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10年ぶりのISSに乗り込む油井亀美也宇宙飛行士の心意気–「日本はまだまだやれる。素晴らしい国」

2025.06.05 08:00

田中好伸(編集部)

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 宇宙航空研究開発機構(JAXA)に所属する宇宙飛行士油井亀美也氏が7月以降に国際宇宙ステーション(ISS)に搭乗する。JAXAは、同氏の渡米前となる6月4日に記者会見を開催。油井氏は、ISS長期滞在に向けて意気込みなどを語った。

 油井氏は2015年7~12月に第44次/第45次長期滞在クルーのフライトエンジニアとしてISSに長期滞在。2回目となる今回の長期滞在のミッションキャッチコピーは「明るい未来を信じ、新たに挑む!」。その意味については油井氏は「日本は『まだまだやれる。素晴らしい国』と思えるようになってほしい」と語る。

 「日本は災害が多く、被災して苦労している人が多い。生活に苦しみを感じていたり、『失われた30年』という言葉に象徴されるように将来に不安を持ってしまう人も多かったりする。日本は宇宙で期待されているし、信頼もされている。そうした人々に対して、『日本はまだまだやれる。素晴らしい国』だと思えるようになってほしいという意味を込めて、このキャッチコピーにした」(油井氏)

 前回のISS長期滞在は10年前。当時は「分からないことだらけ。どこまで何ができるのか分からないことが多かった」という。初回を経験したことで「1日の間で割り触れられている仕事を見て、その日に何をすればいいのかが予想できる。空き時間に何ができるのか考えられるようになっている。仕事に付加価値を加えられるようになっている」と、前回よりも余裕を感じられるようになっていると説明した。

油井氏は1970年長野県生まれ。1992年に防衛大学校を卒業後、航空自衛隊に入隊。2009年に宇宙飛行士の候補者として選ばれる。2011年に大西卓哉氏、金井宣茂氏とともに宇宙飛行士として認定。2015年7~12月にISSに長期滞在。2016年11月~2023年3月にJAXAの有人宇宙技術部門 宇宙飛行士運用技術ユニットで宇宙飛行士グループ長を務めている
油井氏は1970年長野県生まれ。1992年に防衛大学校を卒業後、航空自衛隊に入隊。2009年に宇宙飛行士の候補者として選ばれる。2011年に大西卓哉氏、金井宣茂氏とともに宇宙飛行士として認定。2015年7~12月にISSに長期滞在。2016年11月~2023年3月にJAXAの有人宇宙技術部門 宇宙飛行士運用技術ユニットで宇宙飛行士グループ長を務めている

油井氏が経験した「3つの宇宙船」の違い

 今回は、ミッション「Crew-11」として米SpaceXが運用する宇宙船「Crew Dragon」に乗ってISSに搭乗する。前回はロシアの宇宙船「Soyuz」に搭乗した。また過去には、米Boeingが設計、製造する「Starliner」の開発に助言していたことを明かした。

 JAXAの宇宙飛行士になる前に、油井氏は航空自衛隊でテストパイロットを務めていた経験がある。このことから油井氏はStarlinerの開発に助言していたという。

 Starlinerは、有人飛行試験(CFT)として米航空宇宙局(NASA)に所属する2人の宇宙飛行士を2024年6月にISSに送迎。さまざまなトラブルに見舞われたことで、Starlinerは実運用スケジュールに組み込まれていない。当初の計画では、2025年2月に実運用ミッション「Starliner-1」が予定されていた(CFTでのトラブルからStarlinerの実運用ミッションは未定)。このStarliner-1に油井氏が乗ることも計画されていたことを明かした。

 記者会見で油井氏は、Soyuz、Starliner、Crew Dragonの3つの宇宙船に違いを説明。「Soyuzは信頼性がある。古いものを残しつつ、新しいものを取り入れている。新しいものがいっぱいのCrew Dragonとは大きく違っている」と解説した。

 「Starlinerは設計者の思想が取り込まれている。手動での運用も可能。その分訓練が大変だ。Crew Dragonは自動化が進んでいるが、クルーにもできることがあって、スマホを触る感覚で操作できる。Crew Dragonの場合、最小限のクルーでたくさんのお客さんを乗せることを想定している。Starlinerの場合、全員が宇宙飛行士であることを前提にしている。だからStarlinerは訓練が大変だ」

