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【現地取材】世界最大級のSAR衛星コンステを運用–フィンランド「ICEYE」創業者が語った成功のカギ
2025.01.14 09:00
2015年に創業し、40機の合成開口レーダー(SAR)衛星を打ち上げた実績を持つフィンランドの「ICEYE(アイサイ)」。今回、同国の公的政府機関Business Finlandが主催したメディアツアーに参加し、世界最大級のSAR衛星コンステレーションを運用するICEYEのオフィスを初訪問した。共同創業者で最高経営責任者(CEO)のRafal Modrzewski(ラファル・モドルゼフスキ)氏がプレゼンテーションで語った「競争優位性」を紹介したい。
小型で高品質なSAR衛星を低コストで提供
フィンランド出身のModrzewski氏とPekka Laurila(ペッカ・ラウリラ)氏によって、2015年に創業されたICEYE。2018年から現在までに40機のSAR衛星を打ち上げ、世界最大級のSAR衛星コンステレーションを製造、運用するグローバル企業に成長している。
「SAR衛星は、雲量や照明に制限されるレガシーの光学衛星とは異なり、天候に関係なく昼夜を問わず高解像度の画像を取得できる。安定した信頼性の高いデータとなり、災害監視、海上追跡、インフラ評価など一刻を争う用途で貴重な存在だ」(Modrzewski氏)
ICEYEの強みは、「1機の重さが100kg未満と小型ながら、高品質なSAR衛星を競合他社よりも低コストで提供できること」だとModrzewski氏は言う。
「当社は、衛星の小型化に伴う技術的な課題を克服することで、低コストかつ高品質の機能の提供に成功している。観測機器を小型化すると、機能や性能レベルを維持することが難しくなる。また、電源の搭載スペースが減少するため電力効率を高める必要がある。こうした課題を競合他社よりも早く解決したほか、コア技術に付加価値を与えることで差別化を図ってきた」(Modrzewski氏)
この「付加価値」とは、顧客が独自の衛星を打ち上げるための訓練やサポート、メンテナンスサービスの提供、衛星コンステレーションからのデータや画像へ一定の選択肢を含めたアクセスを提供することを指すという。記者から「SAR衛星1機のコスト」をたずねられたModrzewski氏は、「構成により変動するが、1000万ドル(約16億円)台前半から3000万ドル(約47億円)程度の範囲」と回答した。
40機ものSAR衛星を打ち上げていることから、地球上のあらゆるエリアを2時間おきに観測できる。さらに、25cmの解像度で画像や動画を撮影可能で、そのデータを取得から30分後に提供できる体制を構築しているという。
そうした利点を生かして、同社では以下3つのサービスを提供している。
- 衛星ミッション:自国で人工衛星を打ち上げることが難しい政府機関に代わってSAR衛星を運用する運用代行ビジネス
- 衛星データ:SAR衛星で観測した撮影データの提供
- ソリューション:SAR衛星の観測データと他の地上データを組み合わせ、民間企業や政府機関に自然災害の被害状況把握を迅速化するソリューションの提供
成功のカギは統合されたバリューチェーン
10年以上の歳月と5億ドル(約789億円)以上の研究開発費を費やして、「小型」「低コスト」「高品質」なSAR衛星の開発・運用の仕組みを確立してきたというICEYE。その成功のカギは、どこにあるのか。
「完全に統合されたバリューチェーンが成功につながったと考えている。各衛星の設計、製造、組み立て、運用を自社で行うことで、データの取得、処理から実用的な分析結果を顧客に提供するまでの全工程を自社で管理できている。この合理的なアプローチにより、迅速な技術革新、コストの最適化、コンステレーション全体の一貫した品質確保を可能にしている」(Modrzewski氏)
今回のプレスツアーでは、ICEYEのオフィスでSAR衛星を製造している様子や地下に「宇宙空間」を再現してSAR衛星の打ち上げのシミュレーションを行っている様子を見学できた。ただし、写真撮影や録音は一切禁止。広報担当者に「他社ではどのようにSAR衛星を開発、運用しているのか」とたずねてみると、踏み込んだ言及は避けつつも、「打ち上げ実績を踏まえると、当社が構築している体制に他社では追いついていないと考えられる」と答えた。
顧客は各国の政府と民間企業–日本企業との協業も
ICEYEのクライアントは「各国の政府機関」と「民間企業」で、近年は政府機関とのプロジェクトが増加しているという。ユースケースとしては「防衛」や「自然災害の被害予測」などがあげられる。
たとえば、ウクライナ国防省との協定では、ウクライナの領土に関連して撮影された画像は、武力攻撃事態におけるウクライナの安全と防衛を確保するために使用され、いかなる状況においても敵対的な国や組織と共有されないことが保証されている。この協定では、ICEYEのSAR衛星の1機が指定されている。さらに、該当SAR衛星群へのアクセスも提供しており、ウクライナ軍は、高い再訪問頻度で重要な場所のレーダー衛星画像を受信できるという。
また、産業のユースケースでは地震やハリケーン、洪水、山火事などの被害予測などに利用されている。例えば、2023年8月に米ハワイ州マウイ島ラハイナで起きた山火事、2024年9月にポーランドと中央ヨーロッパで発生した暴風雨「Boris(ボリス)」、2024年9月に米フロリダ州に上陸したハリケーン「Helene(ヘリーン)」などで、被害範囲の予測レポートを提供。これらは救助支援などに役立っているという。
ICEYEは日本にも支社を持っており、東京海上日動火災保険社と協業している。2020年12月から水害発生時の保険金支払いの迅速化に向けた取り組みや災害発生時の自治体やボランティア団体の支援などの分野で協業を進めており、2022年2月には、協業を進めて社会課題の解決に貢献することを目指すとして資本業務提携契約を締結した。
東京海上日動との協業では、台風や大雨による被害の予測データを迅速に提供することで、担当者が被災地に足を運ばずとも被災住宅の契約者へ保険金を支払うなどサービス向上に貢献している。2024年8月27日~9月1日に日本を襲った台風10号では、約70枚の画像を撮影し、被害開始からの9日間に5回の予測データを提供するなど、期間と範囲、ともに国内で実施した分析で最大規模となったとしている。
ICEYEでは、引き続き小型SAR衛星技術の限界に挑戦し、提供サービスを成長させていくとしている。より広いトレンドに目を向けると、人工知能や機械学習のようなデータ駆動型技術は、画像や分析を最大限に活用する上で不可欠な次のステップになると考えを示した。