インタビュー

「衛星データ」活用が日本の宇宙産業振興のカギ–経産省 宇宙産業室・伊奈室長インタビュー

2023.07.03 09:00

藤井涼(編集部)小口貴宏(編集部)ムコハタワカコ

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 政府は6月13日、3年ぶりに新しい「宇宙基本計画」を閣議決定した。「関係省庁間・官⺠の連携を図りつつ(中略)政府を挙げて宇宙政策を強化する」という方針のもと、宇宙産業については政府はどのように捉えているのか。

 経済産業省 製造産業局 宇宙産業室 室長の伊奈康二氏に、経産省における宇宙産業振興に向けた取り組みについて話を聞いた。

経済産業省 製造産業局 宇宙産業室 室長の伊奈康二氏

宇宙活動の「自立性確保」と宇宙産業の「成長促進」を支援

 宇宙政策の全体は内閣府が中心となって宇宙基本計画の原案策定などを進めており、各省はこの基本計画と工程表に基づいて、連携しながらそれぞれの取り組みを進める。経産省では宇宙産業室が、主に民間の宇宙ビジネス振興を支援している。国にとっての宇宙産業の重要性は、「安全保障・経済安全保障」と「成長産業であること」の2つの観点から考えられると伊奈氏は説明する。

 6月13日に宇宙基本計画と同時に公開された「宇宙安全保障構想」には「安全保障のための宇宙アーキテクチャ構築」についての記述がある。安全保障を目的とした宇宙システム利用の機運は高まっていて、日本の宇宙産業の役割は極めて重要になっている。加えて宇宙産業はいまや、通信インフラをはじめとする経済社会活動の基盤にもなっている。他国への過度な依存は経済安全保障上もリスクがあるため、「宇宙産業の自立性はますます重視されている」と伊奈氏はいう。

 成長産業としての宇宙産業については、2020年に約4兆円だった宇宙産業の国内市場規模を2030年代早期には2倍の8兆円とするという目標が、今回の宇宙基本計画で掲げられている。宇宙産業は世界的にも約50兆円市場(2021年時点)と見積もられており、モルガン・スタンレーの予測では2040年までに1兆ドル(約140兆円)規模になるとも言われている。

 「この成長の果実を日本企業が取れるように支援していくことが重要だと思っている」(伊奈氏)。宇宙活動の自立性確保と宇宙産業の成長促進につながる取り組みとして、経産省では「国際市場で勝ち残る意志と技術、事業モデルを有する企業を重点的に育成・支援していく方針」だと伊奈氏は述べる。

「宇宙活動の自立性確保」と「宇宙産業の成長促進」に注力

 「必要な宇宙活動を自前で行うための技術開発が進むと、民需獲得や政府調達、海外展開などにつながり資金調達を行いやすくなる。この資金により、技術開発や設備投資、人材育成などに再投資されていくといった好循環が生まれる。このように、自立性確保と産業成長促進は両輪で一体的に進めていくべきだと考えている」(伊奈氏)

 経産省としては、自立性確保については、経済安全保障推進法に基づく予算により「経済安全保障技術育成プログラム(通称Kプロ)」を内閣府・文部科学省などと府省横断で運用し、先端技術の研究開発推進を実施。成長促進については、新市場の開拓支援や非宇宙企業の参入促進支援、衛星データ利用ビジネスの促進など、さまざまな取り組みを進めているという。

安全保障のための宇宙アーキテクチャ図(宇宙安全保障構想の概要より)

機器産業では「衛星コンステレーション」を重点的に支援

 宇宙産業は、衛星やロケット、探査機などの開発・製造を担う「宇宙機器産業」と、これらの宇宙機器の活用によって得られたデータやリソースを使った「宇宙利用産業」の大きく2通りに分けられる。

 宇宙機器産業において、経産省が最も力を入れているのが「小型衛星コンステレーション」領域である。衛星コンステレーションシステムは多数の小型衛星を連携させ、地球の広範囲を高頻度でデータ収集することが可能。気象予報、災害監視、農業、交通、インフラ監視など、さまざまな分野で活用されている。また、衛星インターネットによる全球インターネット網にも活用できる。

 伊奈氏は衛星コンステレーションを重視する理由を「成長分野であると同時に、経済社会安全保障の基盤となる重要技術でもあり、自立性確保と成長促進の両方に関わるため」と説明する。

 「衛星コンステレーション事業者は国内外にいるが、経産省としては日本企業が1社でも2社でも、それぞれの衛星サイズやミッションにより区分される市場セグメントにおいて、世界で勝ち残ってもらうことが宇宙活動の自立性につながると考えている。また日本の宇宙産業の成長にも直結するものと考え、支援している」(伊奈氏)

国内外の主な民間小型衛星コンステレーション事業者

 具体的には、さまざまな研究開発の支援を経産省で実施する。各種衛星に共通して必要な基本的機能や装置(電源・姿勢制御・推進系・衛星間通信など)をまとめた基盤となる「衛星バス」の分野では、国内サプライチェーンの構築を重視し、部品・コンポーネントメーカーも含めた事業者へ、技術の研究開発支援をしている。