今回の長期滞在ミッションロゴマークは油井氏の名前にちなんでカメをモチーフにしている。コツコツと目標に向けて努力を積み重ねてきた油井氏の性格を表しているという。甲羅の部分はISSに設置されている観測施設の「キューポラ」に見立てている
今回の長期滞在ミッションロゴマークは油井氏の名前にちなんでカメをモチーフにしている。コツコツと目標に向けて努力を積み重ねてきた油井氏の性格を表しているという。甲羅の部分はISSに設置されている観測施設の「キューポラ」に見立てている

ポストISSを見据えた「TUSK」とは

 同氏は、ISS長期滞在中に日本実験棟(JEM)「きぼう」でさまざまな実験や技術実証を進める必要がある。主だったものだけでも11。その中で注目したいのが「TUSK」だ。これは、ISSでの自動化や自律化の技術を習得するために、微小重力環境下で精密機器の誤差発生要因を特定して、宇宙で実施可能な精度測定法を確立するというものだ。

油井氏が携わるミッション一覧

 TUSK(Test facility for lab-aUtomation System in Kibo)は具体的には、宇宙でのマニピュレーター装置の精度測定法を確立して、宇宙で初めて機器の誤差を精密に計測する。

 TUSKを実施する必要性について、第73次長期滞在を担当するインクリメントマネージャの松﨑乃里子氏は「ポストISSに向けたクルータイムの省力化」を挙げている。

 ここで言うクルータイムとは、宇宙飛行士が実際に手を動かして作業する時間。現在でもISSに持ち込まれた機器は自動化されているが、それでも宇宙飛行士が手を動かす場面はある。できる限り、地上から機器を遠隔操作して、宇宙飛行士の作業を省力化するというのがTUSKの狙いだ。

TUSK(Test facility for lab-aUtomation System in Kibo)

 現在のISSは2030年で退役することが決まっている。ポストISSでは、民間企業が開発、運用する宇宙ステーションが現在のISSの役割を果たす。この民間宇宙ステーションでは、今以上にクルータイムの省力化を進める必要がある。

 ポストISSを見据えたTUSKだが、退役するまでの5年でISSではさまざまな実験や技術実証を進める必要がある。そうしたことを考えると、「ポストISS」を抜きにしても、クルータイムの省力化は進めざるを得ない流れと言える(クルータイムの省力化について油井氏は「宇宙飛行士としては寂しい」との感想を漏らしている)。

 現在、NASAの次年度予算についてはさまざま局面での削減が議論されている。その中では、ISSに長期滞在する宇宙飛行士が減ることも想定されている。具体的には、Crew DragonでISSに送迎する宇宙飛行士を4人から3人に減らす。これが実現すると、ISSでこなすべきミッションを効率的に展開するには、クルータイムの省力化は避けて通れない議題になってくる可能性は否定できない。

 ポストISSでは、後継となる民間宇宙ステーションを米企業が設計を進めている。油井氏は「いろんな国が考えているところだが、答えはない。宇宙ステーションは定期的に実験や技術実証が進められることで知見がたまっていくところ。それぞれの国が知見を共有して民間の宇宙ステーションを早く作っていくのが重要」との見方を示した。

宇宙で「友達と待ち合わせ」–大西氏と共に滞在へ

 ISSには現在、3月からJAXAの宇宙飛行士である大西卓哉氏が長期滞在中だ。油井氏がISSに入室して約1週間程度、ISSには日本人宇宙飛行士が2人が滞在することになる。

 大西氏とは同じ年に宇宙飛行士に選ばれていることもあって油井氏は「なかなか宇宙で友達と待ち合わせする機会はないので、素晴らしい機会を与えていただいたと思っている」とコメントした。なお、2人が滞在中に共同作業する機会があるかどうかは現段階では未定だという。

 2人はソーシャルメディア「X」(旧Twitter)でやり取りしているが、油井氏は「バーバー大西は不安なので、宇宙に行く前に髪形は短めにしておく」と笑顔で語った。

(出展:油井亀美也氏Xアカウント投稿)

関連情報
油井亀美也氏長期滞在ミッション特設ウェブサイト
油井亀美也氏プロフィール(JAXA)
油井亀美也氏Xアカウント

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