残された「キプカ」と呼ばれる古い地形や、溶岩が冷えるときにできた皺のような低い尾根「リンクルリッジ」といった複雑な地形が点在している。3つのエリアは東西200km以上にわたって広がっており、その中のどこが中国にとっての本命なのかはまだ不明だ。

 科学的成果を最大化するため、着陸候補地点の優先順位付けは行われていると考えられる。嫦娥5号の着陸精度は目標から11kmという実績だったが、今回は探査機と直接の通信ができない月の裏側への着陸であり、中継衛星「鵲橋2号」を介しての着陸となるため、詳細な地点や着陸精度目標を事前に公表することは控えているとも考えられる。

 着陸地点の物質にマントル由来の物質が含まれているかどうかについては、米国のサイエンス誌が「マントル由来の物質が見つかる確率は高いとはいえない」というやや悲観的な専門家の見方を紹介している。中国が「月内部の組成や熱進化などの解明に革命をもたらす」という月の歴史的物質を手にすることができるのか、それは6月後半までに明らかになる。

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