 一方、衛星バスの部品・コンポーネント技術だけがあっても、世界で戦って勝つ、あるいは宇宙活動の自立を維持するには不十分だ。そこで光学センサーやSAR(合成開口レーダー)、通信といった、衛星に搭載する「ミッション」の分野においても、日本企業が国際市場で戦える領域に絞ってKプロなどで重点的に投資している。

 「小型衛星については、かなりの部分が国内の部品・コンポーネントを使って開発されている。これは、国産でなければクオリティとコストとデリバリー(QCD)が確保できないといった観点による傾向。民生の安い、良い部品を宇宙に転用することを考えながら、コストを抑えて作るすり合わせ能力は、日本が得意とするところであり、地上の技術が生きるところでもある。日本企業が世界で勝ち残れる可能性があり、経済産業省としても支援している」(伊奈氏)

 経済安全保障の確保・強化に取り組むKプロにおいて、宇宙は最も重要とされる分野だ。経産省は令和3年(2021年)度補正予算として経済産業省(NEDO)に計上された1250億円のうち、797億円をもとに小型衛星コンステレーションに関連する3つの実証事業を2023年度から実施している。

 また、衛星を打ち上げるための小型ロケットについても研究開発・打ち上げを支援している。安価かつ高頻度に軌道投入が可能な小型ロケットを開発する企業へ、低価格化や信頼性向上に向けたエンジンシステム開発や打ち上げ支援を実施する。

衛星データ利用促進のためプラットフォーム「Tellus」を開発

 宇宙利用産業は幅広い産業分野へ広がっており、日本でもベンチャー企業が新たなプレーヤーとして参入する例が増えている。経産省では、衛星コンステレーションなどから得られるデータの利用を広げる取り組みを進めている。

 「宇宙機器産業の進展で得られるデータを使ったソリューションを様々な産業分野・行政分野で作ってもらい、ユーザーから売上を上げられる状態になれば、衛星や部品などのサプライチェーンの下流まで資金が行き渡るようになる。経産省としてはハードのみならず、衛星データ利用促進というソフト面にも両輪で取り組むことによって商流を確立し、バリューチェーンを築き上げていくために支援している」(伊奈氏)

 2018年からは経産省主導で衛星データプラットフォーム「Tellus(テルース)」を開発。Tellusは衛星データを利用した新たなビジネス創出推進を目的としたクラウド環境上のプラットフォームで、政府のさまざまな衛星データをオープンかつフリーで提供する。また、商用衛星データやデータ処理アルゴリズム、アプリケーションの売買が可能なマーケット機能やアプリケーションの開発環境、教育コンテンツ、メディア機能などを備える。2022年度末にさくらインターネットへ資産を売却し、現在Tellusは、同社のビジネスの1つとして運営されている。

衛星データプラットフォーム「Tellus(テルース)」

 この衛星データを使ったビジネス促進のための地域実証事業が、2022〜2024年度まで進められている。北海道、富山県、福井県、山口県、福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、鹿児島県の10地域を選定し、各地域を撮影したデータを経産省が買い上げて、Tellus上で公開。そのデータを使ったソリューション開発の集中的な実証支援をしている。

 2023年度は公募で13事業者を選定し、衛星データを活用したサービスの開発費用の3分の2を上限1000万円まで補助。衛星データ自体は無償で利用可能だ。また、選定されなかった事業者も、簡易な審査を通過すればTellus上の衛星データやその加工データを無料で利用できるようにして、サービス開発を支援する。

 2022年度の実証事業の1つは、衛星画像から土地の変化を抽出して、固定資産管理に活用するというもの。家屋の変化を正解率約95〜99%とかなりの精度で抽出でき、自治体サービスの効率化が期待できるという。

 また、衛星画像から樹木本数を正解率約90%の精度で予測できるという事業や、7日先の赤潮の動きを正解率70〜85%の精度で予測できるという事業もあり、衛星データが社会課題解決につながる具体的な事例として期待されているそうだ。

衛星データ利用促進のための地域実証事業

日本が先行する大型多波長センサー「HISUI」データの活用

 経産省は長年、宇宙用大型多波長センサーの開発・運用にも取り組んできた。多波長センサーは人間が見ることのできる可視光以外の領域の光も見られるセンサーで、鉱物や大気などの分布観測を可能とする。1984年に8波長センサーを搭載した「地球資源衛星1号」の開発を始めて以来、14波長の資源探査用センサー「ASTER」、185波長のハイパースペクトルセンサー「HISUI」を次々と投入し、運用してきた。

 100波長以上の大型ハイパースペクトルセンサーを衛星軌道上に持つのは、現時点では日本のほかにドイツとイタリアのみ。米欧と比べても日本が少し先行している領域だという。

