ニュース

【現地取材】10倍の広さになるQPS研究所の新開発拠点「Q-SIP」の内部とは–年間10機の衛星製造へ

2024.10.28 15:30

藤井 涼(編集部)

facebook X(旧Twitter) line

 福岡に拠点を置く宇宙開発企業の株式会社QPS研究所(以下「QPS研究所」)。36機の小型SAR衛星コンステレーションによって、世界中のほぼどこでも平均10分間隔で観測できる「準リアルタイムデータ提供サービス」の実現を目指しており、2023年12月には東京証券取引所グロース市場への上場も果たした。

 同社は、2024年の秋以降に新たな開発拠点を福岡市近郊に開設する。名称は「Q-Space Innovation Palace」、略して「Q-SIP(キューシップ)」と社内公募で決まった。QはQPS研究所の会社名と同じくQ-shu(九州)を意味する。「SIP」は「シップ」と発音するため、宇宙のイメージで、皆で同じ船に乗りこんで研究やイノベーションの航海に出るという意味合いが含まれているという。

本格的な工事が始まる前の「Q-SIP(キューシップ)」にて

 Q-SIPは、従来の工場の約10倍の面積となり、小型SAR衛星を年間に最大10機まで製造できる体制を構築する。10月中旬、UchuBiz編集部は今回特別に許可を得て、稼働前の新拠点の内部を取材した。

「10倍の広さ」で製造体制を大幅強化

 福岡空港からタクシーに揺られること数十分、今まさに稼働に向けて本格工事が始まろうとしている新拠点に到着した。足を踏み入れると、目の前の広々とした空間に圧倒される。拠点全体の面積は4510平方メートルで、テニスコート約23面分にもおよぶという。同社がこれまで使っていた工場の約10倍の面積だ。

新拠点はテニスコート約23面分の広さ。ワンフロアにすべての設備を設ける

 ただ広いだけでなく、ワンフロアにすべての製造関連装置・設備を置けることも強みだという。「Q-SIPは、作って、試験して、出荷するまでをエレベーターなど使わず、1つの場所で完結できる。衛星の量産体制のために理想的な環境になるので、開発スピードも速まると考えている」と、この新拠点のプロジェクトリーダーである、QPS研究所 開発部 ハードウェア開発課 課長の福田大氏は力強く話す。「いよいよ稼働に向けてカウントダウンが始まった。ここ、九州から世界の宇宙産業にインパクトを与えていきたい」

QPS研究所 開発部 ハードウェア開発課 課長の福田 大氏

 取材で訪れた10月中旬は、まだ広い建屋内の隅にクリーンルームができたばかりの状態だった。今後は自社で購入・所有する振動試験機をはじめとするさまざまな製造・試験機器が設置され、40人以上のエンジニアが働ける600平米規模の執務エリアも設けられるという。11月から順次業務の稼働を開始し、年明け2025年1月以降にすべての移設を終え、新拠点で本格稼働となる予定だ。

 従来の工場は、同時に作れる衛星が2機まで、年間では4機にとどまっていたが、新拠点では、年間で10機を製造できるようになる。ただし、面積だけを見れば、10機以上でも余裕で置くことができる広さだ。

QPS-SARの収納型アンテナを展開した状態(写真は1/1スケール試験モデル)
クリーンルーム

衛星製造を支える「地場のモノづくり企業」も期待

 QPS研究所の衛星開発を支えているのが、九州北部を中心とした町工場らによって2007年に設立された、NPO法人 円陣スペースエンジニアリングチーム「e-SET(イーセット)」など、地場のモノづくり企業たち。現在は全国25社以上のパートナー企業とともに衛星開発を進めている。

 新拠点内には十分な広さがあるため、同社のエンジニアとパートナー企業が一緒に同じ場所で開発することも可能になる。e-SETのメンバーであり、産業用ロボットや特殊コンベアなどの搬送システムを構築している、オガワ機工の取締役副社長・伊藤慎二氏も、新拠点に期待を寄せる1人だ。

