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誰もが宇宙ビジネスに参入できる時代へ–JAXAが手がける共創の場「J-SPARC」と新たな基盤
2023.02.17 13:00
2022年12月6日に、CNET Japanと宇宙メディア「UchuBiz」が共催したオンラインイベント「CNET Japan × UchuBiz Space Forum」。5つのプログラムからなる同イベントでは、本格化が進む宇宙ビジネスに向けた各社の最新の取り組みなどを披露した。
本記事では、 宇宙航空研究開発機構(JAXA) が手掛ける、民間事業者との共創事業を生み出す宇宙イノベーションパートナーシップ「J-SPARC」のセッションを紹介する。登壇者はJAXA 新事業促進部 事業開発グループ長の上村俊作氏だ。
2018年以降38件の宇宙関連の事業化プロジェクトを共創
2021年、民間人の宇宙旅行者の数が、政府系機関の宇宙飛行士の数を初めて上回ったというニュースは記憶に新しい。2022年、ロシアのウクライナ侵攻では、米民間企業Space Exploration Technologies(SpaceX)が提供する衛星通信「Starlink」のポテンシャルに注目が集まり、日本国内でも同サービスの一般利用が可能になった。また、月探査の「アルテミス計画」も本格始動し、宇宙ビジネスや宇宙を利用した技術開発の進展が可視化された1年でもあった。
2022年度の日本の宇宙関連予算は5,000億円超と、大きく積み上げられたことからもわかるように、宇宙産業は間違いなく拡大していく。グローバルの市場規模はすでに約40兆円規模となり、2040年には100兆円規模になるとも予測されている。宇宙分野に参入している新興企業は世界で3,000社以上とされ、日本だけでも約80社が立ち上がっているなど、「宇宙ビジネスを目指す新しいプレーヤーが続々と参入している」状況にあると上村氏は語る。
こうした市場拡大の動きがあるなかで、政府系の研究開発機関として日本の宇宙開発を担ってきたJAXAも、その流れを後押しすべく民間事業者との取り組みを展開している。
2018年にスタートした「J-SPARC」がその1つだ。「共創しよう。宇宙は、世界を変えられる。」をスローガンに、民間事業者とJAXAの双方がリソースを提供し、共同で事業コンセプトの検討と技術開発、および実証などを行うことで、新たな技術の獲得や宇宙ビジネスにつなげる内容だ。JAXA側には「新しい宇宙関連事業の創出」と「将来のJAXAミッションの創出」という2つの狙いもあるという。
J-SPARCではこれまでに、民間事業者と共同で延べ38件の共創プロジェクトを実施してきた。例えば、宇宙向けのプロジェクトでは、小型の衛星群やロケットの開発、宇宙旅行や宇宙デブリに関わるプロジェクトなどがある。
また、宇宙だけでなく地上向けのプロジェクトもあり、衛星データを活用したソリューションや新たな通信技術の開発、航空機の飛行経路の最適化などを、スタートアップ、中小、大企業を問わず多様なプレーヤーと共創してきたという。
2022年までに6件の共創プロジェクトが事業始動あるいは製品化、サービスインしたほか、宇宙用作業ロボットを開発するGITAIは、民間として世界に先駆け、ISSでのロボットを使った遠隔操作の技術実証に成功。ANAからスピンオフしたavatarinとのアバター事業において「第4回日本オープンイノベーション大賞・内閣総理大臣賞」を受賞するなど、複数の賞を獲得するに至った。
単発の共創だけでなく、その基盤となるプラットフォームづくりも
一方で、単純に宇宙ビジネスにつながる個々の共創だけでなく、共創の基盤となる「コンソーシアム・プラットフォームづくり」も同時に行ってきている。その1つが、ANAとともにアバター技術を活用した宇宙関連事業の創出を目指し2018年に設立したコンソーシアム「AVATAR X」で、後にavatarinが創業されるきっかけにもなった。
また、宇宙や地球上における食料生産や供給に関する課題解決を目指す「Space Food X」の取り組みが2019年からスタート。翌年には一般社団法人としてSPACE FOODSPHEREを設立し、「食」の分野において約60の組織とSPACE FOODSPHEREを通じて新たな共創活動が始まっているという。
さらに「暮らし・ヘルスケア」分野の新規事業やイノベーション創出を目指すプラットフォーム「THINK SPACE LIFE」も展開している。
これは、宇宙飛行士が宇宙で生活するときの数々の困りごと、課題に関して、メンタルヘルス、コミュニケーション、パーソナルケアやフィットネスなど計10のカテゴリーに分類し、それらの改善や解決を目指すアイデアを募り、新たなマーケット創出を狙う内容だ。「宇宙飛行士の生活のみならず、地上の課題解決や暮らしのアップデートにも繋がるのではないか」という着想から始まった取り組みだという。
たとえば、宇宙空間では水や空気などのリソースが制約されるが、これは地上ではアウトドア生活や災害時の状況に近しいところがある。国際宇宙ステーション(ISS)内で過ごす宇宙飛行士は微小重力下で筋力が衰えるが、地上での運動不足や加齢による衰えもそれに類似する。地上から切り離されたISSの閉鎖隔離環境は、昨今の感染症拡大による隔離やテレワーク環境を想像させるだろう。
2020年には、2022年以降にISSに滞在することになる宇宙飛行士の若田光一氏を念頭に、閉鎖隔離環境下の課題も解決するための生活用品について、一般の企業を対象に公募した。計94件の応募があり、そのうち節水型はみがき、髪・ボディ・衣類用の拭き取りシート、宇宙用の普段着、ソックスなど10アイテムが採用され、うち9アイテムが実際に若田氏とともにISSに送られている。
まとめると、JAXAでは、「食」分野は「SPACE FOODSPHERE」を通じて、「暮らし・ヘルスケア」分野は「THINK SPACE LIFE」を通じて、それぞれで新しい共創活動を次々に誕生させている。加えて、元々の「J-SPARC」での共創も継続し、「J-SPARC由来の事業、あるいは関連事業を2024年度までに10件以上作っていきたい」とも上村氏は意気込む。
同氏は最後に、政府が2030年代の早期に宇宙業界の産業規模を1.2兆円から2.4兆円に倍増するというビジョンを打ち出していることにも触れ、「そのためにはさまざまなビジネスプレーヤーが必要。我々もそういったビジネスを育てていける環境整備を(J-SPARCなどを通じて)今後も続けていきたい」と語った。