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「宇宙天気予報AI」でデブリ衝突を回避–S-Booster 2024で最優秀賞に

2025.01.30 08:42

田中好伸(編集部)

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 内閣府が主催する宇宙分野のビジネスアイデアコンテスト「S-Booster 2024」の最終選抜会が2025年1月16日に開催された。「宇宙天気予報AIによるデブリ衝突回避の実現」を目指したSpace Weather Companyが最優秀賞に選ばれ、賞金1000万円を獲得した。

 優れたアイデアは、専門家による助言などを得ながら事業化への支援を受けることができる。最終選抜会では、投資家や事業会社などの前でビジネスアイデアをアピールできる。ビジネスマッチングの機会だが、賞金が授与されることで事業化への支援も受けることができる。

 S-Boosterは、日本とアジア・オセアニア地域の個人やグループを対象にした宇宙分野のビジネスアイデアコンテスト。内閣府 宇宙開発戦略推進事務局が主催し、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が共催。JAXA賞とNEDO賞では、JAXAとNEDOからの事業化への支援が受けられる。

 7回目の開催となる今回は、2024年5月10日~7月8日に応募、書類での1次選抜と面接による2次選抜を経て11チームが最終選抜会に望んだ。

混雑する低軌道、デブリも急激に増加

 Space Weather Companyは、京都大学の高崎宏之氏(生存圏研究所 生存圏未来開拓研究センター 特任准教授)と森本太郎氏(大学院 理学研究科 付属天文台 宇宙ビジネス産学連携室 室長)、情報通信研究機構(NICT)の西塚直人氏(電磁波研究所 電磁波伝搬研究センター 宇宙環境研究室 主任研究員)の3人が結成。3人は京都大学の研究室で太陽物理学の学位を取得したという。

 衛星ブロードバンドサービスのためのコンステレーションなどから地球低軌道(LEO)の混雑はますます進んでいるが、それに伴い、宇宙ゴミ(スペースデブリ)も急激に増加している。

 こうした状況からLEOで衛星を運用する事業者は毎日300件以上の衝突警報アラームを受信している(アラートが「1日中鳴りっぱなし」の状態とも言われている)。2日に1回の頻度で詳細分析をする必要があるという。衛星運用事業者にとっては業務負担の軽減が喫緊の課題になっているとされている(ベテラン担当者の“勘と経験”が頼りという企業もあると指摘されている)。

Space Weather Companyプレゼン動画より(出典:S-Booster / YouTube)
Space Weather Companyプレゼン動画より(出典:S-Booster / YouTube)

 こうした課題に対して、解決策はないのか?衛星やデブリの軌道を高精度に予測できれば、衝突警報アラームの発生回数を減らして、業務負担を軽減できるはず。

 しかし、そのためには、地球環境を変化させる最大の原因である太陽の活動について幅広い知識が必要不可欠になる。

 太陽の影響で突発的に大気密度が変化して急激に大気の抵抗が増え、予期せずにLEOを周回している衛星が急激に落下することもあるとされている。

 事実、Space Exploration Technologies(SpaceX、スペースX)が運用している「Starlink」衛星が最大40機、運用開始前に大気圏に再突入するという事態が2022年2月に発生した。太陽活動の影響で磁気嵐が発生し、Starlink衛星は軌道を維持できなくなってしまったために大気圏に再突入せざるを得なくなってしまった。SpaceXは150億円もの損失を出したと言われている。

機械学習に太陽の専門知識を活用

 こうした事態に対して、Space Weather Companyは「宇宙天気予報」とAI(人工知能)を融合させて、デブリや衛星の軌道、大気密度を高精度に予測するというアイデアを考えついた。先にまとめたように、ここで重要になってくるのが太陽の活動についての幅広い知識だ。Space Weather Companyによる「宇宙天気予報×AI」では、宇宙天気予報に関連する多くの知見を活用して機械学習させることが最大の特徴になると強調する。

 京都大学の研究室で太陽物理学の学位を取得したSpace Weather Companyの3人は、多くの太陽物理学の先端研究を活用しており、短期間での模倣が難しく、明確な技術優位性を保有しているとチームの独自性を説明する。

 「京都大学とNICTの太陽物理学のエキスパート3人が技術を総結集させた独自のAIテクノロジーが強み。豊富な研究開発と事業開発の経験を生かして事業化を推進する」(Space Weather Company)

 Space Weather Companyは現在、開発している製品やサービスが市場で受け入れられるかどうかを測る「プロダクトマーケットフィット(PMF)」を目指して、政府機関や民間企業などとともにプロトタイプを開発中という。大気密度の変化の影響を受ける衛星やデブリの軌道をAIで予測、衝突可能性のあるデブリを高精度で絞り込み、詳細な衝突解析を実行していると説明する。

 3人の母校であり、今も2人が勤務する京都大学には「MUレーダー」がある。このレーダーは、中層大気(Middle Atmopshere)と超高層大気(Upper Atmosphere)を観測するために作られた大型大気観測用大気レーダー。高度2kmの対流圏から高度500kmの超高層大気(熱圏、電離圏)までの大気の運動や循環を観測できる。

 Space Weather Companyの3人は、LEOを周回している、デブリになってしまった「H-IIA」ロケットを2023年からMUレーダーで観測。2025年までに概念実証(PoC)を完了させる考え。従来の観測限界を超える、大きさ1cm以下で高度500kmを周回するデブリのデータを独自に収集するという。

 Space Weather Companyは、彼らが考えるビジネスを段階的に展開し、顧客価値を膨らませながら、事業全体として大きく成長させられると説明。AI軌道分析とデータ販売の市場規模は、前者が700億円、後者が2200億円と考えられており、そのうちビジネスとして10億円と97億円の可能性があると考えている。仮に100億円の売り上げを獲得できれば、宇宙分野でのユニコーンになれる可能性もあると説明した。

Space Weather Companyプレゼン動画より(出典:S-Booster / YouTube)
Space Weather Companyプレゼン動画より(出典:S-Booster / YouTube)

S-Booster 2024受賞結果

 S-Booster 2024最終選抜会の受賞結果は次の通りだ(複数賞を受賞したチームあり)。

  • 審査員特別賞=UMIAILE「小型無人ボートによる『海の見える化』サービス“UMIAILE”」
  • アジア・オセアニア賞=uAlpha「はるか宇宙への旅を支えるマイクロソリューション」
  • ANAホールディングス賞=Space Weather Company「宇宙天気予報AIによるデブリ衝突回避の実現」
  • スカパーJSAT賞=Space Weather Company「宇宙天気予報AIによるデブリ衝突回避の実現」
  • ソニーグループ賞=Team UKK「AI駆動型CubeSat開発プラットフォーム:宇宙開発の民主化を目指して」
  • 大正製薬賞=株式会社UBeing「umaiNa(ウマイナ)宇宙・地上で食体験を劇的に向上させる」
  • Honda R&D賞=株式会社UBeing「umaiNa(ウマイナ)宇宙・地上で食体験を劇的に向上させる」
  • 三井物産賞=横河スペースマニュファクチャリング推進チーム「半導体スペースマニュファクチュアリング」
  • 横河電機賞=In-Spector「In-Spector搭載:Hyperspectral Image Processing ライブラリ」
  • JAXA賞=Team UKK「AI駆動型CubeSat開発プラットフォーム:宇宙開発の民主化を目指して」
  • NEDO賞=In-Spector「In-Spector搭載:Hyperspectral Image Processing ライブラリ」
右がSpace Weather Companyの高崎宏之氏(出典:S-Booster)
右がSpace Weather Companyの高崎宏之氏(出典:S-Booster)

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