オガワ機工の取締役副社長・伊藤慎二氏

 「これまでも効率的に作業しようとはしてきたが、(面積の都合で)何かやるにはその都度ものを動かす必要があり、ヒューマンエラーにつながる可能性もあった。新拠点で振動試験までできれば、どこかに出荷する必要がないので、期日までにギリギリまで深掘りすることもできる」(伊藤氏)

実感した海外衛星メーカーとの「スピードの差」–大西CEOの危機感

 36機の小型SAR衛星コンステレーション構築を目指しているQPS研究所。新拠点によって、衛星の製造体制を大幅に強化するが、定常運用している商用機はまだ少ない。

 QPS-SAR5号機(2023年12月打ち上げ)はこの4月に定常運用が始まったが、テレメトリ送信機の不具合により8月に定常運用を停止した。また、6号機(2023年6月打ち上げ)は2024年10月現在定常運用を続けているが、スラスターに不具合が見つかったため、11~12月に大気圏へ再突入する予定だ。

出典:QPS研究所

 そのため、現時点で定常運用しているのは6号機、7号機(2024年4月打ち上げ)で、8号機(2024年8月打ち上げ)が定常運用に向けて最終調整中という状況。同社が目指す36機体制までは長い道のりだが、新拠点の稼働によって打ち上げのペースを一気に加速させたいと、同社代表取締役社長 CEOの大西俊輔氏は意気込む。

QPS研究所 代表取締役社長 CEOの大西俊輔氏

 「日本で小型衛星を開発している会社の中で、衛星を製造、打ち上げて、運用している機数でいえば、私たちはスピード感持って計画通り進められていると思う。その過程でいろいろな事象(不具合)も出てはいるが、しっかりと対処しながらその知見を確実に積み上げることができている。ただし、世界と比べると私たちのスピードはまだまだそうでもない。8号機をSpaceXで打ち上げた際には、(そのロケットで)弊社は1機だったが、海外の小型SAR衛星メーカーは2機、3機と打ち上げていた。そこだけでも差がついているという危機感はある。私たちもQ-SIPの立ち上げで速度を速めて、より信頼性の高い衛星を開発製造しながら、24機、36機体制に向けて進めていきたい。初号機からしっかりと歩みを進めているエンジニアチームは頼もしい存在で、私たちならそれができると確信している」(大西氏)

 今後の計画としては、まず下期(2025年/5期末)に4機(9〜12号機)を打ち上げて6機を定常運用。来期(2026年/5期末)にはさらに6機(13〜18号機)を打ち上げて12機を定常運用する予定だが、新拠点で最大10機を製造できればさらに増える可能性はある。3年後の2028年/5期までに、24機体制のコンステレーション構築を目指しているという。

出典:QPS研究所

 画像データ販売などのマネタイズについては、民間需要が増えるにはまだ時間がかかることから、当面は需要の高い国内官公庁向けの安全保障や防災・減災案件が中心となる。2024年3月には防衛省から衛星の試作に関して約56.5億円の大型受注を発表した。ただし、「一本足打法はしない」と大西氏は強調する。常時運用できる機数を増やしながら、将来的には、国内官公庁が5割、国内民間企業&海外市場が5割のバランスに変えていきたいという。

出典:QPS研究所

 エンジニアをはじめとする採用も強化している。2024年10月時点で社員は60名だが、そのうち約40名がエンジニアだ。3年半後の2028年5月には、社員を100名まで増やし、そのうち約70名をエンジニアにしたいという。「宇宙業界に限らず、自分の技術を突き詰めている人、壁にぶつかっても自らアイデアを提案できる人とぜひ一緒に働きたい」(同社)

 新拠点「Q-SIP」の整備とエンジニアの採用を同時に進めるQPS研究所。大西氏が痛感した海外メーカーとの差を埋められるかは、新体制後の量産スピード、そして打ち上げ後の運用機数の増加にかかっている。新拠点の本格稼働はコンステレーション構築に向けての追い風となる。2025年は同社にとってさらなる勝負の年となりそうだ。

[フォトレポート]広さが10倍になったQPS研究所の新開発拠点「Q-SIP」を写真で紹介–テニスコート約23面分

(取材協力:QPS研究所)

 

Related Articles