 現在、ハイパースペクトルセンサーで取得できるHISUIの地球全球データを活用するために、さまざまな実証事業が行われている。たとえば、レアアースが多く含まれる場所を検出する資源探査や、二酸化炭素の放出検知、人工芝やソーラーパネルなどのプラスチックの抽出・分類、小麦の収量予測など、多様な事例が挙がっており、いろいろな応用が期待できる。

ハイパースペクトルセンサーHISUIのデータ利用実証事例

 ただし、HISUIの能力にも制限がある。HISUIが全球を観測するには3年間かかる。たとえば、環境モニタリングなど、高頻度でデータ取得が必要な用途には不向きだ。そこでより小型の多波長センサーを開発してコンステレーション化を目指し、HISUIと衛星コンステレーションとで相互に補完することが検討されている。小型多波長センサーはHISUIほどの性能はないが、観測頻度が高く、安価に配置することができる。HISUIとセットで運用することで、環境モニタリングなどに効力を発揮すると考えられる。

 衛星データに関連して、2022年度には懸賞金事業の「NEDO Supply Chain Data Challenge」も開催された。これはNEDOでは初の懸賞金制度適用事例だ。この事業では、衛星画像データと多様な情報を組み合わせてサプライチェーンマネジメントを高度化し、事業化を目指すアイデアやシステムを公募した。懸賞金総額は3780万円。企業や大学職員、学生、個人など、さまざまなバックグラウンドの人やチームがピッチコンテストに参加した。

 「通常の委託事業、補助事業では、事前に提案書を出して採択された方しか事業に参加できない。今回の懸賞金事業は、一定の基準はあるものの、幅広く参加を募り競争できるようにしたことで、委託や補助では掘り起こせないような新しいアイデアを掘り起こせた」(伊奈氏)

 2023年度も同様に、衛星データ利用ビジネス促進のための懸賞金事業を検討しているとのこと。今回は環境・エネルギーに関する課題の解決につながるアイデアやシステムを募集する予定だという。

「放射線試験」や「サイバーセキュリティ」などの取り組みも

 宇宙機器産業、宇宙利用産業のほかに経産省では、「小型衛星の海外展開支援」「放射線試験・ソフトエラー対策」「民間宇宙システムにおけるサイバーセキュリティ対策」の領域でも、産業振興につながる取り組みをしている。

 海外展開支援においては、日本の大学やNPOが従来実施してきた小型衛星開発に関するキャパシティビルディング(技能開発)の実績をビジネスチャンスにつなげていく体制構築支援や、小型衛星コンステレーション導入のマスタープランづくりなどにより、日本の宇宙スタートアップの海外受注につなげていく計画だ。

 宇宙機器開発で課題となり、最近では地上でも半導体集積回路の微細化によって問題となっているのが、宇宙由来の放射線である。これに対応するために宇宙機器開発メーカーだけでなく、電気・自動車・半導体・通信といった幅広い産業から参加するかたちで、経産省が勉強会を開催。共通の課題を洗い出し、対策を議論・検討している。

 また、宇宙分野におけるセキュリティインシデントは1986年以降、国内外で90件以上発生している。経産省では宇宙分野とサイバーセキュリティ分野の有識者が参加して、民間宇宙システムのサイバーセキュリティ対策を検討するワーキンググループを2021年1月に設置。民間宇宙事業者を対象とした対策に関するガイドラインを2022年8月に公表し、2023年1月に改定版を更新している。

「衛星データをいろいろな分野で使って検証してみてほしい」

 今後の宇宙産業振興において「ここは成長する」と特に伊奈氏が考えているのが、衛星データ利用ビジネスの領域だ。

 「衛星、ロケットやその部品の製造は、人的・技術的な蓄積があって初めてできる領域。自立性や成長性の観点で重要であり、重点的に支援をしているが、かといって新規参入すれば誰でも儲かる領域ではない。一方、衛星データ利用ビジネスについては、まだ全くそのポテンシャルを掘り起こしきれていない。衛星データを使った実証事業は現在も各地域で実施していて、今後も公募を予定している。また、公募期間が終わっても、無料で使えるデータもある」(伊奈氏)

 伊奈氏は、衛星データの活用が社会課題の解決につながれば、新しい価値が生まれ、宇宙産業の成長促進にも直結すると捉えている。2030年代の宇宙産業市場で大きなボリュームを占めるのは、宇宙ソリューション産業であると予測されている。そこで、「いろいろな産業分野・行政分野の方に、まずは衛星データを見て触ってもらって、自分たちの課題解決に使えるかどうかを検証してもらいたい」と語る。

 「宇宙産業は紛れもなく成長産業ではあるが、『宇宙は誰が入ってきても必ずもうかる』というと、誤解を生む可能性がある。ただ、衛星データについては、シーズの(新技術を開発する)側もどう使えばいいか分かっていないところがあるので、いろいろな人の目に触れてほしいと思っている。衛星データでこんなことが見える、というアナロジーから、自分たちならこんなことに使えるかもしれないと考えてもらうことは、すごく大事だと考えている」(伊奈氏)

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